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切り裂き姫アンジェリカ

 次の日、私はアカツキとの因縁があるあの鐘を鳴らしてしまった聖堂で、謝罪の気持ちを込めてフルートを奏でていました。


 癒しの秘儀を求める人々の数はそう多くはありませんでした。

 なぜなら昨日の鐘の音で、その時に王都にいた人々にはすでに奇跡が起きていたのです。


 ここでアカツキと先代の金糸雀はいつもこうやって民を守ってきたんだろうなぁ。

 そう思うといたたまれない気持ちになって、人々が神殿を後にするのをじっと見送っていました。

 

 そんな私の元へゆっくりと歩いてきた女性がいます。

 見事な赤毛と菫色の瞳を持つスレンダーな美女で、マーメイドスタイルのドレスがとても似合っていました。


「見事だわね。お母様はあまりフルートをつかわないでお父さまのパイプオルガンにあわせて歌うのが好きだったけど、でもたまに奏でていたフルートの音色によく似ているわ」


 その言葉で彼女がアカツキとカナリアの娘であることわかりました。

 そういえばマーシャル王国にはかの有名な第一王女がいらっしゃいましたね。


「初めまして、アンジェリカ姫。私はレティシア・ウインディアと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」


「いいのよ、お父様がお母さまの代わりにあなたを監禁したんですって?あやまるのはこちらのほうよ。お父さまも困ったものね。自分の不始末を娘にさせようなんて」


「その話は断った筈だが?。アンジェリカ王女」


 いつの間にかノリスが私に代わってアンジェリカ王女に返事をしていました。

 いったいいつの間に来たんですか?

 神出鬼没ですね。

 

「これは青龍さま、お優しいことでございますね。私が申しているのはウィンディア王国に対する謝罪ですわ。知らん顔というわけにはいきませんのよ。マーシャル王国にも国としての誇りがございますの。例え国王がヘタレだとしてもね」


「噂にたがわぬ辛辣ぶりだな。アイオロス王は同意したのか?」


「噂とは私が言葉で人の心を切り裂くというお話ですの?。マーシャル王国の切り裂き姫。その止まらぬ舌のせいで齢30歳になっても嫁の貰い手すらみつからぬとか。随分身勝手な噂ですね。私は殿方の好みが少しばかりうるさいだけですのに」


 うわぁー、自分で切り裂き姫って言っちゃいましたよ!


 裂きジャックみたいですけど、アンジェリカ王女が切り裂くのは人の心だけですよ。

 十分恐ろしいですけどね。


「なるほど、よくまわる舌だな。前言撤回だ。その舌でせいぜいアイオロス王やレイたちを翻弄してやってくれ」


 このまま放っておくとノリスとアンジェリカ王女との舌戦はヒートアップするばかりです。


 しかたありませんね。

 なんとか穏便にお引き取り願いましょう。


「それではアンジェリカ王女はご一緒にウィンディア王国に来て下さるのですね。嬉しいわ。私のことはレティと呼んでくださいませ。アンジェリカさま。お昼には出発いたしますから、そろそろ準備をいたしませんと……。」


「まぁ、相変わらす八方美人の金糸雀だこと。そうねレティ。私はアンジェと呼んでね。天使って意味なのよ。私にピッタリだと思わないレティ」


 けっこうグサッときますねぇ。

 さすがに毒舌姫です。


「ええ、そのようですね。天使とは峻厳に正義と悪とをわけるもの。慈愛には厳しさがなくてはかないませぬ。アンジェさまは天使の名を持つにふさわしいお方だと思いますわ」


「おやおや、この小鳥は唄うみたいね。ウィンディア王国に行くのが楽しみになってきましたわ」


「まぁ、私ごときではとてもお相手にはなりませんわ。けれどウィンディア王国にはレイという銀の狐がおりますの。もしかしたらおめがねにかなう男かも知れませんわ。お確かめになってくださいませアンジェさま」


 こうなったらレイに丸投げしちゃいましょう。

 毒舌同士きっと気があいますよね。

 うん、そーしましょう。


「そなたはよほどそのレイとやらに、してやられているようですね。私を盾にしたいと言うとはね。私が人の意のままに操られると思うてか?まぁいい。そのレイとやらとの見極め頼まれてやろう。退屈しのぎにちょうどいい」


 私のたくらみをあっさりと看破すると、意気揚々とアンジェリカ王女は帰っていきました。


「ノリス、どうしよう。なんだか波乱しかおきない気がするわ」


「今のはさあや、お前が煽ったんだろうが。知らねえぞ。下手するとレイとおやじ殿、それにあのアンジェまで、お前のお目付け役になりそうじゃないか」


「やめてノリス。怖い事いわないで」


 ノリスは自分で言っておきながら背筋が寒くなったらしくしらけた顔をしています。

 それからノリスは用事があるとかで、さっさと帰ってしまいました。


 婚約者といるよりアンジェリカ王女の舌禍から逃れる方を選ぶなんて、ノリスも案外とヘタレなんですね。


 それでようやく懐かしのウィンディア王国執務室にいる訳なんですが……。


「そなたが狡猾な狐のレイ殿か。ウィンディア王国の宰相を随分と振り回してくれたようじゃのう。こたびは愚か者の父に代わってしばらく貴国に逗留させていただく。退屈しないですめばよいがな。どう思うレイ殿。」


「これはこれは噂通りお美しい姫君でいらっしゃいますね。アンジェリカ王女殿下。お父君にお目にかかれなかったことが、マーシャル滞在の一番の後悔事だと思っておりましたが、姫におめもじが叶わなかった方が、ずっと残念なことであったと今は後悔しております。」


「ほほう、それは不思議なことじゃのう。そなたの気配が城中でしておったというのにか。一度などは私の執務室にも狐の落とし物がありましたから、今日はまとめてお返しいたそうかと思ってお持ちしております。レイ殿」


 そう言ってアンジェリカ王女が見せたのは、レイご謹製の盗聴器の数々です。

 ざっとみても10個以上はありますから、仕掛けた方ほうですが、全て見つけ出す方も半端ではありません。


 これはちょっとさすがのレイでもやばいんじゃないでしょうか?


