贖罪と反省と
人々の期待がじわりじわりと高まっていく中、癒しの姫君は約束通り、その姿をあらわし、見事にその努めを果たしおえた。
人々はこぞって聖なる姫君を称えたが、その裏側でおこっていたのは……。
私が舞台の上に転移した時には、舞台袖ではあの悪魔に取りつかれた男が、がんじがらめにしばられ、口にはきっちりと猿轡をされた芋虫のような姿で転がされていました。
センが徹底的にしばりあげたのだろう。その完璧さにセンの苛立ちが垣間見える気がして少し口元が綻びます。
しかし男はそんな状態であっても、その両目に憎しみをたぎらせて私を睨みすえています。
フルートを唇にあてがおうとした私は、一瞬ちらりとそんな男に視線をはしらせました。
その瞬間不思議なことに男は視線を落とし、まるで恐怖を感じているかのように震えだしたのです。
短いフレーズが奏でるだけで、あっと言う間に神殿には金粉をまきちらしたかのような光に包まれていきます。
すぐに私は視線を哀れな娘イレーネのうえにひたりとすえて、子守歌の調べを奏でることにしました。
イレーネに必要なのは健やかな眠りでしたから……。
子守歌の調べにのって、イレーネの身体は、静かに天に向かって上昇しやがて眩しい光に包まれて消えていきました。
『よかったね、イレーネ。お疲れ様。 静かにおやすみなさい』
イレーネの見事な浄化をみて、舞台袖に控えていたセンはヒューと口笛を吹いて、あわてて口を押えています。
センったら、問題はここからなんですよ。
さて、行きますかね?私は曲目を戦いを意識した勇ましいものにかえました。
私は基本的に気弱で臆病なんです。
いつもの私なら悪魔の浄化など考えるだけでも恐ろしかったでしょうね。
けれど今日の私は身体中から怒りがあふれ出して爆発しそうなんですよ。
悪魔だかなんだか知りませんけれど、覚悟なさってくださいませ。
溢れる激情に身を任せた為に息継ぎのタイミングを狂わせてしまい、私ははだんだん酸素不足で苦しくなってきました。
それでも私は苦しみあえぐ男に向かって、焔のような激しい霊力を打ち込んでいきます。
まるで悪魔が私のストレス発散のためのサンドバックになってしまったみたいです。
やがて男の身体から、悲鳴をあげて黒い靄のようなものが飛び出し、たちまち消滅してしまいます。
私はそれを確認すると、緊張から解き放たれて気を失うように舞台に崩れ落ちたのですが、その姿が人々の目にふれる前にサクラが転移させてくれました。
私はベッドの上でゆっくり意識を取り戻したのですがそのころには気分もスッキリして、あれほど身体中を荒れくれっていた怒りの焔も跡形もなく消えていました。
なぜ、あんなにも腹がたったのでしょうか?
レイに酷いことを言われたせい?
でも私はレイがわざと私のために悪役を買ってでたのだとわかっていました。
なら自分の醜く弱い心を指摘され、それと対面させられたからか?
でも多分それだけじゃぁ説明がつきません。
あの身体のうちからあふれ出す煮えたぎった怒りは、そんな生易しいものではなかったはず。
もっともっとずっと昔から私の中で抱え続けていたものです。
あ~そうか、わたしはようやくわかりました。
あの怒りは、今まで私がずっと我慢してため込んできたものだ。
理不尽にあつかわれ、大切にされず、正当に評価されなかった、そんな過去に降り積もった憤りがあんな形で爆発したんですね。
そう合点がいくと思わずクスリと笑ってしまいました。
ちょうど具合のよいサンドバックがあってよかったわと……。
侍女たちによって、身体を拭われ、夜着に着替えさせられた私は、メリーベルによってベットに押し込まれています。
「咽喉が乾いたわメリーベル」
咽喉がからっからだった。
やっぱり悪魔祓いの負担は大きかったようです。
少し熱が出てきたみたいですね。
センがジュースを持ってきてくれました。
「あいつお前に感謝なんてしねえぞ」
「いいの。私が勝手にやったことだもの。どう思ったって相手の勝手だわ」
「そうだな、お前綺麗だったぞ。まるで闇を祓う灯みたいだった」
「まぁ、ありがとうセン。それでレイはどこにいるの?」
「ここにいますよ、ナナ」
レイはそう言いながら寝室に入ってくると、私の頭に手をおいて顔を覗き込んで言いました。
「ナナは負けず嫌いですね。」
「それだけ?」
「成長しましたね」
「じゃぁ、大人になった?」
レイは少し考えこんで
「10歳くらいには成長しました」
なんか年齢が下がっているんだけど……。
「レイ、今まで私はいくつだったのよ!」
「今までは5歳児並みでしたよ。小学生くらいまで成長しました。おめでとうナナ」
「レイのバカ―」
枕を投げつけてやったら、やって来たメリーベルに叱られて、センもレイも寝室を追い出された。
ざまあみろ!
誰もいなくなったベッドの中で、私はひとりニヤニヤしていた。
『大人になったね』だって。
ウフフ、やったわ!
大人になったのよ!
