僕の果たすべき義務は消去法と意識づけで当然に確認できる、みんな自分の義務に気づかない振りをしているだけさ
僕は躊躇せずにブレーキを駆け、後ろを振り返った。
この場合の僕の義務であり任務であり仕事は、ユウリの安全を確保することだ。
形こそ違うが、大徹さんもそうするはずだ。
僕の背後はいつの間にか炎に包まれていた。
放火か、着弾による発火か、乾燥した草むらが広範囲にわたって燃えていた。
ただでさえ地獄絵図のようだったこの戦場が、本物の地獄と化したようだ。
そのあかあかとした炎の輝きを逆光にして、ユウリと1人の武士のシルエットが浮かび上がった。
武士は火災に巻き込まれたのだろうか、衣服は原型なく黒焦げとなっており、顔も煤で真っ黒、肌も焼け爛れている。敵か味方かもわからない。ただ、ユウリを背後から左手でがっしりと押さえ、右手で喉を締め付けている。
「げええ・・・」
ユウリは白目をむきかかっていた。
「やめろ!」
言葉などなんの意味もないけれども、気合を入れるために怒鳴って駆け出した。
「や!」
突然武士がユウリの喉から右手を放す。何が起こったのか一瞬わからなかったが、どうやら武士が偶然ユウリの胸の膨らみを左手で認識したのだと推測できた。ユウリに対し、殺意から、男性の女性に対する別の欲求へと意識が移ったようだ。
『発狂してる』
普段の精神状態ならば武士はこのような行動を取らないだろう。哀れなこの武士は自制が効かなくなり、本能のままの行動を取り始めた。
ユウリの前に回り、彼女を押し倒した。そのまま覆いかぶさって口をユウリの顔に近づけようとしている。
「ううっ!」
ユウリは疾走に使い果たしかけた最後の力を振り絞って両足で相手の腹を押し退けようと抵抗している。
僕も躊躇はできない。
今まで人を殴ったことなど一度もないけれども、僕は行動した。
「ぐおっ!」
僕はランニングシューズのつま先で武士の横腹を蹴った。
正直、手加減してしまった。
武士はおそらく腹筋も鍛え上げられている。
もう一度、今度は全力をで横腹を蹴った。
「ぐぬう・・・」
それでも離れない。
僕は嫌だったけれども顔面を蹴った。
・・・でも、だめだ。それどころか、
「貴様!」
と叫んで、再びユウリの首を両手で締め始めた。
おそらく僕が蹴っているダメージをユウリの抵抗と勘違いしたのだろう。このままではユウリが死ぬ。
僕は決断した。
転がっている拳大の石を右手に握り、武士の後頭部に振り下ろすモーションに入った。
ひゅるる、っという、なんだか心地よい音がした。
石を振り下ろしながら、炎の上の空気が音を立て、炎の自体を渦のように巻き始めるのがスローモーションの中で見えた。
『ああ。竜巻ってこんな風にできるんだ』
僕はやたら客観的にその光景を確認しながら、あともう少しで人を殺す自分をも客観視し始めていた。
ごうっ、という音を聞いたのが、石を振り下ろした後だったのか前だったのか、それすらわからなかった。




