レイの婚約
翌日、いつものように執務室の自分の場所に陣取って、さあお父さまやレイはと見渡すとアンジェリカ王女が喜々として働いているではありませんか?
それは確かに昨日はけっこうレイと仲良く話し合っていたけれど、他国の姫を執務室に入れるなんていくらなんでもそれはないでしょう。
思わず助けを求る視線をお父さまにむけてみれば、お父様ってば人々の動揺する姿を見て楽しんでいるではありませんか!
ふ~ん、つまりお父さま公認ってわけですね。
次々にこの部屋に入ってくる人が一様にぎょっとした顔をするのをみるのは、見ものではありますね。
けれどもアンジェリカ姫は霊獣アカツキとカナリアの娘ですし、マーシャル王国の第一王女でもあります。
それがこうも堂々と執務室にいれば、びっくりするなってほうが無理ですよねぇ。
しかもさすがにみんなお父さまの気性を良く判っているらしく、何事もないように振る舞っています。
誰も口火を切る気はないけれど、緊張感だけはどんどん高まっていきますよ。
やがて深いため息をつくとレイがおもむろに切り出した。
「ここにいるアンジェリカ王女と私は結婚の約束をいたしました。正式な手続きは未だですが、皆さまには私の伴侶と考えていただきたい」
何を言われたのかわからずに、ぽかんとしてしまった人々を見やって、アンジェリカも口を開いた。
「父には昨夜のうちに早馬で知らせているが、反対されることはありません。皆さま方にはウィンディア王国の一員としてうけいれて欲しい。よろしく頼む」
これもまた結婚が決まった女性とは思えないぐらいの男前な挨拶をする。
皆が何も言わずにじっと王の顔を見つめていると、さすがの王も諦めたらしく、立ち上がると説明を始めた。
「そんなに呆けたような顔をするんじゃねえぞ。レイは終生オレの片腕になると誓った男だ。その男が伴侶を見つけたんだ。目出てえことだが今は天球の和平に向けての準備に入った大事な時だ。アンジェリカには少し待たせることになるが、結婚したくばとっとと働きやがれ」
それでやっとみんなが口々にお祝いを述べることができました。
「おめでとうレイ」
「おめでとうございます。アンジェ」
「さっさと仕事を片付けようぜ!」
「あんまりアンジェリカを待たせたら、年増になっちまうぞ!」
「年増ってのはどういう意味かな?」
「いえ姉さん、姉さんが結婚できるようにオレもお仕事がんばろうかなぁ。」
「おうよ、さっさと仕事をかたずけて姉さんに結婚してもらうぞ!」
「人のフィアンセを姉さんよばわりとはどういう事ですかね」
「レイ、婚約者が出来て嬉しいのはわかるが、手がお留守になってるぞ。ちゃっちゃと働け!」
アンジェリカ姫の望み通り、あっという間にウィンディア王国の一員として認められてしまいました。
みんな心底レイに伴侶が出来たことが嬉しかったんです。
いつも冷静で浮いた話ひとつないレイには、結婚話を持ち掛けることすら拒絶するような雰囲気がありましたからね。
ほんとうなら霊獣でもあり、王の片腕なんですから取り込みたい王侯貴族はいくらでもいました。
でもレイはそんな話を持ち掛ける隙さえ与えていなかったんです。
今回の婚約で、レイも普通の男だったんだぁという感慨にふける仲間たちであった。
ぼんやりと庭園の東屋で空を眺めているとちょっぴり落ち着いてきました。
王族のプライベートエリアの外にでるにはレイの許可がいるから、たかだお庭といってもなかなか自由に散策できないんだけど、今日はすんなり許可がおりたんです。
その代わりこの庭園は今は立ち入り禁止になっている筈で、厳重な警備下に置かれています。
そうなるのがわかっているから、いつもあまり我が儘はいわないようにしているのだけれどね。
でも私が知らないうちにレイの結婚が決まっていることに、実は少し寂しさを感じているのです。
婚約者なら私にだっているんだしレイの幸福は願っているのも本当の気持ちなんですよ。
でもアンジェリカ姫ってとっても華やかで、大人の女性らしい色気があって、ちょっとばかり嫉妬してるんですかねぇ。
わたしだけの保護者だったレイが、自分よりも大切な人を見つけてしまったことがいやなんですよ、きっとね。
ただの子どもの我が儘なんだってわかってはいるんです。
わかっているからひとりでぼんやりと空を眺めるしかないじゃないですか。
きっとレイだってわたしののそんな複雑な気分を知っているんです。
だからこうして庭園の使用許可を出したんですよね。
わたしがひとりになれるように。
そうして子供っぽくて醜い嫉妬心を克服するための時間をくれたんです。
あ~あ、なんかねぇ、こういう風になにもかも手の平の上っていうのも泣けてきますよね。
いっそなんにもわからないお子様になれればいいのに。
そ~したらレイに我が儘言って、アンジェに意地悪をして、そしてふたりに叱って貰えるのに。
叱られたら馬鹿みたいに大泣きできるのになぁ~。
大人ってつまんないもんですね。
