7.小さな本屋、瑞樹とバイト。
あ、そういや漫画のこと忘れてたな。
翌日の登校中。ふとそんなことを思い出した。
景色は今日も特に代わり映えなく。
いつものように、立川画材店前に集合して。
いつものように、瑞樹が若干遅れてきて。
いつものように、出発して。
いつものように、雑談してる。
俺が非日常に憧れているとはいえ、ここは変わらなくてもいい日常だ。
「昂一先輩、自主制作の方は順調に進んでますか?」
見谷川祭りのポスターのことだろう。
「ん、まあぼちぼちだ」
実際は、アイディアすらまとまっていないが。
つーか、本気で商店街の人に掛け合う準備しねぇとな。一番手っ取り早いのは、小雨経由だけど、他にも八百屋とか、古着屋とかとも仲いいし、そっから行くっつー手もある。
「なにか、手伝ってほしいことがあったら言ってねぇ」
「だから、そういうんじゃねぇって」
相変わらず、蓮には心配をかけっぱなしだ。
「ところで小雨、選択科目何にするか決めたのかよ?」
本日は金曜日。今日は小雨たち一年の、選択科目提出日のはずだ。
「それがまだ決まってないんですよー」
「おいおい」
小雨は基本しっかりしてるけど、自分のこととなると結構アバウトなんだよな。
「先輩達は、1年の選択の時なにとったんですか?」
「俺はたしか、美術Ⅰと科学だったと思う」
「……オレは、音楽Ⅰと近代文学」
スマホでゲームをしながらでも、しっかり会話を聞いているのが瑞樹クオリティである。
「私は、美術Ⅰと生活英語だったかなぁ」
ちなみにだが、2年は選択科目は2つ、3年は選択科目は3つ選ぶ必要があり、単位数はそれぞれ2単位で、普通科の生徒と合同授業になっている。
その関係で、選択科目は普通科向けの授業と、デザイン科の授業が入り混じっていて非常にバラエティ豊かだ。悩むのも無理ないが、さすがに当日ってのはどうかと思う。
「小雨ちゃん的には候補は何なの?」
「わたしとしては、美術Ⅰともう一つは、音楽Ⅰか近代文学だと思ってます」
「おー、見事に瑞樹がとってたやつだねぇ。オススメは?」
「……そうだな」
瑞樹がゲームをする手を止めて考えるような素振りをした。
「遊びたいなら、音楽Ⅰ……寝たいなら、近代文学だ」
うわー、不真面目な答え。
「あー、藤野って、寝てても注意しないよねぇ。無言で点数引く感じ?」
「そうだ。そして、選択科目は相当やらかさない限り、単位を落とさない」
ちなみに藤野とは、近代文学兼2年の国語担当だ。
「なるほどー……」
「いいや小雨、こいつの言うことなんて当てにすんなよ。不真面目なこいつとお前じゃ根っから違ぇし」
「失礼なやつだな……」
小雨は真面目で努力家。瑞樹はめんどくさがりだが要領は良い。
選択科目とはいえ、授業中寝っぱなしでも単位を落とさないのは、その要領の良さゆえだろう。
「ちなみに、蓮先輩と昂一先輩はどっちが良いと思いますか?」
「うーん、私は受講したことないから予想でしか言えないけど、近代文学の方がいいんじゃない? 読解力とか鍛えたら何かと便利だろうし」
「昂一先輩は?」
「俺はどっちからなら音楽Ⅰかなって思ったけどな。芸術のことはよくわからねぇけど、いろんなものに触れてみた方が表現広がるだろ?」
「ううー……」
相談してくれたのは嬉しいが、意見が割れて、結局悩みを増やしただけだったな。
小雨の性格上、意見が偏れば普通に流されるが、意見が割れるとなかなか決められない。
そもそも人が良いから、たとえばここで近代文学を選べば、音楽Ⅰを薦めた俺に悪いなぁ、とか思っちゃうんだよ。
「……悩んでいるなら、音楽Ⅰにしておけ、楽しかったぞ?」
そんな小雨を見かねてか、瑞樹が意見を偏らせた。普段はあまり積極的に発言しないが、しっかり気も遣える奴だ。
