異世界モノとなるのは不本意なんだけれども、この状況はやはり幼なじみと一緒に異世界に迷い込んだ、ということになっちゃうんだろうな、嫌だけど
「片道2kmったけど、長い・・・」
「ねえヒロオ。やっぱりおかしいよ。だって観光客がこんなハードな道を通って参拝する訳ないもん」
「うーん」
「やっぱり異世界に迷い込んだんだよ、わたしら」
2人とも不安な気持ちのままだけれども引き返そうという発想はなぜかなかった。なんとなくだけれども、明らかに日常と違う状態を自ら作り出したい願望を普段から持ってるはずなのだ、僕らは。だからだと思う。
「足が、もう限界。ねえヒロオ、歩いてもいい?」
「僕の中では従軍した武士は最も緊迫した状況に於いては決して歩かずに走り続けたはずだ、っていうイメージ」
「だから、歩いてもいい?」
「話、聞いてる? 武士は敵に迫る、もしくは敵に迫られる正念場の状況では決して歩かなかった、っていうのが僕のイメージ」
「だ・か・ら、歩いても、いいの!? っつってんの!」
「ダメ、っつってんの!」
かくいう僕も急勾配のこの獣道に足の乳酸が限界値に達しようとしている。帰宅部でしかも女子のユウリがついてきていることに僕は感謝すべきなんだろうけれども、2人してがなりあうようにでもしていないと足が完全に動かなくなるような気がして怖いのだ。
「あ! ヒロオ! 光が差し込んできたよ!」
「よし! 多分もうすぐ神社だ。ユウリ、もう一踏ん張りだよ!」
「うん!」
確かに、神社はもうすぐそこだった。
けれども、それが僕らの前に立ちはだかった。
「・・・何、これ」
ほぼ垂直に近い勾配の石段が、頂上がどこかも見えないぐらいの高さまで続いている。ユウリの嘆きのつぶやきはもっともだったけれども、一旦停止すると二度と足が動かないだろうと考えて、僕は声を上げた。
「階段ダッシュ!」
高校では帰宅部だけれども、中学でユウリはソフトボール部のエースで4番、県大会で準優勝した根っからの体育会系女子だった。『階段ダッシュ!』という僕の呪文に、悲しいかな、彼女の筋肉が思考とは別に勝手に反応した。
「ううっ・・・」
悶絶しながらも僕と彼女は延々と石段を駆け続ける。半ばふざけ気味だったユウリも本気モードに突入せざるを得なくなったようだ。2人して苔むした石段を、ふっ、ふっ、と鬼気迫る土壇場の精神力で歯ぎしりしながら無心で駆け上がった。ユウリはすごい。現役でないのに、しかも女子なのに、陸上部の僕と並走している。否応なく僕の気分が研ぎ澄まされる。
もしかしたら、重い銃を担ぎ、戊辰の戦場を疾駆した武士たちの義務を果たそうという心根に、瞬間的にでも僕たちの精神がシンクロしたのではないかと感じた時、
「あ!」
と、僕らの目の前に石畳が現れ、『着地』という表現がぴったりの状態で社殿が視界に飛び込んできた。
ああ、異世界って訳じゃなかったんだな、と少し安堵した瞬間、
ごうっ!
と一陣の風が吹き、体が横に持っていかれそうになった。そして、次の瞬間には周囲が暗転する。
ドゥグラタタタ!
腹に響くような連弾の炸裂音がした。
「ユウリ!」
僕はまだ突風に流されそうになっているユウリの手をぐっと掴んだ。
けれども僕の足元は踏ん張りがきかない。そのまま2人とも流されそうになる。
本能的にもう、すべて終わりなのかな、と感じた時に、僕の右手がしっとりした柔らかな手のひらに、きゅっ、と握り込まれた。柔らかさとは裏腹に、その手はものすごい力で僕ら2人を引っ張り起こした。
「こっちだ! 早く来い、死ぬぞ!」
その、近衛の装束を身にまとった武士の表情は厳しいけれども目がとても涼しかった。