嬉しくて転げまわったのは、私だけの秘密です。
翌日は皇国との約束の最終日です。
ですが私の仕事がこれで終わるという訳ではありません。
皇国が5都市での、聖女の癒しを民と約束していますし、それを聞きつけたアイオロス王から
「それならいっそ、それを周辺国との講和の目玉にしちまえ、レイと近衛はナナの守護を離れ皇国からウィンディア王国までの帰途にある周辺国への調略にむかえ。ウィンディア王国に恭順するなら、もれなく聖女の祝福が付いてきますってなぁ」
「これで軍事費も、それに人材の消耗も抑えられる。安いもんだ。レティは帰路レイたちが調略した国々も廻ってから帰ってこい」
そんな風に言ってきたので、私たち達がウィンディア王国に帰国できるのは、まだまだ先のことになりそうです。
そんな話を聞いて、センなんかは
「何言ってんだよ、わがまま王め。ナナを都合のいい女扱いしがって!」
と、プリプリ怒ってくれましたが、私にはようやくわかったことがあるんです。
それは私がプレスペル皇国へと出発する朝のことです。
ジェーン王妃が、私をしっかりと抱きしめるとこう言ったんです。
「私も、アイオロスも貴女をなんの覚悟もなく、娘としたわけではありません。レティ、あなたは私たちの大切な娘です。どうぞ本当の親と思って甘えて下さいね」
その言葉をあの時の私は、単なる社交辞令としてしか受け取ることが出来ませんでした。
レイのいうように独りよがりの子どもだったのです。
この一連の事件の後、私の中で何かがかわりました。
アイオロス王の想い、ジェーン王妃の愛がわかるようになったのです。
どうしてあの時、私は素直に王妃の言葉を受け止めることが出来なかったのだろう。
そう考えて恥ずかしくなりましたが、あの時の幼い自分を責めようとはおもいませんでした。
あの時の私にとっては、あれが精一杯だったのですから。
幼かった。ただその事実を素直に認めるだけです。
帰ったら……私ははウィンディア王国を帰る場所と認識している自分を嬉しく思いました。
帰ったらお父さまお母さまとお呼びしよう。
「お父さま、お母さま、ただいまかえりました」
そう言うだけで、2人は黙って全てを受け止めてくれるだろう。
私はそんなことを考えながら最後の癒しに向けて準備をしていましたが、そこへセンがやってきました。
「ナナ、こんなこと伝えたくないんだけど、でも一応言っとく。あの男がお前に会いたいと言っているそうだ」
あの男とは、昨日解呪をした男の事でしょう。
「いやよ、会わないわ」
私はそっけなく答えました。
「嫌いな人に会う位なら、好きな人たちと時間を過ごすほうがずっといいわ」
「お前変わったなナナ。てっきり会いたがるかと思ってたよ」
「そうね、セン。私、人のこと嫌いって言ったの初めてなの。誰からも好かれなきゃいけないって思い込んでたから……。子どもを亡くした沢山の親たちの事を考えてみて、セン。自分の弱さから闇落ちしたあげく、娘をあんな姿にして、しかも自分の弱さの責任を人に押し付ける。そんな魂のありようが嫌い」
「恨みつらみが言いたいなら、そんなものを聞いてあげる義理もないし、もしも反省したからあやまりたいと言うのなら、そんなもの反省でもなんでもない。ただ、反省して後悔している可哀そうな罪人になって、自分を憐れんでいるだけよ」
「本当に反省している人は、どっか芯ができてしまう。自分にできる贖罪をけんめいに見つめているものよ。未来を真剣に見つめ考える人が、簡単に反省してるなんて口にできるものですか」
「反省という言葉に甘えて、自分の犯した過ちと向き合うこともしないような、そんな人の自己憐憫につきあう必要なんてないわ。どこまで自分を甘やかし、被害者でいるつもりなのかしらね」
私の言葉は辛辣だったかもしれませんが、それは自分の心にもたっぷりと血をながしたからこそ言える言葉だと思います。
最終日のお仕事も無事に終えた私は、ほっとする間もなく、侍女軍団によって拉致されてしまいました。
皇国が国民と約束してしまった、最終日のメインイベントの準備があるんですよね。
私とセーラは、お揃いの衣装にしてくださいって侍女さんにお願いしていました。
そのせいで侍女たちの仕事には、さらなるプロの腕が必要になったようなんです。
セーラ皇女はピンクの髪にバイオレットの瞳。女らしい曲線が美しい少女です。
ぶっちゃけ豊かな胸元とくびれた腰がチャームポイントの華やかな美少女で、私としては羨ましいばかりです。
ところが私は、セーラとは正反対なんです
ほっそりとした華奢な身体のせいで、12歳という年齢よりもさらに幼くみえてしまうのが悩みの種です。
サラサラの髪は黄金に輝き、菫色の瞳もどこか、儚さを感じさせると侍女さんは褒めてはくれるんですけどね。
私は霊獣の力を持つからなのか、人間の少女というよりは妖精や天使みたいなどこか存在感がない感じなんです。
この2人がお揃いを希望してしまったので、侍女たちはきっと苦労したんだと思いますよ。
それでもさすがは皇国の侍女さんですよね。
出来上がった衣装は、お揃いなんですけれど全くちがった服に見えます。
純白のローブは細っそりしていて、身体に沿って流れるように工夫されています。
セーラ皇女の美しい肢体は、ローブからもはっきりと見てとれますし、私の華奢な身体もかえってロマンチックな雰囲気になっています。
そんなローブに、お揃いのベールを足元まで纏わせるようになっていて、ベールにはセーラ皇女はピンク色の薔薇の花冠で華やかさを、私のは菫の花冠で清楚さをアピールしています。
2人とも、全く同じデザインなのに、不思議なぐらいにそれぞれの魅力をいかんなく発揮しているんですよ!
セーラ皇女とレティシア王女が、とても楽しそうに民衆の歓呼に応え、時々2人で顔を見あわせて笑っている様子はプレスペル皇国とウィンディア王国の同盟の象徴ともなっていました。