ここは多分、戊辰戦争の戦地のどこかだけれども、やっぱりそれでも異世界、って括りにしないと誰の目にも止まらずにやり過ごされちゃうんだろうか
「走れるか?」
状況を飲み込みめていない僕らは声も出せずにただ、うん、うん、と頷いた。
「よし。儂が止まれと言うまで全力で走れ。転んだらそのまま置き去りにせねばならん。命の分かれ目と思って走れ。さん、しい・・・それ!」
その武士は銃を抱えたまま駆け出した。僕もユウリも周囲の景色などに目もくれず、彼の背中のみを追う。
ドゥグラタタタ!
「あうっ!」
ふす・ふすっ、という乾いた音とやや大きなうめき声とが走り抜ける脇でし、駆け抜けた後方でずさっ、と人間が地べたに崩れ落ちるのが気配で分かった。
下地はアスファルトではない。さっきまでの獣道でも、境内の石畳でもない、凸凹の砂地。何度も足を取られ、転びそうになるが死ぬ気で立て直して彼の背を追う。正直、ユウリを気遣う余裕など全くなかった。彼女とて同じだろう。彼はまだ止まらない。小学校以来、陸上競技の中で常に自分なりに追い込んだトレーニングをやってきたつもりだった。けれども、それらを遥かに超える負荷が体と精神にかかっている。今までこんなに長い距離・長い時間ダッシュし続けたことはなかった。けれども、前を行く彼は銃を抱え、砲弾や銃弾が飛んでくる位置を瞬時に捉えてコース取りを判断し、なおかつ自軍の兵士が被弾したのを見るや、
「諦めるな! 致命ではないぞ! 心を保て!」
と激励し、
「おう!」
と、被弾した側も痛みに立膝をつきながらも銃を構えなおしている。
すべてが信じられなかった。
もしこれが事実・現実だとしたら。
僕がこれまで経験してきた事実や現実の方が全くリアリティを感じられないものになった。そして、これまで触れてきた映画・アニメ・小説のすべての描写や設定が、決してやり過ぎではないことが分かった。むしろ、想像力が乏しすぎるとさえ思った。
「止まれ! 伏せ!」
すたっ、と彼は砂煙すら立てずに地面に伏せ、銃口を敵陣に向けて止まった。僕らも伏せる。肺が苦しい。足のストレッチをしたい。ぜはっ、ぜはっ、と胸が破れんばかりに呼気しようとするのだが、それすら叶わない。ユウリも喘ぎのような呼吸を懸命にしているのが音で分る。
「儂は双輪藩士、先代 大徹。貴殿らの名は? 年は?」
「春日 ヒロオです。15です」
「丹羽 ユウリです。15です」
「若いとは思ったが15か。しかも、ユウリは女子か。分かった。事情は訊かん。敵か味方かもどちらでも構わん。古の武士は若者の命を惜しみ、戦の中においてすら若者を生かす手立てを考えたという。儂もそれに習おうと思う。ヒロオ、ユウリ。生きて帰りたければ儂の言うことをよく聞け。そして、躊躇せずに動け。どうだ?」
「はい」
2人して返事した。そして僕もユウリもこう考えていた。
『これは異世界なんかじゃない。事実の世界だ』