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8.昂一の漫画、神様の本音。

 バイトが終わり、瑞樹と別れた。


 今日は神様のところへ行く気はなかったが、少しだけ寄っていこうと思い、また、あの長い階段を上り、神社の前へやって来た。


「よう」

『あ、今日も来てくれたんだねっ、今日は来てくれないと思ってたよー』


 例に習って神様が迎えてくれる。


「まあ、今日は昨日ほど居れねぇけどな」

『それでも嬉しいよ』


 にこにこと笑う神様は本当に人間らしい。浮いてるが。


「そういや持って来たぞ。昨日は何だかんだで忘れてたからな。少し読むか?」


 なんて言いながら、昨日から入れっぱなしの漫画の1巻を取り出し、神様に見えるようにする。


『え? あっ。ありがとぉ』


 ん? なんだ今の微妙な反応。


 ……あー、なるほど。


「さては、漫画に興味ねぇな。まあ、少年向けのバトル漫画にはまってるのもどうかと思ってたが……」


 そういい、そそくさと漫画を片付ける。俺一人で盛り上がってたってわけだ。

 この神様は見た目は少女、中身も大体少女。興味を持てないのは当たり前で。


『あ、いや、そうゆうことじゃないんだよ!』


 神様が慌てて否定する。


「別に無理する必要は無いぞ?」


 自分の趣味にひたすらつき合わせることほど寒いことはないしな。

 そんなことをするくらいなら、もっと別のことをしたい。


 せっかく、神様と出会えたんだ。お互い納得するような、共通のモノがほしい。

 この漫画はそれになれなかった、それだけの話だ。


「別に漫画自体に興味なくても、他にやることぐらい探せばいいし」

『ううん、その漫画に興味がないとかじゃなくて……』

「漫画が良いなら良いで、別のジャンルのものにすればいい。多少なら女子も好きそうなもの持ってるし」

『だ、だから……っ』


 半ば強引に話を進める。

 こうでもしないと、この神様は絶対にノーと言わないだろうから。


「とりあえずまあ、この漫画の話はここで――」

『そうゆうことじゃないんだよ!』

「――!?」


 神様がいきなり叫んだので驚いた。

 つーか、こいつが叫んだところはじめてみた。出会ってまだ4日目だが。


『ご、ごめん。その叫ぶつもりなんて……』


 我に返ったのか、大げさにうろたえた。


『本当に……その……』

「…………」


 神様は何か言いたそうだが、最後の最後で詰まって言えない感じだ。


『ご、ごめんなさい……』


 なんで、謝るんだよ。

 と、言いそうになったが、そんな些細な攻め文句すら言えないほど、神様は怯えているような表情を見せた。


 何に怯えてる? 俺に怒られること?


 いや、怒鳴られた程度じゃ俺は怒らねぇし、仮に怒ったとしてもここまで怯えることじゃないはずだ。

 一体何に?


『……いかないで』


 神様の口から、漏れるように出た、その言葉。それは、神様の恐れている全てを示唆していた。


「…………」『…………』


 実のところ、最初から感じていた違和感。

 触れなくてすむなら、そっとしておこうと思っていたが、どうやらそうもいかないらしい。


『本当に、ごめんなさ――』

「もう謝まるな」


 俺に言葉を遮られて、呆ける神様。


「あー……、なんつーか」


 こっちもこっちで、言いにくいことだし、ちょっとの間を作るために頭をガシガシかいた。


「あんたは俺に遠慮しすぎだ」

『え?』


「まあ俺は、あんたにとって最初に会話した人間らしいし、出会ってまだ4日だし、お互い本音100%で会話するには、まだまだ過ごした時間も、お互いの情報もたんないけどさ……」


 一緒に過ごした時間はまだまだ短く、人間と神様で、男子と女子で、お互いのこと何も知らなくて、これでいきなり気の置けない中なんて都合が良すぎる、越えなければいけない壁を何一つ越えていない。