「うん、じゃあ私も音楽Ⅰに一票ー! たしかに、絵のことを考えると、音楽の方がいいかもしれないしね」
そして、蓮も空気を読んで票を移動させる。本当に、お前らがいると話し合いが泥沼化しないよな。まあ、変に大人びてるとも言えるが。
「では、美術Ⅰと音楽Ⅰにします」
小雨の我が弱いところもどうにかした方が良いとは思うけど、今言っても仕方がない。
「ではまたお昼休みに」
「おう」
学校に着いたので、小雨と別れ、自分の教室へ行った。
本日は学校が終わってすぐにバイトを入れてある。
帰りのHRが長引いたので、少し急がないとマズイな。
「瑞樹早くしろ、置いてくぞ?」
「少し待て」
ちなみに、俺と瑞樹は同じ本屋でバイトしていて、時たまシフトが重なることがある。
今日がその日で、そういった日は一緒にバイト先まで向かう。
「男二人の、帰り道と言うのもは……色気がないものだ」
バイトの時は、近道をしていくので、小雨や蓮とは別行動だ。
「うるせぇ、走れとまでは言わないが、もう少し早く歩け。時間ねぇんだから」
「別に、この早さでも、問題ないだろう」
俺は、最悪でも5分前には着きたい人で、瑞樹は遅れなければそれで良いという性格。それが、この微妙なペース配分の差を生み出している。
俺が急かしつつも、結局は瑞樹のペースに合わせて移動し、バイト先に着くと、制服に着替え(エプロンをつけるだけだが)すぐに仕事を始める。
「いらっしゃいませー」
つってもまあ、バイトを同時に二人使ってる割には、客入りは少なく、本の整理などを特にする必要がないときは、ただ立っているだけという簡単なお仕事である。
立ってるだけってのも時間の流れが遅いし辛いといえば辛いのだが。
俺と瑞樹が仲良くなったのも、このバイトがきっかけで、バイトによる接点がなかったら一緒に昼食をとっているなんてことはなかっただろう。
そう確信が持てるくらい、瑞樹は他のクラスの連中とは最低限しか関わらない。
孤立しているというか、自らその立場へ向かっているような節がある。
俺はいまいち理解できないが、『本当に一人が好きな奴』は確かにいるのだ。
「あの、すみません。探しているCDがあるのですが」
お客さんが尋ねてきた。
この本屋は、微妙に広いスペースの中に、本に加えて、CDやゲームの売り場もある。
「どういった、CDでしょうか……?」
お客さんは、立ち位置的に俺に聞いてきたような感じではあったが、CD……もとい、音楽のこととなると瑞樹の出番だ。
瑞樹はいつもよりも少しだけ、喋るペースとトーンを上げて、お客さんの対応に当たる。
お客さんが望むCDをすぐに見つけ出し、手渡した。
「…………」
これで3度目だが、俺達4人は全員同じデザイン科に通っているにもかかわらず、この中でデザイナーを目指しているのは俺だけだ。それぞれ違うものを目指していて、違う特技を持っている。
たとえば、瑞樹の将来の夢は作曲家。
つまり、音楽を作る職業だ。そんな瑞樹がなぜデザイン科にやってきたかというと、家から近いという、一点が挙げられる。
次に、同じ学校である普通科に行かなかった理由は、デザイン科は普通科と違い、理数英の単位数が非常に少ないということだ。選択授業で取らなければ、2年の時点で単位数は半分。3年になると、1単位も存在しなくなる。
瑞樹はその三教科が嫌いらしく、それを避けるためにデザイン科へやってきた。
これだけ苦手教科を避けて、かつ要領のいい瑞樹であれば、家で勉強せずとも、授業中音楽を聴いていても、単位を落とさず補習で時間を潰すこともない。
ちなみに、瑞樹が器楽演奏や音楽を選択科目で取れると知ったのは、デザイン科に入ってからである。
で、そうまでして作った時間で瑞樹が何をやっているかと言うと。
