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28.後日談、胸の違和感。

 見谷川祭りが終わって三日。

 見谷川祭りのドタバタはすっかり消え、いつも通りの平凡な日常へと戻っていた。


 心の中では、達成感と『何か』を失った喪失感が渦巻いていて、他のことに集中できない。


「んー? ちゃんと聞いてるのー?」

「ん? あ、悪ぃなんだったっけ?」


 昼食をとっている最中、蓮の話題を取りこぼしていた。今日は小雨も瑞樹も用事でいないので、蓮はだらけモードだ。


「まあ、大した話題じゃなかったからいいんだけどさー。なーんか、見谷川祭り終わってからぼーっとしてること多いよねぇ」

「ああ、まあ、そうかもしれねぇな」


 意識が戻っても、結局は上の空で、出てくるのは生返事だ。


「おー、珍しく素直に認めたねぇ。どうしたの? 達成したことの陶酔ー? それとも、終わったことの喪失感ー?」

「どっちもある。けど、どっちも違う。なんか見谷川祭りが終わると同時に、大切な『何か』を落としちまった気がするんだ」


「ふーん。『失くした』じゃなくて『落とした』って言い回しが、なんかポエミーだねぇ」

「うっせぇ」

「えー、褒めてるんだよー? 昴一らしくて好き」

「蓮の中で俺ってそういう認識なのか?」

「まあ、多少はね」


 蓮がへらへらと含みのない笑みを浮かべる。


「それにしても、大切なものを落とした、ねぇ。ああ、そうだ。見谷川祭りの準備期間中、見谷川祭りの準備以外にも、何かやってたでしょ? あれはどうしたのー?」

「ん? なんのことだ?」


「とぼけても無駄だよー? 放課後、見谷川祭りの準備が忙しいときも時間作って、どこか行ってたじゃん。

 最初は見谷川祭り関係の影の努力かなーって思ってたけど、どうも違うみたいだし、気になってたんだよねぇ」

「俺が?」

「うん」


 時間を作ってどこか行ってた?

 単純に見谷川祭りの準備でいっぱいいっぱいだったし、そんな余裕はなかったはずだ。


 いや、確かに言われてみると、見谷川祭りの準備が一番忙しい時期でも、放課後俺が自由に使える時間は1時間から2時間ほど余裕があった。

 その時間は俺、なにしてたっけ? テレビ見てたか、漫画読んでたか……心当たりはあるがはっきりと思い出せない。


 でも、確かに家の中じゃなくて、家の外に居た気がする。

 普段の俺の活動範囲から離れた、どこかに、居た気がする。




 見谷川祭りから五日。

「おら、瑞樹。早くしねぇとバイト遅刻するぞ」

「だから、まだ、大丈夫だろう?」


 見谷川祭りの後始末も完全に終わり、見谷川祭りの喪失感も徐々に薄くなってきていた。

 この様子だと俺が落とした『何か』は気のせいで、俺が行ってた『どこか』も蓮の思い過ごしなのだろう。


「……そういえば、あのときはもっと急いでいたな」

「あ? なんのことだ? いきなり」

「見谷川祭りが、売上目標にとどいたときだ」


 ああ、松村さんが、わざわざ知らせにきてくれたときか。


「あのときは、嬉しそうな顔をして、走っていったがあれはどこに行っていたんだ……?」

「走ってた? 俺が?」

「ああ、オレにも気づかず、商店街の西側に全力で走っていったじゃないか」


 商店街の西側っつーと、俺ん家の方向か、ああ、そんなことあったな。

 松村さんから、目標達成のことを聞いて、嬉しくて頂の神社に走っていったんだ。


 あのときは、いったいなんで頂の神社を目指したんだ?


 そういえば、あの神社には何度も足を運んだ記憶があるが、あそこで具体的に何をしていたか思い出せない。

 もしかして、蓮の言っていた『どこか』って神社のことか?


 思い出せない。

 まあ、バイトの帰りにでも行ってみるか。




 見谷川祭りから一週間。

 見谷川祭りのことが話題に出ることもずいぶんと少なくなってきた。

 俺の中から喪失感は消え去っていて、残っているのは、小さな疑問くらいだ。


「ど、どうですか?」


 今日は小雨の絵を見る日だ。今回の絵も、小雨らしい海の絵と抽象的な絵の二点だ。


「あいかわらず、海の方は流石としか言えねぇな。もう、俺のレベルじゃ口出しできねぇわ」


 俺にわかるようなデッサンの狂いはないし、全体の違和感もない。

 動植物の配置も、それぞれ強弱がしっかりついていて、目立たせたいクジラをそれ以外の部分がしっかりと引き立てている。

 海の中は幻想的で、吸い込まれそうだ。


「抽象的な方は……もしかして、漫画の画法を取り入れたのか?」


 いつも小雨が描くイラストに比べて、輪郭線がはっきりしている。他にも、パースも少しだけ強くかけられていたり、流れをはっきりとした線で描写していたりと、漫画でよく使われる技法が要所要所に盛り込まれている。


