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椅子壊し職人のルーイ

作者: 賽の目コロ助

妙な題材で書こうと思いました。

目に付いた椅子からどれだけ想像を膨らませる事が出来るかという

実験的作品です。

    「椅子壊し職人のルーイ」


 恐らく世の中に椅子を作れる職人は一日に寄せる波の数ほどいるだろう。

 しかし世の中に椅子を壊す職人はルーイただ一人に違いない。


 そこは山々に囲まれた素朴な町で、人々は平和に暮らしていた。

 町外れには大きな木々と森が広がっていて、その側にあるちいさな小屋で椅子壊し職人のルーイは暮らしていた。

 彼は代々、椅子壊し職人の家系でルーイのお父さんもルーイのお祖父さんもルーイのひい祖父さんも…いやひい祖父さんは違ったかもしれない、とにかく長い間椅子壊し職人を営んできたのだ。

 この地方には古くなった椅子や使えなくなった椅子は今まで役に立ってくれた感謝を込めて椅子壊し職人に頼んで元の木の苗に戻してもらうという風習が残っていた。

 普通、椅子を作るときは木を切ってきて削り、部品を組み合わせて椅子を作る、でも椅子壊し職人はこれとは全く逆の手順で椅子を木に戻してしまうのだ。ルーイになぜそんな不思議な事が出来るのか聞いてみても多分

「出来るのだから仕方あンめえ。オイラにしてみればなぜそんなことをわざわざ聞くのかわからねエな」と答えるだろう。

とにかく椅子壊し職人のルーイにとって椅子を木に戻す事はそれぐらい自然な事なのだ。


 ある日の事、小柄で若い男がルーイの小屋に訪れた。

その男は、もじゃもじゃの髪の毛に、もじゃもじゃのヒゲ、短くて太い手足に浅黒い肌に緑の瞳を持ち、へんてこな言葉を話した。

 ビックスロー(大きくてノロい)と名乗った男は、わざわざ山二つ向こうの町からやって来たと言い、この椅子を壊して元に戻った木の苗を譲って欲しいと立派な作りだがかなり古くて大きな椅子を置いて行った。

 ルーイは体に似合わずヘンな名前でなんだか怪しいヤツだと思ったが、出来るだけ普段通りに返事をして椅子を受け取った。

 ところがこの椅子をよく見てみると、かなり凝った作りをしていた。

 全体的に濃い茶色した大きめの座面は木目がはっきりと見えて、光を乱反射しながら流れる清流を思わせる麗美な柄、その側面には動物や人間の文様があり、一回りで物語が始まって終わるように彫られている。座面裏からななめ下に向かって付いている四本の足は太さが変えられているし、一番下の部分は猫の足を思わせる様な球体が彫られていてどんな重さにも耐えられそうであった。しかも長い間、大事に使われていたらしく角が全てまるくなっているし、所々傷や割れ欠けがあるがそれらも丁寧に補修されている。細かい溝の間にも埃やゴミが詰まっている様子もなくきれいに掃除されていた。

ルーイはこの椅子にすっかり心を奪われてしまい、かなり長い間手に取って細かい所まで丹念に眺めていた。

「ふうむ…こんな作りの椅子が有るとはね…世の中広えもんだ」

 ルーイはさっそくこの椅子を元の木に戻すべく作業に取りかかった。

ところがすぐに妙な事に気がついた。

いつもは最初に分解して、部品毎に形を元に戻して行くのだが、何だか上手く行かない。そもそもきれいに分解さえ出来ないのだ。師である父と祖父に習って仕事を始めてから30年もの間、何脚も椅子を壊してきたが、こんな事初めてだった。

 困り果てたルーイはこの椅子について何か手がかりがないかビックスローに聞いてみる事にした。

普段、ルーイはあまり遠くの町に来る事はなかったが、町の人々は皆ルーイの事を知っていた。祖父の代から椅子壊し職人をやっていたからというよりは、他にそんな職人はいなかったからである。

