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紫の鷹来襲

 私にアンクレットを付けてくれると、ノリスは何も言わないで、私を抱っこして満足そうに目を細めています。


「ねぇ、ノリス」


「うん?」


「私、16歳まで、ここで暮らしてもいい?」


「ここにいたいのかい?どうして」


「私、親子になってまだ日が浅いから、ちゃんと王様や王妃さまの娘になりたいの」


「ねぇ、さあや。僕らは番のおねだりを断ったりできないよ」


「ごめんなさい」


「ここは、ありがとうだよ、さあや」


「ありがとう、ノリス」


 どうしてだろう?思ったよりもずっとノリスといるのは居心地がいい。

 最悪な出会いだったのに、こんなにも穏やかでいられるなんて不思議だなぁ。


 きっとあれだな、女の子って誰かの特別になりたいんだ。

 自分だけを大事にしてくれる特別な場所があれば、他には何もいらないんだ。


 ちょっとだけ、女の子が恋愛に一生懸命になる理由がわかった気がした。


 女の子ってこと男の子が絡むと怖くなるから誰の敵にもなりたくなくて、恋愛を避けてきたけど自分だけの場所がこんなにも安心できるなんて知らなかったな。


 このままずっとノリスの側にいてもいいかな。

 私はそんな風に思う自分の変化がおかしかった。


 ノリスはそのまま私が晩餐会の準備に入るまで、私から離れようとはしなかった。


 「姫さまのお仕度を致します」


 と主張する侍女軍団と、しばらく睨み合ったぐらいだ。


 しかし竜とはいえ、そこは男だ。

 自分が正しいと思い込んでいる女には、勝てなかったようだ。


 晩餐会は非常に和やかなものになった。

 

 ノリスが16歳まで私を王城に置くことを、快く許してくれたからだ。


 16歳になるまであと3年半、ノリスの横に立つにふさわしい人になろう。

 私は密かに決意を固めていました。



 ノリスとの婚約を正式なものにするためには、大聖堂での婚約証書への署名と、婚約をお披露目するためのパーティを開催する必要があります。


 ノリスのプロポーズを受けた翌日は、朝からお王妃さまも侍女のみなさまも大張り切りです。


 なにしろ二千年ぶりに砂漠の国の青龍が、正式な婚約者をお披露目するのです。

 ウィンディア王国の誇りにかけても成功させなければなりません。


 それにノリスからは全ての国民に対して婚約パーティでの飲食代金は自分が負担すると宣言しています。


 手回しのよいことに王都だけではなく地方に至るまで、屋台やお店を貸し切り、今日だけはだれでも食べ放題、飲み放題となっています。


 すでにまだ朝だというのに出来上がった人々もいるようですから、ウィンディア王国に攻め入るなら今日が好機と言えるでしょう。

 ただし青龍と砂漠の民を敵にまわす覚悟があればですけれど。


 浴室からマッサージルーム。フィットルームからパウダールームへと部屋から部屋へ、侍女から侍女へと、私の身体はまるでベルトコンベヤーにでも乗せられているようにテキパキと運ばれていく。


 そんなに磨いても元がもとだし、たいして変わらないと思うけどなぁ。


 ぐったりとするたびに水分補給だけされて、真剣なまなざしで私を着飾っていく侍女たちを見て思うけど言わない、言えない。


 その上まるで厳しい職人が自分の作品を見るように、侍女の仕事ぶりを王妃さまが逐一チェックしているのだから、そりゃぁ気合も入ろうってものですね。


「王妃さま、いかがでございますか?」

 

