マイヤ・ジレス
なんとか本編のひとりの登場人物につながりました。
「所長、所長! 大丈夫ですか?」
キシモトくんがわたしに声をかけている。気を失っていたのは、そんなに長い間ではないだろう。だが、衝撃は大きかった。わたしは、自分が気を失うことができる存在であることをはじめて知った。
「な、なんなのですか、これは!?」
正直わたしは取り乱していた。摩耶がわたしに送ってきたデータは、二人の人間が裸で絡み合う画像だった。そして、その二人には同じ種類の局部が描かれていた。
「なんですか、と言われても……。わたしには理解不能です」
「こんなもの、どう理解しろというのですか?!」
「A512L3では、一般的な文化なのかもしれませんよ?」
「……サトウくんに問い合わせを出しておいてください。で、摩耶さん」
「はい?」
「これがあなたの言う『薄い本』なのですか?」
「いえ、それはちがいます。いまお見せしたのはエッセンスに過ぎません。本というのは、静的なものであるこのエッセンスを、物語という流れの中でいかに美しく、退廃的に、扇情的に見せるか、というわたし自身の価値観の表現です。エッセンスは美を、本は価値観を読者に提供するもので、ふたつは別の次元のものと思ってください」
「難しい言葉をあえて使っているようですが、わかりやすく言い直してください」
「あるひとつの絡みをいかにエロく思わせるかを工夫したものが本です」
「この題材を?」
「そうです」
「それがあなたの人生のひとつの柱だったと?」
「いえ、それこそがわたしの人生の柱でした。オンリーワンです」
ダメだこの子。しかもダメなことに対して誇りまで持ってる。
「ま、まあ、わたしにはあまりわからない世界ですが、このさい題材は問わないことにしましょう。それであなたは、ご自分の本がそれなりの情報伝播の力を持っていると考えますか?」
「苦節五年、友人とともに切磋琢磨、まっとうな努力とまっとうでない努力を重ねて、なんとか壁ぎわまで来ました。かなりの固定読者はいると思います。ただ、先ほども言いましたが、薄い本というのは同士のつながりの証ですから、読者の方たちもわたしと同じような嗜好を持ったかたがほとんどです」
「わかるようなわからないような話ですが、つまりはどうなのです? あなたの世界での転生に関する誤った認識をただすきっかけを、あなたの本は与えてくれるでしょうか?」
「わたしの本を読んでくれる人たちは、それぞれに現実から離れたい、と言う気持ちを持っていることが多いので、ふつうの本の読者よりは効果があるかもしれません。ただ、女性限定ですが」
いろいろ不安はある。というか、不安な要素しか上がってきていない。でも、なにかしないと今後もA512L3関係のやっかいごとは減らない。この子に協力してもらって、わたしたちが失うものはそうない。効果もゼロではないだろう。
「キシモトくん、本部に連絡をとる段取りをはじめておいてください。それと、担当に彼女の魂を入れ込む器を見つくろうように言ってください」
「本気ですか? あまり期待はできないと思いますが」
「やるだけやってみましょう。ダメでもわたしが頭を下げればいいだけのことです」
「わかりました」
「さて摩耶さん、先ほども言ったとおり、ご協力をお願いしたいのです」
「さっき、地球では時間が経過しない、っていってましたよね? それに間違いがないなら、むしろこちらからお願いしたいくらいです!」
みょうに乗り気だな。
「それには間違いありません。ただし、いちどこの世界での生活をはじめたら、もう一度死ぬまではこちらの世界を出られません。ここで生きている人間の魂を勝手に肉体から切り離すことは、内規で固く禁じられています」
「内規ですか……。たとえば、自殺とかだとどうなります?」
「自殺の場合、死ぬ時点で魂が死を覚悟していますので、魂の還流までにかかる時間が非常に短くなります。なのでもとの世界に戻すのが間に合わなくなる可能性が出てきます。あまりお薦めはできません」
「それはマズいですね……。では、さきほどは聖魔法の能力がほしい、と言いましたが、撤回します」