そんなこともあり、町の人にビックスローの居場所を訪ねると町の集会所で働いているとすぐに教えてくれた。

 ルーイは集会所へ行きビックスローに椅子を見せると事情を話した。

「とにかく、あの椅子は特別で何故か壊せねえ。椅子の事で知っている事は何でも話してくれねえか?どこで手に入れて、誰が作ったのかそいつを知てえんだ」

 ビックスローは暗い顔をしてしばらく考え込んでいた。

「…んだば、あの椅子さ壊すのはヤメにすっだ。オラ、自分で壊す事にすっだよ」

ルーイはこの言葉を聞いた時、恐らくビックスローには何か人に話したくない理由があるのだろうとすぐに分かった。

「おメエさんには何か話したくないワケがあるのだろうし、オイラも無理には聞こうとはしねえよ。だがな、今までおメエさんはずいぶんあの椅子に世話になってきたんじゃねエのかい?そしておメエさんもあの椅子をずいぶん大事にしてきた。違うかい?オイラ、職人になって30年になるけどよあんなに大事に手入れされた椅子は見た事ねえぜ」

 ビックスローは黙ってうつむいたままルーイの話を聞いていた。

「それによ、おメエさん木の苗が欲しいって言ってたよな?それほど思い入れのある椅子を自分で壊すとするとそれは叶わない事になるがいいんだな?」

「……あれはオラが盗んできたものだあ……思い入れなんてねえだよ……」

 ルーイはため息をついて、下を向いたままのビックスローの肩に手を置いた。

「おメエさんがそう言うなら仕方ねえ。椅子はオイラん家にあるからそのうちとりに来なよ。待ってるぜ」

 ビックスローは答えなかった。

 帰り道、ルーイはビックスローがなぜあんなことを言ったのか考えていた。

 集会所の人に聞くと彼は愛想がなくて要領も悪いが、非常にまじめで子供や動物にやさしいというウワサだ。そんな彼が椅子を盗んだりするだろうか?しかし、全くの嘘を言っているとも思えない。しかしルーイにはこれ以上どうしようもなかった。


 その後、三日経っても五日経ってもビックスローは姿を見せなかった。


 ルーイがビックスローと別れてから六日目、その日は朝から雨が降っていた。

 どんよりとした雲が周りの山々の山頂を覆い隠していて空がぐんと低い。暗い気分がよりいっそう暗くなって行くようだった。

 ビックスローは昨日からルーイのいるこの町に来ていたが、ルーイの小屋に近づくに従って、重かった足がまるで一歩ずつ歩を進める毎に泥がこびりついていくように重くさらに重くなっていくのを感じていた。

 “もう家に帰って椅子の事など忘れてしまうだ”何度もそう思って、来た道を引き返してはまた思い直してようやくここまでやってきた。

 小川のほとりには木々が並んでいて、下流に行くほど若い木が生えていた。その中で一番大きくて立派な木の下に座り込み、雨がやみそうにない事を知っていながら雨がやんだらルーイの小屋を訪ねようなどと、歩のノロい自分に言い訳しながら雨宿りをしていた。

 ふと見上げると、太い枝には鳥が何羽か同じように雨宿りをしている。違う枝にはリスの親子がいるし、黄色い羽の蝶の姿も見える。大きな木は無数の葉をさわさわと揺らして雨露をはじいていた。

 「立派な木だあ。皆を守ってるだか、小せえオラとはえれえ違えだ」

 「オイラのジイ様が職人になって最初の仕事で植えた木だそうだ。スゲエだろう? 」

 いつの間にか幹の反対側に立っていたルーイがそう言ってビックスローの前に椅子を置いた。

 「ここいらは昔、ひでえ禿げ山だったそうだ。なんでも王様が戦争するとかなんとか言って木を全部切り倒しちまったんだと。それをみたオイラのジイ様がこの山を立派な木の生えた森にしてえからと職人になったそうだ」

 「それからは親父もオイラもこの森に木を植え続けた。小川の下流に行くほどに森が若いのはそのせいだ。オイラもいつかはジイ様のようにこんなデケえ木に育つ様な立派な仕事をしてえと思ってんだ」

 目の前に広がる森の風景は濃い緑が目に痛いほど鮮やかで、果てしないように見える。木々は大小の違いはあってもそれぞれが生き生きとして生命観にあふれ遠くの山へと一体化していて、これが人の手によって蘇ったとは到底思えなかった。

 「おメ様のジイ様は森がこんなに元通りになると思ってたんだべが…? 」

 「それはちょいと違うな。これはオイラの親父が言ってたんだが、“椅子を元の木には戻すのではなく、やり直す機会を作るだけだ”ってね。オイラ達椅子壊し職人でも椅子をまったく元通りの木にはできねえ。でもよ、大事に使っていれば何度でもやり直せるんだぜ」

