ノリス再び
ダンはメリーベルに案内されて部屋に入るなりズバリと切り出しました。
「オレを呼んだのは、五大神殿の癒しの件かい、姫さん」
「ええ、そうなの。私がぐずぐずしている間に時間を無駄にしてしまったわ。アステル神殿での癒しの予定日は明後日なの。私とセンとで転移を使えば、アステル神殿の初日に間に合います。そして守護隊は姫を守って、第2の予定地であるエトワール神殿に向かわせるつもりなの」
「フム、そうなるとオレの仕事はオルタナ教徒に聖女の目的地はエトワール神殿だと思わせておいて、民衆には密かにアステル神殿で秘儀が行われると周知させるということか?」
「話が早くて助かるわダン、できるかしら?」
「姫君の仰せのままに」ダンは大仰な礼をして仕事を確約してくれました。
「それでアステルの日程なのだけど、2日間行えると思う?さすがに3日目は無理でしょうけれど」
「民の安全を考えるなら1日が限度だな。丸一日ならオルタナを抑えておこう」
「わかりました。それなら明後日1日のみ。ただし朝4時から日付の変わる真夜中12時まで、1時間ごとの21回行うことにします」
「おい、そりゃ無茶だ。そんなに回数をこなせるものか」
「それでも皇国はアステル神殿で3日間を約束しています。間に合わない人も出るでしょうから誠意を見せなければ、民も納得できないでしょう」
「姫はやっぱりアイオロス王の娘なんだなぁ」
「お褒めの言葉と受け取っておきますわダン。それより癒しを行う日にかぎり、街の門を早朝から夜中まで通行できるように手配してください。こちらからもアステル神殿長には手紙を出しておきます」
話が終わったとばかりに部屋を出ようとするダンに私は声をかけた。
「ダン、もしかするとあなたはお父様の騎士だったのではないの?」
ダンは振り返りもせずに言った。
「今でもそのつもりですよ。俺は……」
「姫さま、もうお休みいただきます。明日も姫さまは忙しくされるのでしょうから」
メリーベルはもう我慢ならないとばかりに私をベッドに放り込んだ。
私はベッドサイドにおかれていたレイ謹製の通信機を作動させると、レイと打ち合わせをしたが、それを聞きつけたメリーベルの身体からお怒りのオーラが漂ってきたので、眠ることにしました。
翌朝はメリーベルの預言した通り、朝から大忙しでした。
守護隊には、若い侍女を自分の身代わりにしてエトワール神殿に行ってもらわなければなりません。
幸いにもジークがまだこちらにいましたから、その件はスムーズに進みました。
昨夜のうちにレイに計画の承認を得ていたのが、功を奏しました。
教皇さまにお願いして、町の門の一日開放をお願いするお手紙を書いてもらい、アステル神殿長に早馬で届けます。
教皇さまのお願いならきいてくれるはずです。
一番の難所だと思われていたセンはすんなりアステル神殿での警護を引き受けてくれました。
「よく考えれば、お前をオレが守るってのが一番安全なんだよ」と、言いながら。
納得しなかったのは意外にもセーラでした。
「何でレティばかり危ない目にあわないといけないの。やっと気が付いたばかりでもう仕事なんてレティは馬鹿なの?」
すっかりおかんむりのセーラをなだめすかしてから、私は今日一番気の重い場所にやってきました。
ウィンディア王国の守護隊は、予め準備をしていたこととセンの霊力のおかげで大きな被害はありませんでした。
しかし、死兵となったオルタナ教徒は違います。
捕虜となったのは全て重傷者なのです。
相手がだれであれ、その命を守ることに戸惑いはありません。
気が重いのはオルタナ教徒が、この奇跡をきっと信仰の証だと思いこむだろうことが容易に想像できるからです。
善男善女であるはずの人が、自分の命を簡単に投げ捨てようとするのが我慢できません。
それなのにせっかく命が助かった人々の信仰を強める助けをしてしまっては、またもや彼らを死地へと駆り立てることになるかもしれないのです。
それでも意を決して私はフルートを吹きならしました。
この大きな宇宙の中で、確かに息づいている命に対して敬意をこめて、祈りをこめて……。
やがてオルタナ教徒たちの喜びの声がナナの佇む場所にも聞こえてきました。
「おお!聖女さまの癒しだ」
「素晴らしい、やはり聖女さまの御心は我らと共にある」
「オルタナ教こそが真実の教えだ」
それを聞いた私は、深く重い溜息をつくとだまって部屋に戻っていきました。
これ以上この人達を傷つけたくなければ、いっそ取り込むことを考えたほうがいいかも知れません。
私の心のメモには、『お父さまに相談すること』という項目が貯まっていくばかりです。
翌朝ピンクの霊獣がナナとレイをアステル神殿へと転移させる時には、セーラもやってきて、にこにこと送り出してくれました。
そのセーラの様子をみるかぎり、昨夜のセーラは上手くやったみたいですね。
ちょっとばかり鎌をかけてみましょうか。
「ねぇ、セン。セーラ今日は特別に機嫌がいいみたいだね。どうしたのかなぁ」
「そりゃ、問題ばかりおこす爆弾娘が出ていくんだ。機嫌もよくなるだろうよ」
センは尻尾を掴ませる気はないようですねぇ。
アステル神殿では、早朝4時の初回に聖堂の中にいたのはたった2人だけでした。
全身がまるで枯れ木のような生きているのが不思議なくらいの老人と、それを支える精悍な若者です。
若者の姿をみた私は、思わず声をあげそうになりながらも、かろうじてこらえることができました。
それにしてもノリス、なんだってあなたが堂々とこんなところに来ているのよ。
