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眩い光に潜む闇

 店の奥に私を連れ込んだ男は、それまでの態度を一変させました。


「可愛らしいお嬢さん、癒しの姫君。いい気なものだな。聖女さま気取りか?施しをするのは、さぞ気分がいいものだろうよ。高みから下々を救ってやるってか?」


「どうした、声もだせねぇのか。かわいいお嬢さん。泣いているのかい。それとも怖くて震えているのかな?おい、なんとか言えよ!」


 カナリアは害意に敏感。

 でも害意を受けるだけで、身体がここまで弱ってしまうなんて知らなかった。


「なんで……」

 かすれた声で、そう問いかけると、男は先ほどの娘を呼んだ


「イレーネ、こっちへこい」


 呼ばれた娘の瞳には理性も感情を宿してはいなかった。

 娘の瞳は、まるで骸、死者の目だった。


 まさか!私はなんとか声を絞りだすと質問した。

「反魂の術を使ったというの?」


「悪いか?悪いというのか?妻が死んでオレにはこの娘しか残っていなかった。娘の病は、今の医学では治せないと言われた。オレは毎日神殿に通ったよ。女神さまに必死に祈ったさ。けど、救いはなかった!娘は死んだんだ!」


「聖女さまよ、治せるんじゃないか!救えるんじゃないか!ならなぜオレの娘を救ってくれなかった?えっ?何とかいえよ、このくそアマ!」


「オレは悪魔と取引した。娘を助ける代わりに、俺の魂を悪魔にくれてやった。オレには、永劫の闇が訪れた。もう二度と喜びも安穏も感じることはない。その見返りが、その娘だ。言われたままに動く人形!」


「イレーネ、笑え」


 娘の笑顔は、なにも写さぬ虚ろな笑みだった。

 恐ろしさで魂の一部が凍りついてしまいそうだった。


「聖女さま、キレイだろ?おれの娘は。そうだ聖女さまも娘と同じにしてやろう。高慢な聖女さま。それがお前にはお似合いだ」


 男の手が私の首に伸びる、男にかかれば私の首などたやすく折ってしまうだろう。

 けれど私はこの部屋の運びこまれる時に、すでにダンともう一人の男の姿に気づいていました。


 ダンたちの声は、あの悪魔付きの男が自分に酔いしれている時にも、私には聞き取ることができました。

 霊獣という獣の耳はかすかな物音でも拾うんです。

 

 だから私は必死に意識を保っていました。

 たぶん外からみれば、私の姿はもはや死人も同然のぐったりとして姿だったとしても……。


 ナナが気づいていたように、ダンともう一人の男はナナを守ろうとしていました。

 男が口汚くナナを罵りはじめると、すぐさまひとりの男が助けようとするのを、ダンは止めました。


 信じられないものをみるように、ナナを助けようとした男はささやきます。

「ダン、わかってんのかアンタ。遅れればあの娘は心を壊す。みろあの娘の目を!」

 

 先ほどまで、好奇心でキラキラと輝いていたナナの瞳は、この世の闇を見せつけられて光を失い、限りない哀しみを宿し始めています。


 その瞳が絶望に染まるのに、それほど時間は、かからないでしょう。


 「それでもだ。あれはあのアイオロス王の娘だ。アイオロス王が娘を壊れた人形にするものかよ。まだだ。その時がきたら、あの娘はオレが助ける」


「馬鹿な奴だなダン、お前はまだアイオロス王を……。ならなんで逃げだしたりしたんだ」


「フン、オレが愚かだったんだ。けれど過ちは正す」

「そうかよ。ならこの場はお前に任す。信じてるぞ、団長さんよ」



「すまないな、お姫さま。苦しかったろ。すまない……」


 異変に気付いてセンが部屋に飛び込んできたときセンが見たものは、倒れた店主とぐったりとしたナナを抱え上げて、ひたすら謝罪をくり返すダンの姿でした。


 センは素早くダンの前に立ちふさがると、ダンをねめつけてドスの聞いた低い声で


「ダン、てめえ何をした。お前はナナを守るためにオレが雇った。こんな素人におくれをとるはずはねぇよな。じゃあなんでナナが倒れてるんだ。性根いれて返答しろ。返答次第じゃオレはおめぇをゆるさねぇ」


 その時、騒ぎを聞きつけて、セーラが飛び込んできました。


 チッ!センは舌打ちをすると


「ピンク、見てるんだろう。すぐにセーラとナナをそっちに転移しろ!」

「セーラ、レティを頼む。オレはちょっと野暮用ができた、」


 ダメ!まだ転移させないで!