 「この椅子にもう一度やり直す機会を与えてやっちゃあくれねか?これだけ大事にされてたんだ、きっと立派な木に育つぜ。」

ビックスローは目を細めて遠くを見つめたまま長い長い沈黙を続けていたが、目の前の小川の水面を叩く雨音が遠のいてきた頃、不意に口を開いた。

 「この森をみてっどオラの生まれた村を思い出すだよ。なんもない所でオラは好きではなかっだけんども、今思うと平和で、のどかで、良い所だったんだと気づかされるだ。」

 「遠いのか?」

 「遠いだ。歩いてひと月はかかる…それでも行くだか?」

 「荷馬車を借りて来よう。街道を行けば少しは楽だろう」

 半日後、二人は雨のあがった道を荷馬車に乗って出発した。


 天候や気候に恵まれた事もあり、旅は順調に進んだ。やがてがらがらと音を立てて回る馬車の車輪の揺れも気にならなくなってきた頃、ビックスローはぽつりぽつりと自分の身の上を話し始めた。

 「オラの村は…なんというか独特なもんだで、オラはそれが嫌で村さ出ると言い出したときはおっかあは大反対しただ」

 「なぜ出ようと思ったんだ?平和でいい所なんだろ」

 「その時は、なにも変化のない毎日を過ごすのが嫌でたまらなかっただ。なによりオラは村で一番力も強かったし手先も器用だった。村から出て立派になって帰って来れる自信があっただ」

「それで家を飛び出した…と」

 「んだ。大げんかした勢いでな。んだどもすぐにオラは世間知らずだったと思い知らされただ。世の中にはオラより強いヤツも、オラより器用なヤツもたくさんいたし、村の暮らしとは違い過ぎただ」

そこまで話すとビックスローは背中を丸め下を向いて顔を伏せた。

 「そんな事よりもオラの話す言葉や、見た目で差別される事が一番辛かっただ。

 見た目があやしいというだけで泥棒だと言われたり、話し方が変だというだけで殴られたりしただ」

 ビックスローの放つ声には差別や侮蔑に対する怒気と悲哀をはらんでいた。

 ルーイは何も言わず、ビックスローの肩を強く抱いて大きく頷いた。

 「あっちこっちを転々としてるうちに、家から持ち出したものはおっかあのくれたこの椅子だけになっていただ。オラは寂しくて仕方ねかったけんども、今更家には帰れねえからこの椅子だけは失いたくなかっただよ」

 ルーイが長年仕事をして来た中でも見た事がないと賞賛するような手入れが施してあったり、わざわざ遠い町からルーイの元を訪ねてきた意味がようやく分かった。

 「ところでひとつ聞きたかったんだが、おメエさんなんで“ビックスロー”なんて名前なんだ?見た所、そんなに大きくもねエし、そんなにノロくもねエだろう? 」

「それは…んー…たいした理由は無いだよ。む、村に行けばわかるだよ」

ビックスローはもごもごと口ごもり、それきりしゃべろうとしなくなった。


 二人を乗せた馬車は深い谷を越え大きな山を迂回してゆっくりと進んで行った。

 やがて視界が広がると谷間にきらきらと光る海が見え始めた。

 「あそこの海岸沿いに村があるだよ」

 ルーイは意外な気がした。森を見て故郷を思い出すなんて言っていたから勝手に山奥の村だろうと思っていたが、どうやら想像とは違うようだ。

 「村に入る前に一つだげ、面食らうごともあるだろうけんども落ち着いてな」

 ルーイは、なんとも的を得ない忠告だなと返事をしながら頷いた。


 その村は、小さな漁村で湾状になった海岸沿いに家が並んでいた。特徴的なのが、住民は全員真っ黒い服装をしていて老若男女問わず頭巾まで黒く、顔に炭まで塗っている。そしてそれら全てが小さいのだ。

