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襲撃

 私たちが向かうアステル神殿での癒しの予定日は、一ヶ月後でした。

 プレスペル皇国をゆっくり楽しみながら、アステル神殿へと向かえるよう、皇国側が日程にかなりの余裕を持たせていたからです。


 余裕があるので守護隊としては、無理をしたくない。

 進軍中に襲われたくはないので、アステル神殿へはあと少しのところで、安全確認のための待機が今もなお続いています。


 待機が続けば、暇になる。

 暇になれば、センが訓練に私を強制的に巻き込みます。


 風が吹けば桶屋が儲かるではないけれど、オルタナ教団のばらまいた檄文のせいで、今日も私は、苦手な霊力制御の訓練中なのです。


 うぅ~訓練嫌い。

 セーラに会いたいよぉ~。

 センのいけずぅ。


 ぶちぶちと不満を洩らしていた私でしたが、恐ろしい気配に突然固まりました。


「ナナ、サボるんじゃねえぞ」


「セン、敵意を持った人が大勢でこっちにやってくる。凄い迫力よ。守護隊の戦力では危険かもしれないわ。セン助けてあげて!お願い!」


「わかった、お前はこの天幕から絶対外にでるな! メリーベル、ナナを頼む」

 センは素早く、迎撃態勢を整えるために、守護隊長のもとに向かいました。


 それから程なくかなり守備隊が押されているらしくオルタナ教徒の声が私のいる天幕にも聞こえてくるようになりました。


「癒しの姫君を、お救いしろ!」

「神は我らと共にある、ひるむな!」

「ウィンディア王国に鉄槌を!」

「聖女を奪還するんだ!」


 しかしそんなことよりもっと差し迫った危険があります。

 なんとかしてメリーベルに知らせなければなりません。


「メリーベル、怖い!」

そう叫ぶと、私はひしとメリーベルに抱き着いてみせました。


「大丈夫でございますよ。姫さま、私がついております」

 メリーベルがナナを抱き寄せながら安心させようとしています。


「メリーベル、誰かが天幕に侵入した」

 素早くメリーベルの耳元にささやけば、メリーベルはこっそり太ももに仕込んだ短剣を抜いて身構えました。


「ほほぅ、なるほど噂どおり何もできぬひ弱な姫君だのう。それはそれで都合がよいわい」

 いつの間にか天幕に侵入していたのは、全身黒ずくめでターバンを巻いた男でした。


「姫さま、お逃げ下さい!」


 メリーベルが短剣を手に男を迎え撃とうとしている隙に、私は急いで天幕の外に向かって駆け出します。

 急いで助けを呼ばないと、メリーベルではあの男にはかないそうもありません。


 が、しかしその時、入口にはもう一人の男が立ちふさがり私の腕を捻じりあげたのです。

「痛い!やめて、離して!」


 悲鳴をあげる私には見向きもせず、その男は黒ターバンに向って

「この娘か?爺」と呑気そうに聞いています。


「さようでございましょう若。この女が姫と呼んでおりましたからのう」

そう言って爺と呼ばれた男は、ドサリとメリーベルの身体を私にむけて投げ出しました。


「メリーベル、しっかりしてメリーベル!」

 私は夢中でメリーベルに駆け寄ると、既にメリーベルはぐったりとして意識もなく浅い息がかすかに洩れるだけでそれも今にも停まってしまいそうです。


「ひどい!なんてこと。メリーベル、今助けるわ」

 私は素早く癒しの術式を使いました。


 フルートは術式を広く広範囲に届けるためもので、私の術式はセンの訓練により今ではフルートなんか使わなくても瞬きする間もないくらい早く発動することができます。

 

