摩耶
少し昨日より短くなりました。見苦しい表現もありますが、お見逃しのほどを。
「なんとかしないといけませんね」
うろたえるキシモトくんを前に、わたしは決断した。
「なんとかって、向こうから勝手に飛んできてしまうんですよ? どうしようもないじゃないですか!」
キシモトくんは半分キレかかっている。早めに落ち着かせないとあぶないな。
「そうです。だから状況を整理して本部を巻きこみましょう。ひとつの世界だけで対応できることではないみたいですしね。とりあえず、さっき来たというイレギュラー、わたしの端末に送ってもらえますか? すこし話を聞いてみようと思います」
「所長が直接ですか? いままでは担当以上に話を上げない、というのが不文律でしたが、良いのですか?」
「緊急対策本部の立ち上げです。わたしとキシモトくんはいまからA512L3イレギュラー問題専任です。通常業務の処理は副長のヨシノくんにお願いしましょう。キシモトくんのほかの担当案件はフジワラくんに任せてください」
「わかりました。それではすぐに転送します」
わたしは所長室で端末の空き領域に送られたイレギュラーと話を始めた。
「はじめまして。わたしはここの責任者のラファエルです。まずはお名前を聞かせていただけますか?」
「え、え? ラファエルって、天使様ですか?」
そこからですか。
「そのように考える世界の方もいらっしゃることは知っていますが、わたしはラファエルという肩書きによってこの世界の管理を任されているだけです。気になるようでしたら、モリノとお呼びください。先ほどあなたのお相手をさせていただいたのは、わたしの部下のキシモトという者です」
「部下……ですか? ずいぶん……現実っぽいんですね」
「わたしたちは組織で仕事をしています。地上での神の概念とやらは耳にしていますが、ここではそういうものだと理解していただけるとうれしいです」
「……わかりました、モリノさん。わたしは仲塚摩耶といいます。交通事故に遭って、気がついたらこの空間を漂っていました。それを見つけてくれたのが、えっと、キシモトさん?」
「そういうことです。ちょっと確認させてくださいね」
わたしは端末でこの娘の現状を確認した。A512L3からだということはわかっていたので、すぐに現状がわかった。たしかに交通事故に遭っているようだが、この娘がまだ死んでいないというのに驚いた。昏睡状態のまま病院で治療を受けているようだ。死んでいないのに魂が飛び出てしまったのか。どこまでA512L3は異常なのか。
A512L3問題の最大の困難は、背景がわかったところでどうにもできない、ということだった。魂は肉体に戻すことができなければ、還流のプロセスに乗って消滅するしかない。しかし、死んで魂がこちらに来る以上、もとの世界に戻しても肉体はすでにない。ここで消滅させるか、ここで肉体を提供するか、ふたつにひとつしかないのだ。
結果としてこれまでは消滅させる踏ん切りがつかず、ここで適当な器を探して魂を収容してきた。これがけっこうな手間だ。サトウくんの説明に「詫び」にかかる部分があったが、詫びがほしいのはこちらの方である。だが、この娘の場合はA512L3に戻せば肉体に返ることができる。これをうまく利用できないだろうか?
「あなたの身許を確認できました。なんでも、魔法を使えるようになりたい、という希望をキシモトに伝えられたとか。その事情をうかがえますか?」
「ここ最近、死んだ後に意識が残っているところから始まる小説がすごく多いんです。それで、神様と会ってとても役に立つ能力をもらって別の世界で生きていく、という展開になるんです。あ、別の世界に勇者として召還されて、そのときに強力な能力やスキルを手に入れる、というパターンもあります」
とりあえず今のところ、理性で理解できる要素がなにひとつないということはわかった。少なくとも、どちらも能力がもらえる根拠となる要素がない。
「え……と、小説ですよね?」
「はい。でも、小説がまったくウソだとも証明できないじゃないですか?」
いや、ウソだよ。すこしは考えろよ。
「おまけに、死んだはずのわたしが意識を保っていたんですよ? 『これは小説といっしょだ』と思いました。もとのわたしは、せっかく推薦で入った大学も行かずに薄い本を作ることばかり考えていて、他人に迷惑しかかけてこなかったので、もういちど人生があるなら違った生き方にしたかったんです。それで、この世界に聖魔法があるのなら、それでみなの役に立つ人生にしたいな、と」
しかたがない。長期戦でじっくり攻めるしかなさそうだ。
「まず基本的なところから説明しますね。わたしが責任を持たされているこの世界が、あなたがいた世界とは違うということはわかっていただけますか?」
「はい。それこそテンプレですし」
端末に(^0^)と表示された。なんかむかつく上にそのテンプレという言葉がわからないのだが、とりあえず置いておこう。
「あなたのいた世界には、わたしと同じような立場のものが、やはり管理の責任を持たされています。なので、あなたの世界でだれかが死んで、本来はそのまま還流していくはずの魂がこちらの世界に迷い込んできたとしたら、それはわたしの立場からすれば迷惑事案で、あなたの世界の管理者に苦情を言うような話なのですよ」
端末に((((;゜Д゜)))))))と浮き出てくる。なぜか摩耶の動揺が伝わってくる
「迷惑……苦情……ですか?」
「そうです。なので、当方からすれば、能力をさしあげるとかいう問題ではないということをわかっていただけますか? 帰っていただけるなら即座に帰っていただきたい位なのですから」
摩耶の気配がorzという文字で示された。なんだろう?
「あの、ひょっとしてわたしのような例は最近多い、ということでしょうか? それで、スタッフの皆様が困ってらっしゃるとか……?」
「察していただけて幸いです。この世界だけでなく、あなたの世界以外の多くの世界から苦情が出ています。あなたの世界のラファエルは、苦情の対応に追われていますよ」
「そういう方は、その後どういう?」
「自我のある魂を強引に還流させることは禁止されています。なので、生まれる瞬間の自我のない幼児の魂と融合させて、この世界で生きていただいてます」
「その場合、チートとかは?」
「チートという言葉はよくわかりませんが、それがありえないくらいの能力の水増しや技術の付与、ということでしたら、寝言は寝てから言ってください、という話です。たしかに、ずいぶんごねる方もいますね。ですが、そもそもわたしの権限では、生きるのに困らないよう、ちょっとした能力のかさ上げをするくらいしかできないのですよ」
( ̄◇ ̄;)と表示された、少し慣れて来た自分が怖い。
「ですが、ひとつ相談があります」
「所長、悪い顔をしてます」
キシモトくんがつぶやいた。
お読みくださった方へ。心からの感謝を!