イレギュラー
本編でいう「観察者」の話です。
一万字程度で終わると思います。どうか、お付き合いください。
わたしは神かと聞かれれば、まず「神とはなにか」という定義について問い返さなければならない。そこに「全知全能の創造者」といった夢見る乙女のような認識が示されたなら、明確に「違う」ということを伝えよう。
ついこの間も、頭を打った子供の自我が飛び出してきてわたしの端末の空き領域に迷い込んできた。そこでその子が「あなたは神か」と聞いてきたので、「全知全能のものではない」と教えておいた。その子供はそれ以降、わたしのことを「観察者」と呼んでいるらしい。正確ではないのだがセンスは悪くない。
べつに現実世界において正しい認識を持ってもらう必要はない。どう認識してもらってもこちらになんの影響もないし、興味もない。むこう側でも、正しく認識したからといってなんの変化もおきない。
たまに、かってにこちら側の存在を至高のものとしてまつりあげ、崇め奉ったり他人にそれを強要したりするものたちも出てくる。こちら側と積極的に関係を持ちたいならそれはムリだし、自分の権威づけに利用しようとするのは……まあ、勝手にしてほしい。
祈ってもらってもこちらとしてはありがたくもない。そして、なるべくなら関係は持ちたくない。仕事で取り扱う対象と関係を作ってしまっても、やりにくくなるだけだろう。先に例に出した子供のようにむこうがわと直接接触するのは、ほんとうのイレギュラーなのだ。
ならわたしはなんなのか、という問いに答えるなら、ラファエルだ。どこかの世界では大天使とか熾天使とかに分類されるらしいがその辺はよく知らない。正直なところ、ラファエル、と呼ばれることはほとんどないのだ。ではなんと呼ばれるかといえば……おっと、だれか来たな。
「所長! またイレギュラーがゴネてるんですが……」
わたしの部下のキシモトくんだ。いまのところ、こういうものを含むあらゆるイレギュラーへの対応を担当する第四班に所属している。。
「またですか? 今月に入って何件目ですか?」
「五件目です。 それもまたA512L3からです」
「もう、なんだってあそこばかりイレギュラーを作り出すんですか? 皆さんのレベルで事情を聞いておいてほしいとお願いしたはずですが、なにか聞けましたか?」
「いや、連中も心当たりはあるみたいなんですが、言葉を濁してはっきり言わないんですよ。ラノベがどうとか転生がどうとかテンプレ云々とか……意味がわからない言葉ばかりまくし立てて、こっちをごまかそうとしているとしか思えないです」
「むこうの所長に、わたしに直接説明をするように要求してください。説明がない場合は本部に話を上げる用意がある、ということもつけ加えてくださいね」
「わかりました」
キシモトくんがうなずいて出ていく。彼は仕事は早いが、あまりにも話が錯綜してくると頭がフリーズしてしまう場合がある。気をつけねば。
そのときふと、魔族界側では同じようなケースが発生しているかが気になった。カウンターパートに連絡しようと思いたち、目の前の端末につながっているIN通話装置(IN:インビジブルネットワーク)を立ち上げ、呼び出してみる。
「もしもし、ガートルードですが」
でた。
「お忙しいところすみません。モリノですが、お久しぶりです。いまお話、よろしいですか?」
「ああモリノさん、ご無沙汰してます。だいじょうぶですよ。なんでしょう?」
「実は、A512L3からのイレギュラーがここ四か月ほどで十件ほど続いているんですよ。むこうからはまともな説明がない状態で困っているんですが、そちらではどんな感じかと思いまして
「そちらほどじゃないみたいですけど、こちらもいくつか来てますよ。担当の話だと、みな判で押したように、魔王になるとかチートがどうとか意味不明のことを口走るらしいですね」
「ああ、似たようなものでしたか。なにか背景とかわかりました?」
「いや、さっぱりですよ。問い合わせても訳のわからない回答しか返ってこなくて」
