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僕らは3人して窮地を切り開いた、当然だが全員が義務を果たし且つ生きて帰るために、けれども結果はわからない

「一列縦隊! 一点突破だ!」


大徹さんが怒鳴る。

どれぐらいが全力かということを僕らは知らなかった。よく考えたら僕もユウリもレースや試合運びというものを考えて競技していたのだから。けれども、今はそれすらできない。とにかく敵陣は目視できる。目に見えるのだ。ならば、その経路の間はmaxで駆け抜けるしかない。死んでしまったら、全力を出さなかったと悔いることすらできなくなる。


当然だが威嚇射撃でも近づけば近づくほど命中率は上がる。

倒れている武士の死骸の数が段々と増えてくる。

見ると大徹さんが唇で何かを唱えているのが微かながら感じられた。


「南無・・・」


なんだろう。神か、仏か、その両方を念じているのか。自分が生きるためなのか、任務を果たすためなのか、それとも死骸となった同志たちへの弔いの言葉なのか。


スピードが上がった。間も無くエンフィールド銃の射程範囲に入るのだろう。


グラタッ!


「ぐっ!」


大徹さんが被弾するのがスローモーションのように確認できた。


左肩と、左太腿。

ずさっ、と大徹さんが片膝をついた。崩れ落ちずに、そのまま踏ん張っている。


「大徹さん!」

「大丈夫だ! 射程圏としては余裕ある所まで来た! それよりも冷静に事に当たろう。目のいいのはどっちだ?」

「わたしです」


視力1.5のユウリが申し出る。


「ユウリ、ガットリング砲の脇に大八車が見えんか?」

「見えます! 一台すぐ隣に置いてあります!」

「補充用の弾薬の木箱が乗っているはずだ。出血のせいか、儂は目がかすんでしまって照準がとれん。ユウリ。儂の背後から銃口の先を見て照準を定めてくれ」

「は、はい!」

「銃口に装着した剣の切っ先に木箱が来るように儂に指示してくれ。引火するかどうかわからんが、弾薬を狙えば大きな打撃を与える確率が高まる。ヒロオ」

「はい!」

「すまんが半身を晒して儂の銃を横から支えてくれ」

「はい!」

「盾がなくヒロオを危険に晒してしまうが・・・」

「大丈夫です。大徹さんの判断はとても理路整然としていて澱みがありません。決断しました!」

「2人とも、よく駆けてくれた。実はな、儂の長男は16だった」

「・・・はい」

「父子してこの戦地に従軍したのだ。長男は昨日が初陣だった。戦闘開始からほどなくしてガットリング砲に被弾し、死んだ」

「はい・・・」

「さ、時間がない。ユウリ、指示をくれ」

「もう少し銃口を右に。ヒロオ。しっかり支えてあげて」

「分かった」

「あと気持ち右へ・・・そこです!」

「うむ!」


瞬間、周囲の空気が静寂に包まれた。さっき訪れたはずの神社の静けさのよう。大徹さんの唇から漏れる言葉が聞き取れた。


「南無八幡大菩薩。あなた様のご意向のままに・・・」


シボッ!


大徹さんの銃はとても静かな音だった。

剣の切っ先から真っ直ぐに弾丸が放たれた。

それからの時間は何かの美しい楽曲を間に挟んだかのようなゆったりしたものだった。ふすっ、と弾丸が木箱を貫通した音まで聞き取れたような感覚がした。


少し、間があった。


「あ、見える!」


ユウリがやや落とした声で叫んだ。僕にも見えた。

木箱がどんどん膨張していく光景だった。


パ!


まず、1音。



パパパッ! スパパパパン!!


閃光とともに、乾いた炸裂音が敵陣で鳴り響き、周囲にいる武士たちがバタバタと倒れていく。

大徹さんの一撃によって、木箱の弾薬が散弾のように武士たちの鍛え上げた筋骨を撃ちぬき、砕いたのだ。


敵陣からも、自陣からも怒号が鳴り響いた。


どわあーっ、という、おそらくは源平の合戦の頃から既に武士たちが繰り返してきていた騎馬と歩兵による鬨の声と断末魔の叫び、そして、何がなんでも最後まで立ち続けるぞという気合の声。

それらが武士の時代としてはおそらく最後となるこの空間に必然のように発生している。


大徹さんが僕らを振り返った。


「後退! 2人で行け!」

「大徹さん!」

「儂はまだ務めがある! 躊躇するな! 全力で走れ!」

「・・・はい!」

「おさらば!」

「さよなら!」


僕とユウリは駆けた。視覚と聴覚には現世に現れた地獄のような絵図がねじ込まれてきた。

近代兵器と物の哀れを知る武士の心との混在。暴力と戦いの作法の境目。

古の合戦の習わしにしたがい、近代戦の合理性に抗うように腰に武将の首をぶら下げた武士が幾人もいた。

はっきりいって、吐きそうになった。そして、吐いた。

だからといって足を止めるわけにはいかない。

僕は流れ出るゲロをTシャツにべっとりつけたまま、構わずに走り続けた。

小学校の時の僕のあだ名は、ゲロオ。

だから、どうした。そんなもの、この瞬間にはゲロへの耐性があってよかったと思えるぐらいだ。不思議なことに、僕はふふっ、と笑みをごぼし、常に限界のその先のタイムを目指す今のこの走りに楽しみを感じていた。


ユウリはすごい。

この僕の全力疾走についてきている。

振り返って確認はしないけれども彼女の足音が背後にずっと聞こえて続けている。


なのに。

なぜだ。


彼女の足音が突然、ぶつっ、と途切れた。


ああ。


まだ、今以上の何かが起こるってのか。




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