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3.作品鑑賞、小雨のアトリエ。

 どうすっかなぁ。

 昨日は勢いであんな啖呵を切ったものの、具体的な案があるわけではない。


 見谷川祭りか、去年は冬休み前に行ったから、開催まであと2ヵ月くらいか?

 つーか、俺。あれの細かな日程とか主催とか、知らねぇんだよな。


「なあ、見谷川祭りって何日開催だったっけ?」


 いつものメンバーで昼食中、ポツリと呟いた。ダメで元々、それでも知っている奴がいたら万々歳だ。


「わたしは、昂一と一緒で下宿組だからねぇ、あまりゆかりはないなぁ」

「だよな。瑞樹と小雨は?」


 俺と蓮は下宿組で、瑞樹と小雨は実家から通っている。


「オレは祭りごとには……あまりかかわらないからな」

「去年も来てなかったもんな」


 去年の祭りは、クラスメイトの三分の一程度の大所帯で参加したが、そのメンバーに瑞樹はいなかった。


「あ、見谷川祭りなら十一月二十七日ですよ」


 小雨がスケジュール帳を見ながら言った。今日が十月十一日だから、あと1月半しかないのか、思ったよりも短い。


「サンキュ。つーか、スケジュール帳に祭りのことも書いてあるんだな」

「ええ、あの祭りはうちの商店街が主催ですから」

「そうなのか?」

「そうなんですよー」


 ラッキーなことに主催までわかった。

 できれば俺の個人的なものに小雨を巻き込みたくないが、力を借りることになるかも知れないな。


 そもそも、俺達4人は全員同じデザイン科に通っているにもかかわらず、この中でデザイナーを目指しているのは俺だけだ。

 それぞれ違うものを目指していて、違う特技を持っている。

 俺一人の力では大したことなくても、4人が力を合わせれば……なんてことを考えてしまうときもある。


 たとえば、小雨の将来の夢はイラストレーター。

 お馴染みの絵を描く職業だ。


 イラストレーターを目指しているだけあって、そのデッサン力はかなりのもので、画塾に行ったり、家で練習したりと努力も怠ってない。まだ、プロ並みとまではいえないが、それでも素人から見りゃ、プロのものと見分けが付かない。


 そんな小雨が、なぜ見谷川高校デザイン科に通っているかと言うと。小雨はイラストで食べていくことの難しさを知っている。

 だから、普通に画力を鍛えるだけでは生き残るのは難しいと考えて、デザイナーの観点からも勉強することにしたらしい。絵の勉強なら、画塾や美大に入ってからも出来るしな。


 あと、もう一つ大きな理由があって、美術科のある学校が家から遠いらしい。

 通うのは難しいから、間違いなく下宿。高校生のうちから下宿するのは不安があったため、視覚に関することを学べるデザイン科に来たという、なんともわかりやすい理由もある。