 渾身の仕上がりにようやく満足したらしく、侍女頭がお伺いをたてた。


 王妃さまは、にっこりと満足の微笑みを浮かべると


「素晴らしいわ、さすがは私の信頼する皆さま方だけあるわ」

と、賛辞の言葉を惜しみなく贈っている。


「レティシア、とても綺麗よ。ごらんなさい」


 大鏡の前に案内されて、私は息をのんだ。

 変わらないなんて言ってごめんなさい。

 プロの仕事は素晴らしかった。


 鏡の中にはそれは美しく儚げな美少女が、驚きに目を丸くしている。


 金の髪が緩やかな流れを保って結い上げられ、極々うすいベールで覆われている。


 水色のドレスは上半身は身体にフィットしてほっそりとした腰を強調しているが、下半身は薄いオーガンジーを幾重にも重ねてたっぷりとしたフレアーが広がっている。


 袖はないけれどもその代わりにこれも薄い衣をふんわりとケープのように重ねていて、手を動かすごとにひらりと衣が舞う。


 もしかして天界から女神さまでも舞い降りたのではないか?というような装いだ。


 耳にはブルーダイヤモンドのイヤリングがぴったりと嵌められていて、首を飾るネックレスにはアレキサンドライトの大きな石が、中央に配されている。


 私の青紫の瞳は癒しを行う時には青い瞳となり、除霊や解呪をする時には赤く染まる。


 霊力によって瞳の色がかわる私のために、光によってルビーにもサファイヤにも変化するアレキサンドライトの宝玉でネックレスを作ってくれたのだ。


「なんて綺麗なんでしょう。みなさまのおかげです。ありがとう」


 私はは心からお礼を述べました。


 「それでは、あちらへ」


 そこからは王宮の隠し通路を通って、大聖堂の契約の間までむかいます。

 美しい婚約者姿を神さまに見せる前に人目にさらさないためです。


 今から大聖堂の契約の間に入いれるのは、教皇さま、王様、砂漠の長、ノリスと私だけです。

 扉の前まで警護してくれた騎士さまも、室内には入れません。


 私が入室すると待ちかねていたノリスがエスコートしてくれて、一緒に署名の祭壇に向かいます。

 教皇さま、長さま、王さまが見守る中、最初にノリスが続いてナナが署名して儀式は終了です。


 署名が無事に終わると、一斉にみんなの緊張がゆるむのがわかりました。


「儀式はここまでだ。あとは楽しみましょう」

 王さまが砂漠の長さまに声をかけると。


「むろんじゃ、上手い酒を用意しておるのか?」

 と長様も応じる。

 このふたり、案外気があうようですね。


 ノリスが私の手をとると

「オレたちは、まだ仕事が残っているからな」


 と言いながら、神殿の前に待っている馬車迄エスコートしてくれます。


 広場には、大勢の人々が待ち構えていて、姿がみえるや大歓声があがりました。


 王宮と神殿は馬を飛ばせば10分で到着します。

 隠し通路なら20分です。


 それなのに馬車はゆっくりと遠回りしながら王宮まで帰るので、およそ30分の間ナナとノリスはにこやかに民に手をふりつづけていました。


 民はすっかりご機嫌で、沢山の笑顔と祝福を贈ってくれました。


 心から喜んでくれているのですがその笑顔の半分くらいは、砂漠の民が青龍さまからの挨拶だと全国民に洩れなく配ったお祝い金にあるのかもしれません。


 王宮ではナナとノリスの婚約披露パーティがすでに始まっています。

 爵位を持たない人々も王宮の庭園には入れるようになっているので、一番にぎわっているのはガーデンパーティー会場です。


 堅苦しいのは苦手だという兵士たちは既に街に繰り出していますし、今日ばかりはお城勤めの人々も交代で休息を取れるように、臨時雇いの人たちにもたくさんお手伝いしてもらっています。