 馬車は村の中を抜けて一件の家の前で止まった。

 ビックスローは恐る恐る門をくぐり、家の中をのぞいていると家の裏手から大きなかごを抱えた中年の   

女性が現れビックスローを見つけるとかさりとかごを落とした。

「まあっ!……まあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあっ! 」

 恐らくこの数秒で一生分の「まあ」を使ったのではと思えるほど繰り返し「まあ」と言って、女性はビックスローの体をなで回して、抱きしめて、顔中にキスをした。

 「おっおっかあ…はずかしいだよ」

 「んまあっ!またこの子はヘンな言葉遣いをするニ!(まあま)と呼ぶ二

 いつものよう二」

 どうやらビックスローの母親らしいがこれまた真っ黒い服装に黒い頭巾を被っていて妙な訛りで話している。そして、ずいぶんと背が小さい。

 「まあ、こちらは誰二?アレキサンダー」

ルーイは複雑な面持ちでビックスローを見つめる。その視線に気づいたビックスローはもじもじと指を絡める。

「説明させてほしいだよ…」

「是非そうしてくれ。オイラ何からツッこんでいいのかわからねえよ」

 ビックスローの母親は不思議そうに二人の顔を交互に見ていた。


 ビックスローの部屋はいつでも息子が帰ってきても良いようにきちんと整理整頓されていた。あの様子からするときっと甘やかされて育っていて、ずっと素直になれないまま反抗期の延長戦をやってきたのだろう。

 その息子は叱られた子供のようにうなだれてベッドに腰掛けていた。

 「おメエ、ホントはアレキサンダーって名前だったのか」

 「んだ。ビックスローはあだ名だっただよ。ここの村人はみんな小さくてオラは村一番の大きさで動きもノロかったからビックスローと呼ばれてただ」

 「アレキサンダーって顔ではねエな」

 「オラもそう思うだ。

 そんで服装はみんな黒一色で、顔にはヒゲを書くだ。昔からの風習だ。」

 「そりゃあ泥棒に間違われるだろな」

 「そして、二と語尾に付ける訛りがあるだ」

 「人によっちゃあバカにしているようにとられるかもな」

 「オラは村を出て初め知っただよ。昨日までの常識が突然に非常識になってしまって、ただただ混乱するだけだっただよ。ある人に見た目に合った話し方をしてみれば良いと言われ、今みたいに変えただよ」

風習が違うと言ってしまうのは簡単だがそれを受け入れるのは簡単ではない。

ビックスローはきっと行く先々で相当な苦労を重ねた事だろう。

 「椅子の事は、詳しい話をまあまがおじさんの所へ聞きに行っているだよ」

 「ありがてえ。これでやっとあの椅子の謎がとけるかも知れねえ」

 しかし、しばらくして帰ってきた母親の口からは何も分からなかったという言葉しか出て来なかった。

 その晩、母親は久しぶりに帰ってきた息子の為に腕によりをかけて料理を振る舞った。ビックスローも照れながらではあるが久しぶりの愛情あふれる料理を満喫していて終止笑顔を崩さなかった。

 母親はルーイに話の一部始終を聞いて、涙を流し息子を連れてきてくれて本当にありがとうと何度も何度も礼を述べていた。

 次の日、手がかりを求めて村で唯一の家具職人を訪ねる事になった。

 しかし、そこで待っていた答えはまたもルーイを落胆させるものだった。

 職人が言うにはなにも特別なものではなく、この地方ではありきたりなものであるし、工房にも同様な椅子や棚が並んでいた。

 望みは全て断たれ、手がかりはこれ以上何もなかった。

 ルーイは椅子壊し職人としてこれ以上残念なことは今までこれからもないだろうと、悔しさに涙をにじませた。

 「すまねエなビックスロー。おメエの望みをかなえてやる事は出来なかった。

椅子壊し職人としてこの椅子にやり直す機会を与えてやれなかった……」

ビックスローはその言葉を聞いて静かに首を振った。

 「そんなことはねえだよ。椅子は元に戻らねかったども、オラを村につれて帰ってくれただよ。オメ様に言われなければオラ村に帰る事もながったし、まあまに会う事もながった。椅子壊し職人は、椅子にはやり直す機会を与えられなかったども、オラにはやり直す機会をくれただよ」

 二人はこれで気が抜けてしまったのか工房の前に並んでいる椅子にへなへなと腰を下ろした。その途端、村の家具職人から怒号が飛んできた。

 「なんてことをするだ二!お前達は!」

二人はなぜ怒鳴られたのか全く分からず、ぽかんとしていた。

 「テーブルに腰掛けるなんて失礼にも程があるだ二よ!

 この罰当たりどもが!」

 ルーイもそしてビックスローもずっと椅子だと思っていたのは小さな村人のために作られたテーブルだったのだ。


椅子壊職人だから……

というオチがしっくりこないと

もやもやが残りますね。

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