「はいっ、まだ実験段階ですが。私も小さい頃から漫画は読んでますし、一度取り入れてみようかなぁと」

「いいと思うぞ。少なくとも前のやつよりはずっといい。

 なんつーか、既存のものを真似している感が、薄くなってる。そりゃ、描き慣れてないだけあって、ちょっと違和感はあるけどよ」

「そうですね。これからしばらく練習して自分のものにしていこうと思います」


 小雨は本当に、吸収する力っつうか、そういった意欲が強い。


 何にでも影響されて、見たもの聞いたものを自分の一部にしていく。

 それは、俺や蓮や瑞樹……2年組の誰も持っていない力だと思う。


「これが描けたのも、見谷川祭りで昴一先輩に協力してもらったからですね」

「やめろって、照れくさい」


 小雨が吐いたくさい台詞はもちろん、絵をさらした事実自体が照れくさい。


「ところで昴一先輩」

「なんだ?」


「大切な人は喜んでましたか?」

「大切な人ってなんだ?」

「え? いえ、見谷川祭りを頑張るきっかけになった大切な人のことですよ」

「誰のことだ?」

「誰のことって……」


 小雨が困惑した表情を浮かべる。


 いや、たしかに小雨とそんな会話をした記憶がある。

 あのときは、誰のことを思い浮かべて話をしていたんだったか……。


 小雨とか瑞樹とか蓮とか、普段つるんでるやつのことじゃなかったし、商店街の人たち関連でもなかった。

 見谷川祭りを頑張るきっかけ。


 確かにそうだ。特別なきっかけがなけりゃ、俺の性格上大事に手を突っ込むことはしない。

 間違いなく『何か』があったんだ。


 もうほとんど消えていた、心のうちにある違和感がまた色を強めた。




「………ただいま」


 絵の批評を終え、自宅に帰ってきた。

 未だに俺の中では、違和感が渦巻き、何とも言えない不快感を生み出している。


「いや、おかしいだろ」


 俺が見谷川祭りに関わることになったきっかけ。

 俺を変えたきっかけといっても過言ではない。

 それがすっぽりと抜けている。


 そして、それが抜けていることさえ忘れかけていたこともおかしい。


 確かに、見谷川祭りに関する俺の行動は違和感だらけだ。

 中心にいたのは、見谷川祭りではなくその抜けている『何か』であったとさえ思えてくる。


 蓮や瑞樹や小雨に指摘されるまでその違和感にすら気づけなかった。


 この様子じゃ多分、こうして頭を抱えているだけじゃ思い出せそうにない。

 手がかりがあるとすれば、頂きにある神社だが、一昨日行った時には何もなかった。

 まだなにか、重要なことを忘れてるんだ。


「絶対手がかりはあるはずだ」


 カバンをひっくり返し、アイディア帳を開く。見谷川祭りの準備中に書いた大量のラフを見るが、どれもピンとこない。

 同じようにパソコンを開けたり、ポスターのためにデザインしたキャラクターを見直したりするが、やはりどれも違う。


 他に、手がかりになりそうなものはあったか……。


「そういえば」


 机の引き出しの中に、暇つぶしで描いた絵が入ってある。見谷川祭りの準備中も少しは描いていたはずだ。望み薄であることはわかっているが、可能性があるなら見ておきたい。


 そして……。


 そこには、見覚えがないスケッツブックが見つかった。


「これは、なんだ?」


 ページを一枚めくる。


 そこには、和服の少女が描かれていた。

 年は、俺と同じくらいだろうか。腰ほどまでに垂れ流された長い黒髪の根元は、粉を被ったように白く、淡い色の着物を着ていて、その瞳はとても人懐こそうだ。


 その少女は、俺の喪失感に強く反応した。


 誰なんだ? オリジナルキャラクター……、じゃないよな。

 俺はこんな実写風のタッチではキャラクターを描かない。

 でも、このスケッチの雰囲気は間違いなく俺が描いたものだ。


 スケッチブックをさらにめくる。

 次のページも、その次のページも同じ少女が描かれていた。


「くっ」


 一瞬だけ、頭痛がして、頂の神社が頭をよぎった。


 『頂の神社』『和服の少女』『見谷川祭り』『喪失感』『抜けた記憶』。


 おそらくピースは揃っている。でも、それでも思い出せない。


「……行かねぇと」

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