 私は知らなきゃいけないの。

 ダンが抱えている秘密を……。


 ダンがなぜあんなに哀しそう顔をしたのかを……。

 だから私は必死に意識を保ってきたのだから。


 そんな願いもむなしく、転移の術が発動したのを感じながら私はとうとう意識を手放してしまいました。


 その日私の意識は戻ることなく高熱なかを揺蕩っていました。

 翌朝意識は戻ったものの、高熱は続きとても癒しの秘儀ができる状態ではありませんでした。


 いいえ、身体が治っても、もう二度と私には癒しは行えないでしょう。

 癒しの術は、救いと絶望を産む。

 もう二度どあんな人を見たくない。


「お待ちください、姫様はご病気でございます」

「レイさま、お待ちを!」

 そんな侍女たちを押し切るようにして、レイがナナの寝室に飛び込んできました。


 私が驚いて熱のために潤んだ瞳でレイを見上げると


「大神殿での癒しは3日間行うと皇国と約束していたはずだ。」

と、私が寝ていることすら理解できない様子でレイが真っすぐに私の顔を見つめました。


「えっとね、レイ。でもね、私 癒しはもう……」

 そう言って口ごもると、レイはいきなり質問しました。


「人を嫌うのは罪か?」


 私がぽかんとしていると、畳みかけるようにレイは追い打ちをかけます。


「ナナ、お前は全ての人間が好きなのか?嫌いな人間はいないのか?どうなんだ」


 びっくりしてあわてて首を横に振りました。

「私にだって嫌いな人はいますよ。全ての人を愛するなんて神様でもないのにできる訳ない」


「だったら、お前は特別だからお前が人を嫌ってもいいが、人は全員お前を好きでなければならない、お前はそう言うんだな?」


 私はもはや言葉もなくレイの言う事を聞いています。


「人は誰かを好きになるのも、嫌いになるのも自由だ。人を愛してもいし憎んでもいい。人の心は自由だからだ」


「だがお前は、まるで自分だけが、人から愛されるべきだと考えている。お前がやっているのはそういう事だ。人から憎まれるだけでわざわざ、まるで被害者のように振る舞って同情を集めようとする」


 そんなつもりじゃない。そんな訳ない。

 けれど、つまりはそういうことだ。

 人に嫌われることを、恐れて誰からも好かれようとしていたんだ。


『お前には、困難な道を歩ませることになる』


 確かにレイは、そう言っていた。

 知ってたんだ。

 光が眩しいほど、闇が濃くなることを……。


「随分傲慢なことだな。ナナ、聖堂に来ないでそうやってベッドに潜り込んでいるというなら、それはお前の自由だ。お可哀そうな聖女さまと、さぞかし同情してもらえるだろうよ」


 レイはそう吐き捨てると、ナナの方を見ようともしないで部屋を出ていった。


「姫さま、あんあまりです。あんな言い方……」

 侍女たちが口々に慰めようとするのを遮って私は言いました。


「聖堂に行きます。準備してくださいメリーベル」


「しかし、お熱が高いのですよ姫さま。延期させることも出来ます」


「熱ですって!そんなのレイに対する怒りで、とっくに吹っ飛んだわよ。覚えてらっしゃいレイ、お役目きっちりこなしてやろうじゃないの。いいことレイ、私は負けず嫌いなんだからね!」


 私は身の内に煮えたぎるようなマグマが沸き立つのを感じていた。

 こんのぉー!レイのくそったれ!馬鹿にするなぁー。

 見てろよ~。

 お役目、立派に果たして見せようじゃないか!


 私は急いで神殿に行く準備をするかたわら、センを呼び出しました。


「セン、私を襲った男とその娘のイレーネを今日の癒しに連れてきて頂戴。イレーネは除霊したら死んでしまう筈だから、民衆の目の届かない場所で、私からは見える位置にしてね」


「な、なに言ってんだよナナ。そんなことできる訳ねぇだろう。皇国が大罪人をおいそれと神殿にいれる訳ねえよ」


「大罪人って、その男の罪はなんなの?」


「決まってんだる、お前を殺そうとしたことだよ。チックショー。あんときオレがお前についていけばあんなことはさせなかったのに」

 

センは心底悔し気に言う。


「セン、センはダンを私に付けてくれてたし、あの場面でセーラ皇女をひとりにする方がずっと問題だわ」

 

 ダンといい、王様といい、レイといい、大人の男ってどいつもこいつも性質が悪い。

 ダンは、どうせ甘ちゃんの私に、現実を見せつけるいい機会だと思ったんだ。

 だからこそ、あのタイミングで助けた。


 私がそのことで潰される筈はないと、知っていた。

 レイが悪役をかって出なければ、自分が出る気だったのだろう。


 あ~イライラする。

 怒りではらわたが煮えくり返りそうだ。


「皇国には、平民の娘の暗殺未遂事件とその犯人の娘の話を聞いたお優しい聖女が、心を痛めて除霊と解呪を望んでいる。って言って下さいね。それで許しがでるはずよ」


「お、お前、本気なのか?」

 センは悲鳴のような声で尋ねた。


「ええ、本気よセン。ただし癒しの場面で暴れたり怒鳴られたりしたら迷惑になるわ。しっかりと拘束して頂戴ね」


「わかった、オレがついているよ」

「ごめんなさいレイ。私、我がままばっかりだね」

「いつもの事さ、任せろ」

「ありがとう」



 大神殿での癒しも2日目になると、初日の評判が評判を呼び、ひとめでいいから聖なる姫君の顔を拝みたいと願う人々が、入れもしないのに、神殿の周りに集まって、凄い騒ぎになった。


 これを鎮めるために皇国としては、神殿の癒しが終わった最終日のお昼に、皇帝一家とともに、聖なる姫君も、バルコニーにお出ましして、民衆の声にこたえると発表するしかなかった。


 これはまったくの事後承諾でしたから、私の機嫌は神殿に行く前から地の底をはっていました。

 こうして何やら波乱含みの大神殿2日目がスタートしたのです。



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