「だけどさ、いきなりあんたの目の前から消えてりはしねぇから、心配すんな」


 こいつが心配していることは、恐れていることは……。


 俺がこいつの前から消えることだ。


 だから笑顔で言ってやった。この一言で不安の全てを払拭できるとは思えないが、ずっと楽になるはずだ。そう信じたい。


 俺と同じくらいの時に生れて、俺と同じくらいの時間生きて。それだけの時間ひとりぼっちで。やっと喋れるやつと出会えて。もうひとりぼっちにはなりたくなくて。


 だからこいつは、俺に異常なほど気を使ってくれていた。

 俺が去らないように。俺を引き止めるために。まるで腫れ物ように……。


 その気持ちはなんとなくわかるし、気を使ってくれてるのも嬉しい。

 でも、そんな関係は寂しいじゃないか。


「だから、つまらねぇならつまらねぇって言ってくれていい。

 でも、嘘はつかないでくれ、俺も神様と話すのなんて初めてだしさ、言ってくれなきゃわかんねぇよ」

『…………うん』


 神様は少しだけ、俯いて、消えそうな声で答えた。


『じゃあ、本当のこと言うね』

「お、おう」


 そう切り返してくるとは思わなかったので、若干動揺した。


『一昨日読んだ漫画なんだけど……その、よくわからなかった』

「だ、だろうな」


 面と向かって言われると、地味に刺さるな。


『でもね……嬉しかったよ』

「は?」


『初めて、お話をして。

 初めて、お願いして。

 初めて、触って。

 初めて、匂いを感じて。

 初めて、暖かさを知って。

 初めて、一緒に遊ぶことが出来た。

 今までの寂しさをぜーんぶ、吹き飛ばしてくれそうなくらい、嬉しかったんだよ』


「…………」


 俺達の当たり前は、こいつの当たり前じゃない。


 話せる、触れる。


 それだけで、こいつにとってはどこまでも特別なことだったんだ。


『この先、これからも、こんな毎日が、ず――…………っと、続けばいいのになぁ、って思えるくらい。嬉しかったんだよ?』


 それは、まるで叶わぬ願望のように、神様は言う。


 『じゃあ毎日来てやるよ。ずっと居てやるよ』そんな言葉が喉から出かかった。

 でも。


 ――寿命。


 そうだ、このままだとこいつの命はあと1月半。


 やはり、どこか他人事だったんだ。あまりに非日常過ぎて、現実感をなくしていたんだ。

 自分を、失敗しないし、失敗しても結果オーライになるような、漫画の主人公と勘違いして。


 だから、出だしもゆっくりと、スロースタートだった。

 だから、格好つけて、自分ひとりで何とかしようと、誰にも相談しなかった。

 だから、みんなの心配も振り切って、『なんでもない』とか、『やばいことじゃない』とか、そんな言葉が口から出ていた!


 でも。


 失敗したら終わりなんだ!

 その時点でこの神様は消えるんだ!

 やり直しなんて出来ないんだ!


 だから、醜くもがいてでも、頭を下げてでも、人に迷惑かけてでも、ここは譲っちゃいけないところだったんだッ!