「おやおや、お気に召しませんでしたか?王女殿下。王女殿下には退屈しのぎのおもちゃをいくつかプレゼントさせていただいたのですが……。これは精進せねばなりませんね。驚かせるような品を厳選させることに致しましょう。」


 レイも毒舌では全く負けていません。

 今度はみつからねえように上手くやるさ!と喧嘩を売っていますよ。

 

 この2人混ぜたら危険な奴です。

 とりあえず2人をひきはなしましょうね。


「お父様、アンジェリカ王女殿下には長旅でお疲れでございましょう。私がお部屋までご案内いたしますわ。旅の垢をおとしてからゆっくりとお食事をご一緒してはいかがでしょう。」


 お父さまが返事をする前にアンジェが答えました。


「おぉそれはよいのう。レティ。それではレイ、そなたが案内してくれぬか?」


「仰せのままに。姫君。それではまいりましょう。」

 レイはアンジェをエスコートすると部屋を出ていきました。


「お父さま、いったいどうゆうおつもりですの。」


 アイオロス王はわざと隙を作って、アンジェリカ王女の発言をゆるしたのです。

 私が怒っているというのにお父さまは、のほほんとした顔をしてとぼけたことを言います。


「いやぁ、やっぱり仕事ばっかりじゃダメでしょ。潤いってやつも必要じゃないかなぁ。僕だって愛しのジェーンがいるからこんな面倒な王様業も我慢しているんだしさ。」


「まさかお父さま、あの2人……。本気ですの。あの2人絶対に混ぜたら危険ですわよ!」


「そうだねぇ、そうしたら面白いんじゃない?」


 私はがっくりと肩をおとしました。

 そーなんですよ!この男は楽しいが正義の人間なんです。

 楽しいからという理由で一体何人の人間をその悪戯の毒牙にかけてきたことでしょう。


 私は拳をぎゅっと握ってフルフルと震えると涙目で叫びました。

「お父様ってサイテー!。」


 「サイテーはねぇだろうよ。ナナ、ねぇナナちゃん。ナナってば!」

 お父さまが凹んだみたいですけど、しりません。

 あとでお母さまにでも慰めてもらえばいいんだわ。


 それよりいそいであの2人に追いつかなきゃ。


 アンジェリカ王女は、人払いをしてレイと部屋に引きこもってしまったようです。


 ヤバイですよ。

 モラルに助けてもらいましょう。


 どーせ腹黒レイのことですから、アンジェリカ王女の公的スペースには録画装置が仕掛けているはずです。

 そうじゃなきゃ女性と二人っきりになるリスクを冒す筈ありませんからね。


 モラルは楽しそうだなぁの一言で全面協力してくれました。

 ウィンディア王国には、楽しいは正義病が蔓延してしまいました。


 やっぱり録画されていましたよ。

 アンジェリカ姫のターンからのようですね。、


「そなた、随分なギャンブラーですね。レイ、私が悲鳴のひとつもあげればそなたはたちまち不敬罪で牢獄行きだというのに。」


「聡明なアンジェリカ姫がそのような陳腐な手をつかうとも思いません。女を武器とするのは姫が最も嫌いなのではありませんか?」


「そうは言っても必要ならば、どんな手でも使うのに躊躇することはないけれどね。そんなところはレイ、あなたの秘蔵っ子のレティも同じなのではなくて?」


「ええ、あの娘。普段はボケボケで頼りないおバカなんですが、いざと言う時の思いっきりの良さは私でも負けることがあるぐらいです。しかし姫。話したいのはそんな事ではないでしょう?相談なら伺いましょう。」


「あまり聡い男は嫌われるぞ。頼みたいのはなレイ。私はお前と一緒にアイオロス王に仕えたいのだ。物騒な頼み事であろう?」


「なるほど、宰相閣下からどこまで聞かれましたかな。姫」


「面倒な、アンジェと呼べ。私もレイと呼んでいるだろうが。宰相は随分壮大な夢を聞かされたそうだ。実現すればこの天球に平和が訪れるとな。」


「では、全て知っておられると思ってもいいのですね。三ヵ国同盟も国際連盟の設置も……。」


「ふむ、平和がきて困るのは騎士じゃ。王が騎士の地位を奪えば反乱がおきる。諸侯も黙ってはおるまい。」


「それには解決策があります……。」


 その日レイとアンジェは目的を同じくする同士となった。

 レイの繰り出す妙案にアンジェは目を輝かせて聞き入っていた。


 モラルはそっと録画装置をオフにしました。

 この2人、なんだかいいムードになっていたからです。


 どうしてでしょう?

 私の胸はチクリと痛みました。


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