だからいつもお父さまはあ~やって子どもみたいに悪戯してるんですかねぇ。
そこになにやら上機嫌な様子のセンがやってきました。
まあね、きっとセンがくるだろうなぁとは思っていましたよ。
私の側にセンがいれば、間違いなく守ってもらえますからね。
私が庭園にいるって聞けば、センはいわれなくったてさりげなくやってくるわけです。
そういう子なんです、センって子はね。
「セン、随分上機嫌じゃない、何かあったの?レイの婚約のことは知っているの?」
「あぁ、まさかあの気の強そうなアンジェリカ姫がお相手になるとはなぁ。けどあのレイの相手はあれくらいじゃなきゃ務まらないよな」
「そうねぇ、きっとそうなんでしょうねぇ。それよりセン。何を持っているの?」
「これはセーラ皇女の成人パーティの招待状さ。ナナの分も持ってきてやったぜ」
「まぁ、セーラは16歳になるのね。成人パーティかぁ。絶対に行くわ!」
「それがさぁ、言いにくいんだけど、今は兵馬を休ませたいから無理だってレイが言ってたぜ。ナナはお留守番だ。お土産買ってきてやるからな」
「え~、なんでセンだけいくのよ!」
「おれは自分ひとりなら馬で駆け抜ければいいだけだからな。お前が行くとなると馬車やら、お伴やら、守護隊だのが必要だろ?また襲撃されても困るしさ。今そんな余裕ないのお前も知ってるじゃないか」
「だって、セーラの成人式なのに……。そうだセン、あなたセーラの所についたらアンクレットを使ってもらってよ。それならお伴の人なんていらないじゃない。帰りはサクラ転移してもらうから」
「う~ん、俺は別にいいけど、自分で王様やレイの許可をとれよ。そうしたらセーラに頼んでやるからさ」
センは一番困難な場所からとっとと逃げ出してしまいました。
薄情な奴め!
一緒に頼んでやろうぐらいの意気込みはないんですかねぇ。
わたし機会あるごとに王様やレイにセーラの成人式に行きたいとおねだりしましたが、二人ともなかなかうんとは言いません。
私をひとりにすると必ずトラブルを引き寄せると思い込んでいるふしがありますね。
なんていうかそんなの巡り合わせが悪かったとしかいえないんですけどねぇ。
それに私が誘拐されたおかげで、砂漠の民とのつなぎも取れたわけですし……。
けっこういいこともやってるとおもうんですけどね。
お父さまもレイも断固として許可をくれないので、お母さまさまに泣き落としをかけることにしました。
お母さまはさすがに女なので、親友の成人式のパーティが、女の子にとってどれほど大事なことかすぐにわかってくれましたよ。
お父さまがお母さまに頭が上がらないことは知ってますからね。
お母さまの力は絶大で、無事にプレジデント皇国行きを勝ち取ることができました。
自分の倉庫にパーティの衣装からセーラへのプレゼント、それにサクラを懐柔するためのノバもたっぷりと用意してあとは転移の時を待つばかりです。
やがて空中にセーラの声が響きました。
「レティ、レティ、来て頂戴」
その声とともに私の姿は空に消えていきます。
転移した私の目の前にはとびっきりの笑顔のノリスがいました。
「ノリス!いったいどうしたの?」
「ここは砂漠の地底都市さ。ようこそ僕の国へ、待っていたよさあや」
「ダメよノリス。私はセーラの成人式のパーティに行かないと。サクラの転移術式を書き換えたんでしょ?すぐにセーラのところに送って頂戴。みんな心配しているわ」
「大丈夫さんだよさあや。これは君のおやじ殿も承知なのさ」
「どういうことなのノリス」
「ほら、あのアカツキの一件でオレは腹に据えかねてさあやのおやじ殿に会いにいったのさ。まぁ悪戯の件は煙に巻かれたけどさ」
「あの時、ノリスが先に帰ったのってお父さまの所に行ってたの?」
「まあね、そこで君のおやじどのが三ヵ国和平会議にオレも来て欲しいって言うから賭けをしたのさ。だってピンクだって霊獣だぜ。自分の術式をいじられたらすぐに気づくさ」
「それって、どういうことノリス?」
「オレがピンクの術式を変更したことをピンクもおやじ殿たちも、誰にもおしえないこと。和平会議までにセーラが術式を使ったら、和敬会議まではさあやはオレの国で過ごす。使わなくてもオレは和平会議に出る」
「どうだい?絶対おやじ殿のほうに分がある賭けだぜ。だってセーラが術式を使うなんてことよっぽどじゃなきゃある筈ないからね」
なるほどね、けどこの賭けって実はノリスに分があるんじゃないかな。
だってセーラの成人式の日取は前々から決まっていたし、私が行きたいって駄々をこねるのも予想できるはず。
その時点でウィンディア王国に派兵する余裕がないことも予測可能だわ。
そしてそうなった場合に私が何を考えてどう行動するかも、ノリスならわかる筈。
嵌められてのはお父様の方よ!
しかもどれだけお父さまが反対しても、お母さまが私の味方に付くことまで予測済みなんだわ。
ナナが真剣に考え込んである結論に達したのをみたノリスは笑いながら言った。
「君のその勘の鋭いところ嫌いじゃないよ。さあや」