 そしてセンとの訓練がメリーベルの命を救いました。

 それぐらい瀕死の状態だったのです。


「なるほどのう、癒しの力も本物という訳でござるな、若」 

 私はその声を背中で聞きながら、震え上がりました


 この男たちは私の力を見極めるためだけに、メリーベルをあと数瞬で死ぬ瀬戸際まで追い込むことにいささかの躊躇もしなかったのです。


 天幕の外では、オルタナ教徒とウィンディア守護部隊との戦いが続いているようです。


「姫を守れ!一歩も通すな!」

「姫をお救いしろ!聖女をオルタナへ!」


 その様子に爺は思わず苦笑するとこぼしました。


「皮肉なものですのう。すでにその守るべき姫は我らが手の内にあるというのに。若も酷いおかたじゃオルタナ教を利用するとは!」


「ふん、死ねば天国がまっているのだろう?ならば感謝されることはあっても、恨まれる筋合いなどないわ。つべこべ言わずに帰るぞ爺。目的は達した!」


 若と呼ばれた男はなんの感情もみせずに素早くナナの意識を刈り取ると、ひょいと荷物でも扱うように抱え上げて立ち去るのでした。


 のちに私が聞いたところによると二人組の賊によってレティシア王女が誘拐されたことが、守備隊に伝わるまでメリーベルが努力しても、時間がかかってしまったといいます。


 敵味方入り混じっての乱戦になってしまっていたので、さすがのメリーベルでも素早くは動けなかったのです。


 しかしこの遅れは致命的だった。


 すぐさま街道を封鎖したが、既に遅く賊もろとも私の気配は消えてしまいウィンディア王国がいくら探索をしても見つからなかったのだから……。


「うぅ~ん」

 私が意識を取り戻したときにはすでに砂漠の真っ只中でラクダに乗っていました。


 正確に言うと、柔らかい布でぐるぐると巻き込まれ、顔は薄いベールで被われています。

その上でラクダに乗っているのですが意識のない状態でラクダにのれる訳もなく、若と飛ばれた男の腕のなかにすっぽりと納まっている状態なのでした。


 私はベールというものがこんなにも外が良く見えるのに驚きましたが、おかげですっかり動揺している自分の顔をこの男に晒さずにすんでいることにも感謝しました。


 私が身じろぎしたことで、男は私が気がついたとわかったのだろう。


「起きたか。口をしっかりと閉じて、ベールで顔を覆っておけ、さもないと砂が口に入って呼吸も苦しくなるぞ」


 私が声を出そうと口を開くとたちまち喉に砂が舞い込んできて、ごほっごほっと咳き込んでしまった。


「だから言ったろ。これに懲りたら大人しくしておくことだ」


 男は愉快そうに笑ったのでむっとしたけれども、言い返しはしなかった。


 カナリアの力は、多くの人に狙われるであろうこと、そしてもしも誘拐された時の対処方法も嫌になるくらい教え込まれているのです。


 誘拐犯には逆らうな!それが教えの鉄則でした。


「ナナ、あなたが逆らったところで簡単に取り押さえられてしまいます。カナリアの力が目当てなら、おとなしくさえしていれば手荒なことはされません。必ず助けますから、絶対に何もしないこと。いいですね」


 これがアイオロス王・レイ・センその他、会う人ごとに口をすっぱくして言われていたことなんです。


 「随分大人しいな」


 私を抱えている男は、拍子抜けしたように首をかしげています。

 さらった女なんて気がつけば、狂ったように逃げ出そうとあがくものだと思っていたのだろう。


 もちろん女が少しぐらい暴れたところでこの男はびくともしないでしょう。

 もしかしたら抗う女をからかうのを楽しみにしていたのかも知れませんね。


 私としてはどうせ逆らえないなら、こんな奴と絶対に口なんてきいてやるものかと決めていました。

 それが私にできる精一杯の抵抗なのだから。


 フン、男は鼻をならすとにやりと嫌な笑い方をした。

 私の意図を察したらしい。

 だって私は身体をこわばらせて少しでも男と距離をとろうと抵抗しているのですから。


 するといきなり猛スピードでラクダを走らせるではありませんか。

「きゃぁー」


 私の身体はラクダに思いっきり揺さぶられて落ちそうになる。

 そのせいで可愛い悲鳴をあげると、無意識のうちに男にしがみついてしまったのです。


「それでいい。しっかりとしがみついていろ。お前を守れるのは、今ではオレだけだ!」」

 そう言って、男は私をしっかりと抱え込んだ。


「おや、これは珍しいものがみれましたな。」爺は興味深かそうにナナと若とを見比べた。


「爺、勘繰るな。これはお子様の躾をしただけのことだ」

「それは、それは、若がご執心とは珍しいことですの」

「戯れるな!急ぐぞ、オヤジ殿が待ちかねておるわ」


「離して!離しなさいよ!この野蛮人」


 私は2人がのんびりと私を話題に遊んでいることにも、思わず悲鳴をあげてしまった自分にも腹を立てていたので、思わず怒鳴りつけてしまいました。


 若と呼ばれた男は、いかにも愉快そうにナナを見ると、


「この砂漠でお前ひとりで何ができるというのか?オレが守らなければ、すぐに砂漠の土に帰るのがおちなのだぞ!」


 と、いかにも私を馬鹿にしたように言うではありませんか!


「平気よ、こんな砂漠。私ひとりでも歩いて帰れるわ。離してったら」


 若は私を砂漠に降ろすとせせら笑って言いました。


「ほほう、では歩いて帰ってみよ。沈む太陽を背にして歩けば、元の場所に戻れる。言っておくが、砂漠を甘くみるんじゃねぇぞ。ノリスさま、お助け下さいと懇願するなら、許してやる。さぁ、その偉そうなことをほざいた口で、可愛くおねだりしてみろ!」


 なんて傲慢な奴なの!

 こんな奴に助けを求めるぐらいなら、いっそ砂漠の土に還った方がせいせいするわ!

 私は怒りにまかせてノリスを睨むと何も言わずに、太陽を背に歩きだした。


 あれ?なんだか砂に足を取られてちっとも前に進めないんですけれど……。

 私としては颯爽と歩き去りたいところなのですが、いかんせん砂に足をとられフラフラ、ヨロヨロとしか歩けません。


 それにしても熱砂とはよく言ったものですね。

 足がじりじりと焦げ付きそうですし、たっぷりの布で覆われていてさえ皮膚が焼けてしまいそうです。


 その後ろ姿をノリスと名乗った若者は、呆れかえって見ている気配がします。

 だから絶対に音をあげたりしませんよ。

 これはもう女の意地なんですから。


「爺、あれは一体なにをしているのだ?あれでも歩いているつもりなのか?砂漠の民なら赤ん坊でもあれよりは上手に歩けるぞ」


「あれはカナリアでございますぞ、若。あのままにしておけばすぐに死んでしまいますぞ。王が待ちわびているのです。お戯れもたいがいになさって下さい」


「そう怒るな爺。爺の言うとおり、あんな華奢な娘、すぐに音をあげるだろうよ。すこし休息にしよう」


 あぁもう!なまじよく聞こえる獣の耳が、ナリス達が私を馬鹿にしている声まで拾ってしまうではありませんか。

 私がそう思ったときには身体がぐらりと揺れて砂漠に倒れ込んでしまっていた。


「休息の暇はなさそうですがな。若、それ、あの娘すでに倒れて動きませんぞ」


 爺が言う通り、歩き出して30分ばかり、まだ砂漠の民の視界に捉えられるあたりまでしか歩いていないというのに、ナナの姿は砂漠の上に倒れ込んだまま身動きもしていないのだった。


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