4.右手に漫画、背中に神様。
右手には漫画の新刊が入った紙袋、左手には通学に使ってるカバンを持ち神社へと続く階段を上る。
苔の生えた石の階段をは不安定で、そこまで長いわけではないが、毎日登ることになる可能性を考えると少々気が滅入る。
足に若干の疲労感を覚えながら、最上段まで登り切ると、神社を一望する。あいつの姿はない。
昨日のあのことは、非常にリアルだったし、事が終わってから寝るまでの経過も記憶にある。
だから夢ではないと信じたいが、事が事だけに、いまだ俺の夢や妄想の可能性を捨てきれていない。
でも、それじゃ困る。
やっと物語が始まりそうなのに、物語が始まる夢だけを見せられたんじゃ、目覚めが悪い。
どうせ夢が覚めるなら、最後まで見せてくれないとな。
「なあ、いるんなら出て来てくれ」
呟く。
風が吹き、木の葉が舞うだけで何も起こらない。
「…………」
聞いている人はいないが、少々恥ずかしくなる。
「え? マジか、マジなパターンか? だからそれじゃ困るんだって」
周りに人はいない、よし、意を決して。
「なあ! いるんなら――」
『は~い、いるよぉ』
「最後まで言わせろよ!」
神社の中から、壁をすり抜けて神様が現れた。
『え? 最後まで? じゃ、じゃあ、どうぞ?』
「いや、もういい」
祠の壁をすり抜けて現れた神様は、ふよふよと漂うように俺の元へ寄ってきた。
『昨日に引き続き今日も来てくれるなんて嬉しいなぁ』
神様がニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべる。
「いや、神様と出会うなんて事があった後に、1日空けるやつとかどんだけ神経太いんだよ」
『まあまあ、立ち話もなんだし座って座って』
「お、おう」
神様に勧められて、神社の縁に座り、右隣に荷物を置いた。左隣に神様も座る。
座っていると言っても、へたくそな3Dモデリングみたいに服の一部が床に入り込んでしまっている。他のものには触ることができないのか。
『なにか良い作戦思いついた?』
もちろん、見谷川祭り継続のことだろう
「いや、1日目だしな。まあそこそこには進歩はあった、かな」
『そっかぁ、よかったぁ』
神様はにこりと笑う。
だけど、その笑顔は自分の寿命が延びるかもしれないという喜びよりも、俺の目的が順調に叶いそうなことへの喜びに見えた。
「そういや、一応聞くけど、あんたって俺以外の人に見えねぇんだよな?」
もし見えるなら、町中大騒ぎになっているだろうし。
『うーん、基本的にはそうだね。私のことを心の底から求めないと見えないし。人は生まれながら神様との通じやすさが決まっていてね、キミはそれがたまたま高かったんだよ』
「なるほどな」
今気づいたが、こいつは『見谷川祭りが今年で終わる』という、俺が知らない情報を教えた。
つまりそれは、こいつが俺の妄想ではないことの証明になるんじゃないだろうか?
『それはそうと、お話しようよ。私が見える人は初めてで嬉しいんだぁ』
さっきまで座っていた神様が、またふよふよと浮かびだした。
「初めて?」
『うん、そうだよ?』
俺の想像が正しければこいつは16~17歳。それだけの時間をたった一人で?
「……わかった、つっても晩飯とかも作らねぇといけないから、あんまり長くはいられねぇぞ」
『うんっ』
神様がまたにこりと笑う。
ほんとうになんか、神様って感じがしないなこいつ。
もしかして、自分を神様と勘違いしてる浮遊霊かなんかじゃないのか?
ま、非日常がそこにいてくれるんだ、俺としてはどっちでもいい。
「で、話すって何の話をするんだ?」
『うーん、そうだなぁ……』
「……………………」『……………………』
「…………って、話題ねぇのかよっ」
『そ、そんなことないよぉ!』
神様が焦ったようにパタパタと体を動かす。
『え、えぇっと、ご趣味は?』
「見合いか」
『ここへ来た動機は?』
「面接か」
『どぅーゆーねーむ?』
「欧米か。つーか、その英語おかしい」
『うう~、あ、わっといずでぃす?』
そう言い、神様は漫画の入った紙袋を指差した。
「ん? これか? これは漫画だ」
『漫画、漫画……あ、もしかして絵がたくさん描いてある本のことかな?』
「ああ、まあ正解だ」
『ほー……』
神様が興味深そうな目で紙袋を見る。
「えっと、読むか? つーか読めるのか?」
『字は読めるよ、本には触れないけど、だから開いてページめくってくれると、その、うれしいなぁ』
少々遠慮がちに神様は言う。
「まあ、それはいいけどよ。これ一巻じゃないし、読んでもわけわかんないと思うぞ?」
それに、少年向けのバトル漫画だしな。
『それでもいいよ、昔から興味あったんだぁ』
「ふーん、わかった。あ、でも俺も始めて読むやつだから……」
『うん、一緒に読もっ』
紙袋から漫画を取り出し、ビニールの封を切り、ページをめくる。
神様は俺の後ろに回り、のしかかってきた。
「…………ッッ」
あまりにいきなりだったので、前かがみによろけた。
いつも重量感なく浮いてるくせに、体重はやけにリアルで、やわらかい。
「あんた、触れるのかよ……」
『そうみたいだね。聞こえるだけ、見えるだけって人が多いらしいけど、キミには触れるみたい』
「そ、そうか」
女子に対する抵抗力がゼロってわけじゃないつもりだが、さすがにこの密着は意識してしまう。
神様っつっても同年代っぽいし、なんか良い香りだって漂ってくる。
『ふふふ、あったかい。これが人に触る感覚なんだね』
「…………」
人に触れる。そんなことすら神様にとっては初めての体験なのか。
『ほら、早くめくってよ』
「お、おう」
ページをめくり読み始める。
だが、なかなか思うように読み進められなかった。
まず最初に、こいつは漫画の読み方がわかってない。ふきだしのシステムやコマの順番もいちいち教えないといけないほどだ。
まあ、漫画を読むのは初めてって言うしそれは仕方がないとして、そもそも字を読む速度がビックリするくらい遅い。しかも、擬音とかまで丁寧に熟読するし、少しきつめにパースがかかってたり、効果線が大量に入ってたりすると、絵の理解が出来ないらしく、いちいち聞いてくる。
そんなこんなでいつもなら20分程度で読み終わる漫画にたっぷり1時間以上もかけて読むことになった。
「あー、もうこんな時間か、帰らねぇと」
『引き止めてゴメンね?』
「別にいいけどよ。あんなの途中から読んで面白かったのかよ」
『面白かったよぉ』
おそらく、漫画としての面白さじゃなくて、物珍しさからの面白さなんだろうな。
「……そうか、ならいいんだけどよ。だったら、明日は1巻持ってきてやるよ」
『あ、明日も来てくれるの?』
やけに嬉しそうに神様は言う。
「ああ来るぞ、明後日はバイトで来れねないかもしれねぇけど」
『そっかぁ、わかった。また明日』
神様が手を振る。
「おう、また明日」
神様に見送られて、神社を後にする。
なんとなく、やっぱりって感じだけど。神様は神社の敷地から出ることができねぇんだろうな。
壁や屋根で閉じられてないだけマシかもしれないが、それって檻みたいなものだろ?
自分から人に会いにいけず、人が来ても接せない。
イメージどおりの威厳たっぷりな神様ならこんな心配はしなかったのだろうが、あいつはやけに人間臭くて、心配になる。
昨日今日会話しただけだけど、十分に伝わってきた。
あいつはきっと、寂しいんだ。




