ナナ地上に降り立つ
私が激しく落ち込んだり、気合をいれたりしているのもまったく気にしないらしく、紺熊さまは淡々とお話をつづけました。
「ワシがこの霊山にやって来たのは、明日がワシがこの山で生まれて千年目じゃからだよ。霊獣は千年たつと核に帰る。そうして次の誕生まで眠るのが決まりじゃからの」
えっ!という空気になって、みんな固まってしまいました。
だってそれじゃ明日になったら、紺熊さまは死んじゃうってことですよね。
「そんなに痛ましそうな顔をするでない。命は常に流転しておる。生まれたら死ぬのが定めじゃ。それは星々や宇宙という壮大なものから、微細なものまで変わらぬこの世の定めよ」
「という訳じゃから、セン。お前の友人たちもまた命の流れにかえったのじゃ。そうして安息のひと時を過ごし、また新たな誕生の息吹の時を迎えるじゃろう」
紺色の霊獣さまは、センの辛い気持ちを知っていたみたいにそんな風に言いました。
そ~だよねぇ。センは仲間と一緒だったんだもの、辛いにきまっているのです。
「うん、ありがとう。オレだけ生き残っちまって、だからオレ……でも吹っ切るよ。ありがとう霊獣さま」
「いいんじゃよ。幼い魂が輪廻に戻るのは、いつの世でも哀しいことには変わらないのじゃからの。友達の分までこの天球世界で、生き抜くがよい」
「天球というのですかこの世界は。まるで地球の反対にあるかのようだ」
レイが思わず呟いたら、紺熊さまは教えてくれました。
「その考えは、正しいの。次元を挟んで地球と天球とは双子星じゃ。時間の流れや環境などもそっくりじゃ。それゆえ次元の狭間から落ちてしまうものも多い。この霊山はそういった落ち人たちを、正しい流れに帰しているのじゃ」
「それじゃぁ、私たちは天の理から離れてしまったの?」
私はもしかしたら自分達が輪廻転生の輪から外れてしまったんじゃないかと思って、おそるおそる尋ねましたが、霊獣は安心させるようににっこりと笑っておっしゃいました。
「いいや、それは違う。霊獣の核が人の子の力なぞで、簡単にもげるかよ。霊獣の核を手にすることができたのには、それなりの訳があろう。そなたたちは来るべくして此処にたどり着き、そして霊獣をその身体に宿す運命じゃったのだろうよ」
「しかし霊獣を宿したとしても、鍛錬せねば力を全て引き出すことはできんよ。わしがそなたたちに出会ったのも意味がある事なのじゃろう。すこし鍛錬の方法を教えてやろう。天球の人間たちも同じ方法でオーラを鍛え、念能力を磨いているからの」
「念能力って仙人さまみたいな感じかなぁ」
「ちげぇよ。ホラあんだろ!バトルものとかでさ、超能力みたいな奴だよきっと!」
「経験してみるのが一番ですよ2人とも。それではさっそくお願いできますか?霊獣さま」
霊獣さまは最後の時を惜しむかのように日のある間は鍛錬を、そして日が暮れてからは、素朴な疑問に答えたり、私たちが天球で暮らすための知識を教えてくれたりしました。
「なぁ、オレ一度は3歳くらいのチビっこになったんだけど、霊獣の核を食べたら高校生の自分の年齢に戻ったんだ。レイやナナなんて昔と全然違う年恰好だろう?どういうことなんだ?」
センはずっとそれが不思議でならないようでした。
紺熊さまはその答も知っていました。
「年齢というのは、その人の精神年齢が影響をあたえるんじゃ。外見はその霊獣の持っている色が一番大きな影響をあたえるが、その性格にも影響されるぞ」
「つまりレイは年寄ではあったが、精神年齢は若々しかったのだろう。自分が最も力を発揮できる28歳の姿を取っておるのだよ。センが前と変わらなかったのは、精神も肉体も共に年齢相応に健やかに成長していたからじゃろう」
「ナナは、精神年齢がまだまだ幼く成熟していないんじゃよ。大事に庇護されてきた娘には、ままあるこ0とだがのう」
「わかった!じゃぁナナ。お前今日からオレの妹な。守ってやるから安心しろ!」
「しかたありませんね。それでは2人の保護者は私が勤めますよ」
「待ってセン、レイ。私はこれでも立派な社会人なんですからね。お子様扱いは断固断わる!」
私の抗議は2人の可哀そうな子でも見るような目によって黙殺されてしまいました。
おのれ紺熊さま、余計なことを……。
時間はとっても短かったけれど、紺熊さまは私たちのお師匠さまでした。
そうしてもうすぐ日が昇ろうという時間になると、霊獣さまは私たちを伴って霊樹のほとりにある泉に向かいました。
「綺麗……」
わたしが思わず声にだすと、紺熊さまは優しい笑顔で、この場所は朝日が一番美しい場所なんだよと教えてくれます。
やがて泉の湖面を太陽の光がキラキラと照らしはじめると、霊獣さまの姿も同じように眩い光の粒子となり、静かに消えてしまいました。
その後には、霊樹の大木に、生まれたばかりの核が紺色の光を放って輝いているのでした。
私たち3人は、その荘厳な様子に言葉もなく、長い間ただ黙って佇んでいました。
しかしいつまでもこうしている訳にはいきません。
私はよし!っと気合をいれてから2人を振り返って言いました。
「それじゃぁ、計画通り私から行くね」
霊山から地上に降りるには、女神の泉に入る以外方法はなく、それは1度にひとりしかくぐれないんですって。
しかも女神の泉が、地上のどの場所に霊獣を誘うのかは、くぐってみないとわからないと紺熊さまはおっしゃいました。
つまり、私たち3人が同じ場所に降り立つという確証がないということになるんですよ。