こっそり陰で護衛をしているセンを盗み見しましたが、さすがにセンも私を攫った張本人が堂々とこんなところへやってくるとは思っていない様子です。
私はそのまま黙って枯れ木のような老人に向けて、フルートを奏でます。
老人は病気にかかっていた訳ではなく、かなり質の悪い呪いがかけられていました。
苦も無く解呪に成功すると、驚いたことに老人と見えた人は覇気あふれる偉丈夫にその姿を変えました。
「おやじ殿、無事に呪いはとけたようですね」
「フム、さすがに名高いカナリアの解呪だのう。姫君、すこしお話をしたいがよろしいかな?」
偉丈夫の問いかけに、センは剣に手をかけ額にはびっしりと汗を流して叫びました。
「治療は終わりだ、話なんてできないね。さっさと帰ってくれ!」
「おやおや、お若いの。そういきり立つこともあるまい。ウィンディア王は熱心にわしを探しておるようじゃが。だがまぁ、解呪の礼に今は引こう。改めて王には我が息子の嫁として、レティシア王女に求婚に伺うとするかの」
「まて、おやじ殿!オレはあの女を嫁にするなどどは言っておらん。勝手なことをぬかすな!」
「ほほう、それでは聞くがノリス。お前はドバスの目が狂ったとでも言うのか?ドバスはお前が厄介な番を見つけたと報告してきおったが」
「番、あれがオレの番だったのか!そうかそれで……。ぬかったわ!」
「そうとも、お前は大まぬけじゃよ。番に気づかず、しかもそれを取り逃がしたのだからのう」
「オイこら!てめえらだけで勝手な事をほざいてんじゃねえぞ!誰が嫁だ、いいかげんなことをぬかすな!」センが2人の会話に割って入りました。
「元気のよい坊主だ。なにも取って食おうとは、言っておらん。わしは砂漠の民の長、デュランダル・ネビュラスだ。アイオロス・ウィンディア王に伝えるがよい。砂漠の長の名に懸けて、レティシア・ウィンディア姫を我が息子ノヴァーリス・ネビュラスの嫁とすると」
「な、な、なんだとう!」
砂漠の長はくすりと笑うと
「とにかく先ずはアイオロス王にこの旨伝えるがよい。アイオロス王はわしと繋ぎがつけたくてやきもきしておるわ。最近はコバエがうるさく砂漠をうろつきおるしのう。ウィンディア王国にとっては砂漠の民の力、喉から手が出るほど欲しかろうて」
センが砂漠の長に翻弄されている間に、私はいつの間にかノリスの腕に抱きあげていました。
「可愛い番どの、このまま連れ帰りたいのはやまやまなれど、どうやらおやじ殿がお主の父親と話がしたいらしい。すぐに正式に嫁に迎えるゆえ、しばし待たれよ。愛しい姫」
そのままキスをされたので、びっくりしてもがくとかえってノリスはキスを深めてきます。
身動きもできずにキスされているうちに私は思い出してしまいました。
あの砂漠でこうやってナリスは私に水を飲ませていたことを……。
このキスはすっかり慣れ親しんだものになっていたのです。
あまりのことに私はすっかり力を失って立っていることすらできなくなってしまいました。
それを見極めるとノリスは愛しそうに私を近くの椅子に横たえて、額に軽く口づけを落とすと、砂漠の長とともに消えてしまいました。
センは怒りのあまりブルブル震えてしばらくは言葉もでない様子でしたが、ようやく気持ちを落ち着けると詰問しました。
「ナナ、あいつらだな。お前を攫ったのは!」
「な、なんでわかったの?」
「あの長老とかいう奴、すっげえ強い!念能力が半端ないんだ。オレこっちきてあんなにビビったことねぇ。まるで蛇に睨まれた蛙みたいに、動くこともできなかった。それにあの若い男。あれは人間なのか?」
あ~そうだったんだ。
私はやっと腑に落ちました。
ノリスとの出会いが衝撃的過ぎてわかりませんでしたが、ノリスは確かに霊力を纏っていました。
きっと霊獣に違いありません。
「どーすんだよ、砂漠の長ってのは人間でも化け物級だし、しかも霊獣に嫁として見込まれただと。なんでお前はそう次から次へとやっかいな奴らばかりを引き付けてくれるんだ」
センはそう吐き捨てると私の返事も聞かずに通信装置を起動させると、王やノリスに凄まじい勢いで情勢をまくし立てています。
センにすればそうでもしないと混乱した気持ちのぶつけどころがないのでしょう。
私はどうやら、しばらくは物の役にたちそうもありません。
なんだか呆然として頭がうまく働かないのです。
なにしろ生まれて初めてのプロポーズが自分を攫った相手なうえに、どうやら霊獣ときています。
しかも知らないうちとはいえノリスのキスに慣らされてしまっていたんですよ!
もう現実逃避してもいいですよね?
センはそんなナナにあきれたように聞きました。
「まさかとは思うけれども、お前彼氏とかいなかったのか?」
私ははこくりと頷きました。
「センが彼女いたのは知ってるよ。この前言ってたもんね。剣道部のマネージャーでしょう。その前が中学のとき告って来た子で、その前が小学生の時バレンタインデーに手作りチョコくれたツインテールの子」
「おまぁ、なんで人の彼女のことそんなに熱心に覚えてるんだよ。マネージャーの子とは自然消滅だって!もう地球に帰れねえんだからな。こっちに彼女出来たし……。そんな風に他人の恋バナばっかりしてるから彼氏ができないんだろうが。この干物女」
「え~!新しい彼女できたんだぁ~!さすがセン。モテモテじゃない。今度はどんな子なの。教えてよセン!」
やっぱりセーラと上手くいったんだ!
その新事実に夢中になったおかげで、なんとかボケボケから回復することができたようです。
センは苦笑すると、次の秘儀の準備の時間だぞと誤魔化してしまいました。