「そうだ。ちょっとした都合でポスターの紙が要りそうでな、帰り小雨の家に寄っていいか?」


 知り合いが画材屋だと助かる、紙のこととか教えてもらえるしな。値引きはしてくれないが。


「はい、わかりました。そもそも、お客さんですし、わざわざ私に確認取らなくてもいいですよ」

「それもそうだな」


 つっても、結局帰りも一緒だし、報告するにはするのだが。


「あ、では、あの、ついでといっては何ですが、久しぶりに見ていただけませんか……?」


 小雨は顔を赤らめた。語尾はどんどん細くなっていく。


「ん、そうだな。つーか、そろそろ見られることにも慣れろよ」

「す、すみません……」


 いや、謝る必要はないが。


「はたから聞いたら……勘違いされそうな、会話だな」

「つっこみにくいことを言うな」


 瑞樹がぼそりという。

 この場合の勘違いとは、多少ピンク色の内容を含むものだろう。


「まあ、本人の願望も混ざってなくはないと思うよ」

「ちょ、ちょっと蓮先輩! 何言ってるんですか!」


 小雨に悪気がないのはわかっているが、そうきっぱり否定されるのは地味に傷つく。


「でさ、昴一はさっきから何に悩んでるの?」


 蓮の瞳が少しだけ鋭くなった。やっぱ態度に出すぎてたか。


「いや、大した事じゃねぇんだけど、今月漫画の新刊がたくさん出るから、どれから揃えていこうかなぁっと」

「ほんとに……大した事じゃ、ないな」

「うるせぇ」


 下宿中の俺にとっては結構重要なことなんだよ。制作の時間を作るためにアルバイトの量も少なめにしているし、切り詰めていかないといけない。


「いやいや、悩んだ直後に祭りから用紙の話に流れたし、その関係に違いないね」

「…………」


 相変わらず鋭いな。

 正確には、俺がわかりやすくて、小雨が鈍感で、瑞樹は気づいてても口に出さないから、必然的に蓮が鋭く見えるだけだろうけど。


 祭りごとなら、蓮の出番だと思うし相談してみるか?

 いや、まだ期間はあるし出来るところまでは一人でやりたいな。


「うーん、まあもう二年だしな。自主的にポスター作ってポートフォリオの作品点数稼ごうかなって思ってるだけだ。で、そのテーマを今回は見谷川祭りにしてみようかと」


 ちなみにポートフォリオとは、デザイナーが企業向けに作る作品集だと思ってくれたらいい。


「ああー、企業は『自主的に』が好きだもんねぇ」

「ほんとにな、でもその『自主的に』がわかってても、なぜかやる奴は少ないから、でかい武器になる」

「だねぇ」


 蓮がケラケラと笑った。


「つーか、瑞樹。昼休みでも登下校中でも、ひたすらゲームだな。あきねぇの?」

「ん?」


 瑞樹がスマートフォンの、画面から目を離してこちらを見た。だが指は動き続けている。


「良い音楽は、何度聴いても飽きない、それと同じだ」

「音楽に例えたせいでより難解になってるっつーの」


そんなこんなで、瑞樹は俺らと一緒にいることは多いが、積極的に会話に加わることは少ない。

 まあ、それでも瑞樹は基本良い奴だし、瑞樹がこのグループから抜けたら男が俺一人で寂しくなるから、いてくれないと困わけだが。


「あ、もうこんな時間ですか」


 小雨がそう言うと、時計は昼休み終了5分前をさしていた。

 そして小雨がそそくさと、持って来た荷物を片付けていると予鈴がなる。


「それではまた放課後」

「おう」


 小雨が教室から出て行き、それとほぼ同時に俺達も机を戻す。これが、昼のお決まりパターンだ。




 放課後、なぜか蓮と瑞樹が先に帰りやがったので、俺と小雨二人で下校。

 下校途中で、学校の近くにある商店街にたどり着く。

 ここが、見谷川祭りの主催者か。


 つーことは、ここに上手く働きかけることが出来れば、もっというと見谷川祭りでここに利益を出すことが出来れば、見谷川祭りを終わらせずに済むというわけだ。


 それにしても……。


「結構シャッターが多いな」


 シャッター。つまり閉店してしまった店。


「そうですね。私が子供の頃はもう少し活気があったんですが、近くに大型量販店が出来て、それ以来客足は遠のくばかりです」

「なるほどなぁ」


 やっぱ、商店街は時代に淘汰されつつあるんだな。


 俺は商店街の雰囲気が結構好きだし、量販店、もといスーパーより家に近いってのもあって、普段から利用してるが、店をはしごしなくていい分、利用者にはスーパーの方が便利だ。


「うちは画材に関しての品揃えなら負けていませんし、近くの画塾と見谷川高校の仕入れも受け持っているんでそこそこ安定しているんですが、他のお店、特に食品系は大打撃を受けてるみたいです」

「で、その食品系は祭りの花形。そこが消えれば自然と見谷川祭りも消える……と」


「ええ、そうゆうことなんです。って、見谷川祭りが今年で最後ってよく知ってましたね」

「ん、ああ、知り合いから教えてもらってな」


 小雨の反応から察するに、見谷川祭りの終了はほぼ決定しているみたいだな。


 まあ、結局は商店街。スーパーと違って大本があるわけじゃないから、商店街の取締役をその気にさせれば祭りの続行は可能。その辺はまだ救いがある。


「それにしても寂しいです。見谷川祭りはわたしの生れる1年前に、商店街の活性化のために始まったお祭りで、小さなの頃から関わってきましたから」


 ん? 小雨の生れる1年前?

 つーことはなんだ? 神様は祭りとともに生れるって言ってたし、もしかしてあの神様俺とタメ?