「そちらもですか……わかりました。またこの件でお話しさせていただいてもいいですか?」
「こちらこそお願いします。意思疎通を密にしていきましょう」
「そうですね。それでは失礼します」
通話装置を切ったわたしは、大きくため息をつく。
想像がついただろうか? わたしが話していた相手は、リヴィアタンである。ガートルードと名乗っていたじゃないかって? それをいうなら、わたしもモリノだ。そして、おそらくガートルード氏も職場では所長と呼ばれているはずだ。
つまりラファエルというのもリヴィアタンというのも、肩書きなのだ。ここF258S4という世界において、人間界を管理する組織の長がラファエル、魔族の世界を管理する組織の長がリヴィアタンなのだ。管理事務所長みたいなものと考えれば良い。そして、世界の数だけラファエルがいてリヴィアタンがいるわけである。ちなみに、わたしは百年ほどまえに人事異動でラファエルとなった。
異動前は長がウリエルと呼ばれている組織で、魔族界をうけもつカウンターパートとともに死んだ者の魂の還流の調整にあたっていた。ちなみに魔族界側の長はアスモデウスで、ウリエルもアスモデウスもやはり肩書きだ。
多くの魂は人間界、魔族界に自動的に還流していくが、どちらに流れるか決まっていないものもけっこうある。それを協議の上で還流先を決定するのである。ちなみに、世界のシステムをうまく回していくには、双方にバランス良く魂が還流しなければならないので、取り合いになったりはしない。ちょっとヤバそうな魂を押しつけあったりするくらいである。
そうこうしているうちにA512L3のラファエルからメールが届いた。
「拝啓 モリノ様
サトウと申します。このたびは大変ご迷惑をおかけしていること、心からお詫び申し上げます。F258S4だけではなく、ほかのいくつかの事務所からも問い合わせを頂いておりまして、対応に時間がかかってしまっていることをお許しください。
今回のイレギュラーの頻発についての調査は完了しておりません。ただ、当方の管理する世界の一部で『ラノベ』という形態の文学が普及しておりまして、それをいくつか入手して調べましたところ、『納得できない死に方をした魂に神がお詫びとして『チート』と呼ばれる強力な能力を渡した結果新しい世界に転生して無双』というのがひとつの『テンプレ』であることが判明しました」
途中でいったん読むのをやめた。なにを言っているのか、わかるようで全然わからない。なぜ死に方に納得したかどうかと神が詫びるかどうかが関係あるのだろう? 詫びとして強力なスキル云々に至っては完全に理解の外だ。
メールに目を戻す。
「今のところ想像に過ぎませんが、あるていど強い自我を持つ魂がこのように思いこんだ場合、死の瞬間にそれを転生とやらと勘違いして飛び出してしまう可能性は否定できません。そしてコンタクトすべき相手を自ら探すという行動に出て、結果的に還流のプロセスから外れるということもあり得るのでは、と愚考する次第です。更に調査を続ける所存でありますので、いましばらくお時間を頂きたくお願い申し上げます」
まあ、サトウくんもつらいんだろうな。だが、こちらの仕事に影響がでている以上、笑ってすませるわけにもいかない。
あの少年にも説明したことだが、ラファエル権限で多少のイレギュラーの修正はできる。その中には、ちょっとした能力の修正とか、水増しとかも含まれる。もっと強い力を持ってから死ぬはずだった魂にすこし力を添える程度のことは、わたしの裁量が許されているのだ。
だが、最近のイレギュラーは全魔法適性最大とか、剣系武器熟練度最大とか、運最大とか、平気で要求してくる。
「所長っっ! 先ほどのイレギュラーが聖魔法熟練度マックスを要求してます!」
キシモトくんが再度駆けこんできた。うん、この要求などむしろ自制が効いているほうで、ついうっかり好感を持ってしまいそうになる。
「だが断る!」
お読みくださった方へ。心からの感謝を!