6.神様、商店街へ行く。
『あ、いらっしゃーい』
昨日と同じように、足に疲労を覚えつつ、階段を最上段まで上ると、神様が迎えてくれた。
「おう」
にこにことあまりに嬉しそうにするので、こっちまで嬉しくなる。少しくすぐったいが。
『今日も来てくれて嬉しいよ』
「まあ、約束したしな」
階段の最上段から、神社に向かって歩き出す。
『今日はどれくらいの時間いてくれるのかな?』
「ん、そうだな。昨日よりは、長くいられると思うんだが……」
『ホント!?』
「まあ、嘘はつかねぇよ」
なんせ、昨日の内に、出来る家事を一通りやってきたからな。
『だったら、その、お願いがあるんだけど……』
少々遠慮がちに、神様が言う。
「なんだ?」
まあ、この神様の願いだ。無理難題ではないと思うが……。
『えっと、商店街に、連れて行ってほしいの』
「え? あんたって、この神社の敷地内から出れたの?」
それはちょっと意外だった。
『ううん、出れないよ。でも、特別な時だけ、お祭りの開催地である商店街までは出ることができるんだぁ』
「特別な時って?」
『一つはお祭りを開催している時。もう一つは、キミみたいに、私たちと通じる人が側にいるとき』
「…………なるほどな」
神社に向かっていた足を止め、くるりと体を反転した。
「んじゃ、行くか」
『うんっ』
神様がポンと俺の両肩に両手を置いた。
「……側って、実際に触れなきゃダメなのかよ」
『ホントはもう少しだけ離れられるけど、何かの拍子にもっと離れちゃったら怖いし……だめ、かな?』
「いや、いいけどよ」
まあ、肩に手ぇ置かれる程度なら、昨日のあれよりずいぶんマシだ。
神社の敷地から出て、上ってきた階段を下り始める。敷地から外が珍しいのか、神様がきょろきょろとまわりを見渡す。
「そういや、前から気になってたんだけどよ」
『なあに?』
階段を下りるため下を向いているので、神様の表情は見えない。
「あんたって何歳?」
『えーっと、17……じゃなくて、16歳、かな?』
まあ、大体予想通りか。
で、俺が最初に話せた人間っつってたし、それまでの間、ひとりぼっちで、か。
「ああ、あと商店街には他に人いるし、たぶんあんたの声に反応できない」
『変な人に思われちゃうもんね、わかった』
「まあでも、行きたい方向とかあったら、口で言うなり、指を差すなりしてくれ」
『うん、ありがとー』
そして、階段の最下段まで。
間を置かず、この階段を上り下りって、少々きついな。
神社へと続く階段の最下段から左に行くと、すぐに商店街へとたどり着く。
見谷川祭りはこの商店街から、上の神社にかけて、開催される。
「とりあえず、商店街の中ゆっくり歩くぞ?」
小さく呟いた。
『うんっ』
学業のためこっちに来てから、おおよそ1年半。
食品の買い物はだいたい、この商店街ですませてるし、食品の買い出し以外にも、立川画材店にいったり、古着屋とかもあるので、かなりの頻度で訪れている。
よって、顔見知りも多い。何も買わず、ブラブラしていても不審に思われることは無いだろう。
「あ、昂一先輩」
「ん? 小雨」
立川画材店の前を通りかかった時、店番をしていたと思われる、小雨が店先に出てきた。
「どうしたんですか?」
「ただの散歩だよ」
「そうなんですかぁ」
「おう、じゃあな」
「はい、また明日」
小雨と挨拶程度の会話をして、店の前を離れる。
もちろん、その間もずっと神様が俺の左肩に手を置いていたわけだが、不審に見られている素振りは無かった。
本当に見えていないんだ。
『さっきの人は、お友達かな?』
「ああ、学校の後輩」
『同じ学校の……どんな勉強をしているの?』
「ん? デザイン……て言ってわかるか?」
『わかるよ。いろいろな見た目を決めること、だよね』
「ああ、大体正解だ」
こいつ、16年間あの神社の上に隔離されていたわりには、結構言葉とか知ってるんだよな。
自分が神様って事を知ってたり、神様についての特性を知ってたりするあたり、神様は神様なりの知識の得方があるのだろうか。
『じゃあ、キミもあの子も、デザインをする人になりたいの?』
「小雨はちょっと違うが、俺はまあ、そうだな」
『そうなんだぁ』
神様の表情は俺の後にいるので見えないが、きっとニコニコと笑ってるんだろなぁ。
「っと、商店街の端まで来ちまったな」
あまり長い商店街ではないので、ものの十数分で踏破出来る。
「こっから先はムリなんだよな?」
『……うん』
少しだけ寂しそうに答えた。
「なんなら、もう少し見て回るか?」
『いや、いいよ』
「遠慮することはないぞ?」
『ううん、いいの』
「……そうか」
『うん』
祭りの日とか、俺みたいなやつがいりゃ、外に出れるっつっても、やはりそれはほんの少しで。
結局、牢獄みたいなものだ。
そんな神様の気持ちを思うと、ちくりと嫌な棘が胸に刺さる。
そして、もう一つ胸に刺さっている棘……。
――デザインをする人になりたいの?
神様の言葉。
俺は……、将来就きたい職業は、確かにデザイナーだ。それは嘘じゃない。
でも、本当になりたかった『将来の夢』は……。
漫画家。だった。
もう、諦めてしまった。
なに、本気で目指していて、強烈な挫折を味わったとか、そういうんじゃない。
漫画を描いてて、それをネタにからかわれたとか、そんなトラウマがあるわけでもない。
小さい頃、普通に漫画を読んで。普通に漫画を好きになって。気づいた時には、絵を描いてて。周りの人よりちょっと上手く描けたから、漫画家になるとか言い出して。でも、自分の絵が大きなくくりで見たら大したことないってことや、漫画家になることの競争率を知って……。
努力をすることもなく、あきらめた。
ありきたりすぎて、同情も買えない。平々凡々で、つまらない理由。
結局今日は、神社に帰って、少し話をしたところで神様と別れた。
胸を指す、この棘がとれないままに。