「それに……」

「俺たちが仲良くなったきっかけだもんな」


 去年の見谷川祭りで、俺はクラスの奴等と交流を深めるため一緒に行動していた。


 それで、気づけば画材店で談義が始まっていて、そんな俺たちに画材の説明をひたすらしてくれたのが小雨だ。

 それをきっかけに、俺たちと小雨は仲良くなり、小雨が同じ学校の同じ学科を受けることを知ってさらに親しくなり、現状に至る。


「って、それは違うか」

「えっ? いえ、あの……」

「うん?」

「その通り、です」


 小雨が顔を真っ赤っ赤にして言った。言われたこっちも若干恥ずかしい。


 まあ、俺達の出会いをそれほど大切に思っててくれたなんて、嬉しいじゃねぇか。

 と、そんな会話が終わる頃には立川画材店、小雨の実家へとたどり着いていた。


「ポスター印刷なら無難に、コート紙、マットコート、上質紙当たりですかねぇ。自主制作なら数を刷る必要もないと思いますし、それなりに凝った紙を使うのもいいかもしれません」


 店に入ると、日の当たりにくい店の奥、紙が置いてあるところに向かう。


「そうだな」


 自主制作っつったけど、本当は宣伝ポスターにしたいから、あまり高い紙だと困るわけだけど。


「特殊印刷とかはする予定はありますか?」

「いや、学校の印刷機借りるから。紙も無難にコートかな。サイズはB3かA2で迷ってる」


 ちなみに、うちの学校でデザイン科を受講してると、プリンターはタダで使えるし、印刷機も格安で使わせてもらえる。

 印刷機はあまり性能が良いやつではないが、個人で使うには十分すぎる代物だ。


「あー、結構小さめで行くんですね」


 店先とかに貼ってもらう用だからな。なんてことは、口には出さない。


「連量(紙の厚さ)はどんなもんにします?」

「厚めのがいいな。一応実物も見せてくれ」

「わかりましたー」


 小雨がぱたぱたと足音を立てて、紙を取りに行く。


「そういえば、今日買って行く感じですか?」

「いや、今日は下見。肝心の作品はまだ出来てねぇし」

「了解です」


 小雨が紙を持ってきてくれたので、触って厚みや質感を確かめる。

 コート紙とか基本的な紙の質感は覚えているつもりだが、まだ素人には変わりない、学生のうちは念のため実物を見ることにしている。


「あら昂一ちゃん、いらっしゃい」

「あ」


 『関係者用扉』の中から、壮年の女性出てきた。小雨の母親だ。


「いつも娘がお世話になってます」

「いえ、こちらもお世話になってばかりで……」


 とりあえず社交辞令を済ませる。


「昴一ちゃんの話は小雨から良く聞いてるわ」

「ちょ、ちょっとお母さん! あっちいってて!」


 小雨がぱたぱたと慌てて、母親を家の置くまで押しやった。


 自分の親を見られるのがなんとなく恥ずかしい気持ちもわからんでもないが、俺と小雨の母親はいつも画材店でお世話になってる仲だ。

 無理に引き剥がす必要もないと思うが……。


「まあ、話も一区切り付いたところで……やるか?」

「は、はい、よろしくおねがい、します」


 小雨が再び顔を赤くする。


 いい加減慣れろよな、といいたいところだが、恥ずかしい気持ちも十分わかるので、言いはしまい。


「で、ではいつもの部屋へ」

「おう」


 画材店の関係者用の扉をくぐる。入れ替わりで、小雨の母親が店に立った。

 つーか、俺らが入ってきたとき誰もいなかったてことは、店空けていのか? 無用心な。


 年季の入った関係者用の扉から一歩踏み入れると、そこは完全な生活空間になっている。

 小雨と母親が暮らす家だ。


 ちなみに父親は、単身赴任で家にほとんどいないらしい。俺は出合ったことがない。


 入ったらすぐに木製の急な階段があり、そこを上ると小雨の部屋が見える。

 俺はこの部屋に入ったことはないし、今は用もない。用があるのはこの隣の部屋だ。


 小雨がその部屋の扉をあけて、部屋に入る。その部屋に入ると、油絵の具の溶き油独特の臭いが、鼻を刺す。

 最初は酔ったものだがもう慣れた。部屋の中には、絵の具、筆、キャンバスなどなど油絵に必要な画材一式。


 そう、ここは小雨のアトリエなのだ。


 俺は、月に1~2回のペースでこのアトリエに招待してもらい、小雨の描いた絵の批評をしている。


 俺自身、素人で絵に関する知識はあまりないのだが、小雨曰く『素人の目からどんな風に見えているのか知りたい』『それに昂一先輩は変に気を使って、無理に褒めたりせず、ダメなところはダメといってくれるから、頼もしい』だそうだ。