「いいか、ナナ。オレたちが行くまで、降りた場所の近くで隠れていろ。お前は人から強い害意を向けられるだけで、ぶっ倒れてしまうんだ。知らない奴にホイホイついて行くんじゃねえぞ」
「私たちは、必ずナナを探しだします。私たちがすぐに着かないようなら、女神ネィセンリーフの神殿で庇護を求めるんですよ。そこで待っていて下さいね」
女神ネィセンリーフの神殿というのは、地上で最もポピュラーな神殿で、そこではだれでも宿を貸してもらえるし、教育や念能力の訓練を受けることができるんです。
運営は人々の喜捨で行われているんですけど、その一番大きな後ろ盾はその土地を統治する領主さまなの。
統治する側からすれば、他の国の情報を得ることもできれば、流民の受け皿とすることで、治安の悪化を防ぐこともできる訳ですね。
そのうえ、才能あるものを早期に発見して、庇護に名のもとに取り込むこともできるっていうことになります。
神殿にとっても権威を保障されるわけだし、お互いにメリットがあるんだよね。
それは神殿を頼っている民も同じです。
だから私みたいに庇護を必要とする人間には、神殿に頼るのがベストなんじゃないかってことになったの。
でも霊獣さまを食べたのは内緒にしなさいってレイやセンに何度も注意されました。
そういう力って利用されやすいってことぐらい私だってわかってるんだけど、2人とも妙に過保護なんです。
「大丈夫だよ。心配しないで。私は社会人経験者なんだから、ちゃんと自活できるし。センもレイも自分のことを考えてよね。じゃぁ行くね」
「ちょっと待てよ、危なっかしくて見てられねんだよ、オイ、ナナ」
センが呼び止めるのにも耳をかさず、私はさっさと泉に身を沈めるとあっというまに泉に引き込まれてしまいました。
泉の波紋がおさまれば、次の人が泉に潜ることになっていますから、きっと私が地上に到着したら、波紋が消えるのでしょうね。
泉に入っても濡れもしなければ呼吸もできます。例えると高層マンションのエレベーターで降りる時みたいな感じですかね。
急降下するときのいやな感じがにています。
やがて地上に降りたようなので光が見える方向に進むと、そこは大きな広場にある木陰でした。
かなり大きな都市らしく、片側2車線の広々とした道路を馬車がいきかい、馬車道の両側にはかなり広い歩道が整備されています。
歩道にそってレンガ作りの2階建ての建物が整然と並んでおり、建物の1階部分は店舗や事務所として利用されているらしいけどこれは地球にもよくある仕様ですね。
広場には噴水もあり、上下水道が整備されていることを、思わせます。
それに家々は清潔で、汚臭もしないことから、かなり技術レベルは高そうですね。
「わぁー、中世のヨーロッパみたい。思ったよりも清潔だわ。古代ローマにはお風呂もあったんですもの。中世といっても文明はあるのよね」
私はこれなら案外快適な生活ができそうに思えて、途端に元気が湧いてきました。
さっそく広場を探検したかったんですけれど、レイやセンに口を酸っぱくして大人しく待ってろと言われたのを思い出します。
さっきから広場にある屋台からいい匂いがしてるんですけど、我慢してさっきの木陰に身をよせることにしました。
確かにその場所は、人目につかないですけど、恋人たちにとっても同じらしく、恋の花がそこかしこに咲いています。
私は目のやり場に困ってしまって早々に隠れ場所からにげだしてしまいました。
まさかセンだって恋路の邪魔をしろとはいいませんよね。
「お腹すいたぁ~。すっごくいい匂い。倉庫にはお金もいっぱいあったもの。まずは食事よね」
私は目標を屋台にかえるとワクワクしながら広場を突っ切ろうとしましたが、
「お嬢さん、迷子でしょうか。我々がお役にたちましょう」
凛々しい騎士の2人組がいきなり私の前を塞いでしまいます。
にこにこしているけれど、知らない人にはついていかない、これ常識ですからね。
「えーと、大丈夫です。迷子じゃありません。家人と待ち合わせしているのでご安心下さい、騎士さま」
2人は顔を見合わせると
「決まりだな」
というなり、私の両側にたつと、しっかり確保してしまいました。
えっ?なんで?なにが決まりなの?私なにか変な事いいましたか?
2人が配下のものにさり気なく合図を送ると、心得たとばかり数人が走り去ったっていきましたよ。
ど~ゆ~事でしょう。
いきなりの不審者扱いなんですけど。
「大丈夫なんです。どうぞお構いなく」
「お嬢さん、お伴もなく歩くなんて危険すぎますよ。家出なんておやめなさい」
そう言えば日本でも江戸時代なんか中産階級の娘は共をつけて外出していたから、こっちでもそうなんでしょうか?
服装とか言葉使いとかで、中産階級の子どもって思われて、ひとりだから不審者扱いなんですね。
つくづくこの体型が恨めしい。
大人なら不審者扱いされなかったのに。
「あの、伴の者とは、はぐれただけで、ちゃんと神殿で待ち合わせしてるんで大丈夫なんです」
神殿というキーワードを聞くと合図を待つことなく、隠れていたものが、素早く動くのが目の端に写ります。
神殿に向かったのだろうなぁ。
さらに不審者扱いが決定的になったみたいだけど、理由が全く見えないんじゃ動きようがありません。
「それでは、神殿までご一緒しましょう。どうせ我らの詰所の近くだ」
騎士たちに両側からしっかりガードされて、拉致状態になってしまいました。
なんで?
どうしてこうなったの?
私が馬鹿なの?
他の異世界トリップした主人公ってどうやってたっけ?
半泣きになりながら、私はトボトボと歩くしか出来ませんでした。