「……悪い」


 神様のことをギュッと抱き寄せた。暖かい、やわらかい。

 浮いているのに、重量感があって、髪はしなやかで、息遣いも伝わってくる。


 改めて確認し、一つの気持ちを燃え上がらせる。

 死なせたくない、死なせるわけにはいかない。


『え? え?』


 自分でも驚くくらい、突然の行動だったので、神様も驚き変な声を出す。

 でも、大した抵抗もなく、腕の中にいる。

 本当に、こうやって触れば普通の人間と変わらない。


 だだの、女の子だ。


「……やらないといけないことが出来た。今日はもう帰るわ」

『そ、それって……』


 神様の頭の中には、『今日で来るのは最後』なんてシナリオが過ぎったのかもしれないが、もちろん違う。


「勘違いすんなよ」


 神様をそっと離した。


「明日もぜってー来る! 約束だ!」


 その言葉で、神様は全てを察してくれたようで。


『うんっ。待ってる!』


 最後に見せてくれた神様の笑顔は、今までで一番自然な笑顔だった。




「9時過ぎか……まだみんな寝てるような時間じゃねぇし、メールで……。いや、確実性がほしい、電話だ!」


 神社からの階段を下りながら、携帯のタッチパネルを荒々しく操作する。

 焦っているのと、走っているせいもあって、操作ミスが多く、イライラする。


 明日は土曜日だ。

 学校で相談するなんて、悠長なこと言ってたら3日後になってしまう。

 夜にこんな話をするのは悪いと思うが、そこは頭を下げてなんとかする。


 大丈夫だ、あいつらなら絶対に助けてくれる。


「まずは、蓮からが無難か」


 アドレス帳から蓮の名前を見つけ出し、電話をかけた。少しの間を置き、コールが始まる。

 まずは、事情を説明して……。って、話すことまとめてなかった。


 神様のことは伏せるか? 

 たとえ、見えなくても『そこにそうゆう存在がいる』ってことは簡単に証明できる。俺が知ることを出来ない情報を、持ってこさせればいいだけだからな。

 たとえば、俺が目隠しをして、他のやつが書いた単語を当てる、とかそうゆうのだ。

 でもそれをするには、ここにみんなを連れてこないといけないし、少々手間がかかる。


 やっぱり神様のことは伏せる。

 ただたんに、俺が『見谷川祭りは思い出の祭りだから終わらせたくない』って、ことにしたらいい。騙しているようで気が引けるが。


『はいはーい、こちら蓮でございまーす』


 3コール目くらいで蓮が電話に出た。


「夜中に悪い。ちょっと相談したいことがあってな」

『おー? やっと話す気になってくれたー?』

「そうゆうことだ」

『オッケー、じゃあ瑞樹に連絡するから、小雨ちゃんに連絡しといてー。集合場所はどこにするー?』


 蓮はおおよことの規模や、集合するメンバーを察してくれたようで、俺より先に情報をまとめてくれた。

 そうしてくれると思ったからこそ、最初に電話をかけたわけだ。


「わかった、集合場所は、そうだな……」

『特に候補がないなら昂一の家でー。それじゃあ』

「え? おい!?」


 そこまで言って、電話を切られた。

 よりによって俺ん家かよ。散らかってる漫画とか片付けねぇと。


 さて、次は小雨に電話か。アドレス帳から小雨の名前を見つけ出し、コールする。


『も、もしもし?』


 こちらはなんとワンコールが終わる前に電話に出た。


「あ、小雨か? 昂一だ」

『は、はいっ。どうしたんですか?』

「見谷川祭りについて相談したいことがあってな。今からウチに来れるか?」

『こ、昂一先輩の家にですか!?』

「おう」


 そういや、家の前までなら何度かあるが、小雨を家の中にまで招くのは初めてかもしれない。


『もちろん――あっ』

「どうした?」

『えっと、その。もうお風呂入っちゃって……』


 あー、そうか。9時過ぎてるし、風呂入っててもおかしくない。

 夜なら寝巻きでも、平気で出れるやつは結構いるが、小雨はそのタイプじゃないしな。


「そうか、悪い。じゃあ、とりあえず2年3人で話し合って、話まとまったらかけなおす」

『え? 3人? あ、蓮先輩と瑞樹先輩も一緒なんですね』

「そりゃそうだろ」

『そ、そうですよね、変なこといいました。すみません』


 電話越しの小雨の声は少々残念そうだった。


『やっぱりわたしも行きます!』

「いや、無理してこなくてもいいぞ?」

『いえ、いきます!』

「そ、そうか。頼む。それじゃあ家で」

『はいっ』


 まあ、商店街への掛け合いだし、小雨が来ないと始まらない。そうゆう面では嬉しいが、ムリさせるのは少々気が引けるな。


 でも、周りを巻き込んででも祭りを成功させると決めたんだ。

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