 一度部屋に戻って、ベールを外し髪にはティアラを付けました。

 未成年のうちはティアラはつけられないのですが、婚約式だけは特別にお許しが出たのです。


 ノリスと共にメイン会場にいくと、みんなにこやかに迎えてくれます。


 センが口笛を吹く真似をして、

「女は化けものとはよく言ったものだぜ」といいましたが、目を丸くして驚いていたので、私は広い心で許してあげることにしました。


 ただし心のメモには、センの婚約式では仕返しすることという一文をかき込んでおきましたけれどね。


 レイは心底おどろいたように私を見つめて「綺麗ですねぇ」といいましたから、やはり侍女さんの技は飛び切り素晴らしいようです。


 最初こそノリスとの二人三脚でしたが、青龍とのつなぎを求めてノリスには人が殺到しますし虚虚実実の社交辞令は疲れてしまいます。


 私はこっそりと控えの間の一室に避難してしまいました。


 控えの間はパーティで疲れた人や、密談相手を見つけてこっそりお話したい人、それに密会などにも利用される誰でもつかえる小部屋です。


 部屋付きの小姓にお茶をお願いすると、私は少しリラックスして肘掛椅子に腰を下ろしました。

 地球では平凡なOL だった自分が今では竜の婚約者ですよ。


 誰もいない筈なので、すこし気を緩めていたのですが……。


「おや、今日のヒロインがこんなところにおひとりとは、いったい婚約者どのは何をされているのでしょう?」


 そう声をかけてきたのはすらりとして華奢な美しい男でした。

 紫の瞳に暗色の髪に紫のメッシュが入る不思議な色を持っています。


 「まぁ、こんな貧相な小娘が相手では、青龍さまも恥ずかしくて連れ歩けないだろうねぇ」


 そこまで聞いてやっとわかりました。

 この人は女性の霊獣さまだ。


 この色合いをもつのは紫の鷹でしょう。

 なんでこんなところに紫の鷹がいるのでしょう。


「ムラサキさまでいらっしゃいますか。お初にお目にかかります。私は金の金糸雀、ウィンディア王国第一王女、レティシア・ウィンディアと申します」


 礼をとるとムラサキさまは馬鹿にしたように笑いました。


「おやまぁ、馬鹿にされているのさえわからないのかい?そう言えばカナリア、お前弱いんだってねぇ。そりゃ強いものには媚びるしかないわね。私は鷹でお前はカナリア。私は癒しの他に防御の術もつかえるがお前は癒しのみ。身の程を知るのは良い事さ」


 いきなりムラサキさまに暴言を吐かれて、どうしてよいかわからずに呆然としてしまいました。


 その様子を見たムラサキさまは嵩に懸かっていいつのります。


「ねぁ、カナリア、お前どうやって青龍に取り入ったんだい。言わなくてもいいさ、どうせか弱い私を守ってェとか言ってすりよったんだろうが。だがな青龍といえば霊獣の王だ。お前みたいに自分すらも守れないような奴がどうやって、王の隣に立つと言うんだ!」


 その言葉は刃となって私の心を切り裂きました。

 全くムラサキさまの言う通りです。


 竜の伴侶が弱いカナリアなんて似合わな過ぎて笑えます。

 そんな私をみて、ムラサキは鼻を鳴らしました。


「フン、少しはわかってきたようだね。いいことカナリア。王の伴侶には女王がなるものだ。この私のようなね。守ってもらうばかりゴミに王の伴侶なんか務まるものか!」


「オレの婚約者をゴミ呼ばわりとはいい度胸だな。目出度い席に免じて見逃してしてやる。さっさと失せろ鷹。自分の巣にかえるんだな!」


 突然やって来たノリスが冷ややかに言い放まちしたが、その目は鋭くムラサキを打ち据えています。


「お~怖い怖い。わかったよアオ。だが一つだけ言っとくよ。お前の番はその娘じゃないよ」


 ノリスは何も言わず、ギロリとムラサキを睨みました。

 ムラサキはそのまま空へと消えていきます。


 ノリスはそっと私を抱えあげると、そのままずんずんと王宮の奥深く歩いていきます。


 どうやら私の部屋に向かっているようですが、婚約パーティの主役が2人そろって消えてしまっても良いものでしょうか?


 私はすっかり混乱して「ノリス?」と声をかけました。


 ノリスは優しくこたえます。

「さあや、心配しないで、少しだけお話をしよう。さあやに伝えておきたいことがあるんだ」


 私はそれを聞くと余計に不安になってしまいました。

 どうしよう?やっぱりノリスはこの婚約に不満なんじゃないかしら。


 カナリアと竜じゃ力が違い過ぎるものね。

 それにこんな小娘じゃ、嫌になってもおかしくないわ。

 一度疑いだすとどんどん不安がつのってきます。



 私の部屋にいくとお留守番をかこっていた侍女がびっくりしましたが、すぐにうれしそうな笑顔になるといそいそとお茶とお菓子それに軽食まで準備してすばやく姿を消しました。


 きっと可愛い恋人同士が2人っきりになりたくて、こっそりとパーティ会場を抜け出してきたと思ったのでしょう。そんな甘いものじゃないのに……。


 そう考えると私は、そんな侍女の気遣いさえも哀しく思えてしまうのでした。 


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