ゲームをして、テレビを見て、ぼーっとして、たっぷり寝て、それでも余った時間で作曲をしている。まあ、作曲も半分以上は授業中に脳内でやってしまうらしいが。
そして、出来た曲をネット上にアップして、作詞を募る。曲も詞もできて次は、合成音声ソフトを使って歌にする(それがネット上で流行っているらしい)。
それを、動画投稿サイト上げてあとは閲覧数やコメントの監視をする……。といった感じだ。
瑞樹が作る曲のネット上での評判は、そこそこ良いらしい。
これだけだと、普通に趣味レベルのような気もするが、作曲家としての売り込みは、専門学校に行ってからするそうで、えらくのんびりペースだ。
そもそも、高校のときから高いモチベーションで将来を見据えている小雨や蓮が珍しいだけで、こちらの方が普通と言えば普通である。
「あー、本当にここの店暇だよな」
お客さんが来ないので、本棚の整理をしながら呟いた。
「楽な仕事で何よりじゃないか……好きな音楽を聴いても良いなら申し分ないのだが」
「店内の音楽で我慢しろよ」
アルバイトであっても給料が発生している時点で、雇用されているんだ。その分は真面目にキッチリ働かなければならない。
「……とはいえ、音楽が聴けなくても、オレはこのバイトを選んで正解だったと思っている」
「まあ、結局は楽だしな」
それに、漫画の情報とかもすぐに手に入るし。
「いや、昂一と接点を持つことが出来たからな」
「ん? どういうことだよ?」
「言ってみれば、オレは友達がいない」
「そ、そうか」
俺はお前のこと友達だと思ってたんだが。
「仲間と呼べるやつは、昔からチラホラといたが、友達かと聞かれると、どうもな……」
そいつらも、瑞樹のこと友達だと思ってるぞ。たぶん。
「オレ自身、友達がほしいと思ったことはないし、いないことも苦痛じゃなかった」
たしかに、デザイン科に入った当初から瑞樹は積極的に周りと壁を作っていたような気もする。
もちろん、邪険にするとかそうゆう感じではなく、なんとなく微妙な距離を保って、話しづらい雰囲気を作っていた。
「だが、案外4人で食べる昼食も、気に入っている」
「そうかよ。っつーか、クセぇな、おい」
「そうか?」
まあ、瑞樹の珍しい饒舌シーンを見れたから良いとしよう。話の内容としては、結構嬉しいものだったし。
「それで、本題だが……」
「って、わおっ!? 今の前置きだったのか!?」
前置きであんなにクサいことを!? 驚きすぎて変な声出たぞ。
「昂一お前、最近少し変だ」
「…………」
瑞樹の口からその言葉が出てくるとは思わなかったので、一瞬固まってしまった。
「基本的に他人のプライベートに対して、口出しをしたくないが……」
それは『言いたくなければ、言わなくても良い』という、最大限の気遣いの言葉だった。
「……っ。あーあ。瑞樹にそれを言われるレベルって、俺、そんなにわかりやすいか?」
「小雨ほどではないがな」
「フォローになってねぇ」
実際、ピンチってわけでもないのだが、俺の身に起こっている事が事だけに、やはり態度がいつもと違うらしい。
「確かに変なことにはなってる。でも、やばいことになってるわけじゃない。助けが必要になったら、ちゃんと言う。これじゃダメか?」
「……いや、それでいい」
瑞樹が納得したような、納得していないような、なんともいえないトーンで返事をした。
「あと、今の蓮には言うなよ。しつこいから」
「……? あいつほど引き際をわきまえてるやつは、いないだろう?」
あー、瑞樹の前では常に真面目だったな、あいつ。
「まあ、とりあえず誰にも言うな」
「オレの信用にもかかわりそうだな。了承しておこう」
こうゆうところが、瑞樹のいいところだと思う。