 頼られるのは素直に嬉しい。


「前に来たのはいつだっけ?」

「9月24日。2週間と2日前ですね」


 えらい正確だな。


「あれからいくつ描いたんだ?」

「9月24日時点で完成していなかった作品を一つ仕上げて、もう一つ完成させました。今は2作品書いてる途中で、完成度合いはどちらとも半分くらいですね」

「ん、ちゃんとペースは守ってるな」


 1週間に1作品、それが小雨のノルマだ。


 学校に通って、画塾に行って、家でも絵の練習して、母親を休ませるために店番やって、その上で時間のかかる油絵を週に1枚。

 プライベートの時間をほぼ全て絵につぎ込んでるといえる。


 それだけ小雨は一途で努力家なんだ。

 その甲斐あってか、初めて見せてもらった時から絵は上手かったし、ものすごい速度で上達していっている。


「ど、どうですか?」


 小雨が完成した二枚の絵を並べた。


 片方は、海の絵。水中から上を見上げている構図で、光の線がクジラやイルカ、魚達を照らしている。

 もう一つは、抽象的な絵。青色の手が月を掴もうとしていて、そのまわりを黄色い風のようなものが舞っている。


 小雨の絵は基本的に青と黄色が主体で、描くものは水。特に海が多い。


「んー、海の方はさすがって感じだな、水面も海洋生物も、光の入り方もリアルで、かつ幻想的だ。強いて言うならワントーン暗い気がするってくらいか」

「な、なるほど」


「つっても、全体的に明るくしたところで淡くなって、せっかくの重みがなくなるだろうし……」

「では、岩肌に光を強めに当てて、その反射光で明るくするとかどうですか?」

「ああなるほど、それが良いかもな」


 次は、抽象画の方に目をやる。


「抽象画ってなると、もっと専門外だが……パッと見、月と手、どっちがメインかわかりづらいな。どっちも絵の中心からずれてるし、サイズも明度も一緒くらいだ」


 抽象画のほうは、俺の目から見ても、まだまだ発展途上で、『抽象画を真似た絵』になっている。


 例えば、子供の頃ピカソの『泣く女』を見て、『自分にも描ける』と思ったことはないだろうか?


 『あれにはすごい画法が使われている』と専門家は言うし、実際そうなのだろうが、俺としては、あの絵は確かに小学生でも描けると思う。

 ただ、『泣く女』を真似して『泣く女』を描いたところで意味がない。ああいうのは、最初にやるからすごいんだ。


 そう言った点では、小雨の抽象画はあくまで『既存の抽象画の真似をして描いた絵』になっている。

 どこかで見たことあるって言うか、『小雨だけ』って言えるものがない。


「――てな感じか」


 そして、批評が一通り終了した。


「これも毎回言ってるが、俺の性格上どうしても批判が多めになるが、あまり落ち込むなよ。高1でこんなに描ける奴はほとんどいねぇんだから」

「は、はい。ありがとうございます」


 そうだ。小雨はもう『プロと比べられるレベル』まできている。

 もう、素人の絵じゃ物差しにならない。プロの入り口までは来ている、後一歩なんだ。


「んじゃ、帰るか」

「あ、えっと、お茶でも飲んでいきませんか?」

「悪い、今日は用事があってな」

「そうですか……」


 小雨がわかりやすくシュンとする。


「落ち込むなって、また見せてくれよ?」

「は、はいっ」


 小雨の本日最高の笑顔を見て、アトリエを後にした。

 急な木製の階段を下りて、関係者用の戸を開き立川画材店の外へでる。


「それでは、昂一先輩。また明日」

「おう」


 さてと。昨日の『アレ』が夢幻だったなんてオチやめてくれよ? 確かめるためにも、行かなければならない。


「あ、その前に漫画の新刊買って行くか」

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