「わかりました。でも、こちらにもできることとできないことがありますから、そこはわかってください」
「大丈夫です。そんなに贅沢を言う気はありません。相手の考えていることがわかる力と、優秀な魔導師と言われる程度の魔法の能力ぐらいをもらえれば」
「贅沢を言わないというわりにグイグイ来ますね。まず、相手の考えていることがわかる力、というのは、そのものズバリとしてはありません。ただ、同調能力というものは存在します。相手の感情に自分の感情をシンクロさせることでなんとなく相手の考えが伝わってくる、というものですが、熟練度によってかなり具体的にわかるようになります」
「あ、それでいいです」
「それから、魔力量は多く設定してあげられますが、先ほどの同調能力が特殊な形で魔力を使うので、魔法に使える魔力量には限界が出てしまいます。精霊との相性をよく設定してあげることは可能ですが、じっさいの精霊との対話は自分で試行錯誤していただくしかありません」
「大魔法を連発、とかはムリなんですね? 魔力量はもう増えないんですか?」
「ある程度は、今後のあなたの修練によって拡大します」
けっこう専門家でなければ理解が難しい種類の話のはずなのだが、なぜこんなにスムーズに話ができてしまうのだろうか。ほんとうにA512L3というのは変な世界だ。
「それでいいです」
わたしは必要な能力をリストにし、本部に送信した。ほどなく、本部から許可するとの返信が来た。早いな。
「いちおう、本部でもA512L3の件は気にしていたようです」
キシモトくんが耳打ちしてくれた。なるほどね。
「参考までに、そういう選択をした理由をきかせてもらえますか?」
「もとの世界に戻りたくなったときに死にやすいように、です。荒事を考えている人がわかれば、その人についていけば戦いの中で死ねるでしょう? それは自殺ではないですよね?」
「よくわかりません。傭兵になればすむことでは?」
「そのためだけの生活もしたくないですし、戻りたくなるまでは、ふつうでいたいです」
まあ、もうどうでもいい。理解しようとするだけ無駄な気がしてきた。
「死ぬ直前に死ぬつもりがあれば、自殺と同じになってしまうので気をつけてください」
「はーい。それで、わたしはどこにどういう形で転生するんですか? 気がついたら疫病の流行の最中、とか、極貧、とか、勘弁してほしいんですけど」
だんだん要求が増えてきたな。さっさと送ってしまおう。
「ちょうどあなたをはめ込む個体の情報が来ました。ドルニエ王国のジレス伯爵家の二女マイヤ、ですね。ちょっとした病気で魂が回復不能なほどに弱ってしまっていますので、ちょうどいいといえばいいですね。あなたの魂なら丈夫そうですし」
「なにか?」
「いえ、なんでも。個体を探し直すとまた手間がかかりますが、この個体でいいですか?」
「貴族の二女ならそこそこ自由そうだし、問題ないです」
「それでは、よい人生を。できれば、いろんなことに挑戦してこの世界への理解を深めてから帰ってください」
設定をして実行ボタンを押すと、摩耶は現実世界に飛ばされていった。そこでマイヤの魂と融合して、正真正銘のマイヤ・ジレスとなる。彼女のわりと濃い魂が、この世界に予想できない影響を及ぼさないことを願おう。
正直、彼女がうまく期待した役割を果たしてくれるかどうかはわからない。でも、ダメでもともとだ。また新しい手を考えればいい。いや、いっそ異動願いを出してしまおうか。
「キシモトくん、ちょっと遅いですが、昼食に行きましょうか」
「了解です!」
マイヤは偶然にも、つい最近A512L3からやってきてアンリ・ド・リヴィエールとなった存在の、わりと近くにいた。もちろん気づいてはいたが、そのときのわたしは、特にそのことを重くとらえてもいなかった。
これでこの小品は完結です。お読みいただいた方には心から御礼申しあげます。
短編とする長さのものですが、一度に書き上げることができず、長い時間をとってしまいました。
ほんとうにおつきあいいただいた方には感謝しかありません。
また、本編の「逆チートで死にたくないので、英雄をプロデュース~他人を頼って生き残れ!~」もよろしくお願いします。




