26.あふれる歓喜、涙のわけは。
やった! やったぞ! やったんだ!
交代の時間が来たので、運営テントの番を変わってもらい、自由行動に入った。
自由行動に入ると、いても立ってもいられなくなり、人目をはばからず、商店街内を疾走していた。
もちろん、ミヤに会うためだ。
とうとう達成したんだ!
自信とは裏腹に人が集まらなかったらどうしようとか、最後の最後で何かしらのハプニングが起きて、全てがおじゃんになったらとか、不安はたくさんあったけど、そんな急展開もなく、俺は、俺たちは目標を達成したんだ!
そりゃそうだ。この世界は漫画とは違う、俺は主人公とは違う。
やることをやればきっちりと成果が返ってくるんだ!
商店街を走り抜け、神社へと続く階段へと差し掛かった。
少々息が切れてきたが、それでも俺の足は、ちっとも鈍らない。
今日で終わらない。まだまだ続くんだ!
ひとりぼっちだった神様と、平凡な高校生の繋がりは! 今年も、来年も、再来年も!
階段を、上り、上り、駆け上る。
この階段の歩幅にもすっかり慣れたせいか、最初の時見たいに、つまずかず、頂上に立つ鳥居までの距離を、どんどんと縮めていく。
こんなに嬉しいことはない! 今までの人生の中で、最高の気分だ! 最高の瞬間だ!
ミヤと話したい! この喜びを共有したい――!
「――……?」
鳥居の足下へとたどり着き、切れた息を整える。
それと同時に、目の前に広がる異様な光景に息をのんだ。
今にも崩れそうなほど困憊した祠と威厳を主張する鳥居。
そして、じっと祠を見つめ、寂しそうな背中を見せるミヤ。
以前、聞いたことがある。
ミヤは、この敷地から出られないにもかかわらず、どうして自分が死ぬことを、もとい見谷川祭りが終わることを察知できたのか? と。
答えは『自分のことだからわかる』だ、そうだ。
逆に言えば、ミヤの生存が確定した時点で、ミヤ自身もそのことがわかっているはずなんだ。
なのに、なんで……。
「そんなに、悲しそうなんだ……? ミヤ」
『コウ……』
「…………!」
振り向いたミヤの目には、涙が溜まっていた。
「な、なんで泣いてんだよ。お前にとって嬉しい状況のはずだろ。
うれし泣き……って、感じじゃないよな? 何があったんだ?
もしかして、この後何か起こって、見谷川祭りの続行が不可能になんのか?」
いくら目標を達成したとはいえ、強烈な不祥事が起これば、来年以降の祭りがなくなる可能性はある。
でも、それがわかっているなら、未然に防げるかもしれない。それならまだ、手はある。終わってなんかいない。
『違うよ。見谷川祭りは今年で終わらないよ……』
「だったらなんで泣いてんだよ」
『コウは、私の願いを叶えてくれた』
「なら笑えって、何か不安になるだろ」
『だから』
「――これからも、一緒にいられるんだろ?」
『――今日で、お別れだね』
は? 今なんで言った?
お別れ? ミヤの死は回避できたのに?
だったら何で……?
俺の頭がフル回転で事態を飲み込もうとしている中、俺の瞳には、ミヤの変化が映った。
「お前、透けてないか?」
足下が僅かに、透明掛かっていた。僅かな光を放ち、少しずつ、少しずつ透けていく。
『ははは、やっぱり、そう見えるんだね。大丈夫だよ。死ぬわけじゃない。コウの中から、消えるだけだから』
ミヤの困ったような笑顔と、涙を溜めた目と、震えた声。
その全てが、これからくる『お別れ』が本物であることを告げていた。
『……最初にも言ったけれど。神様は、神様を必要とする人の前に現れて、その人の願いを叶えることが役目なんだ。
そして、今日、コウの願いが叶った。だから、私はもういらない。だから、お別れなんだよ?』
ミヤが、お別れの理由を、一つ、一つ、ゆっくりと涙の籠った声で、告げた。
なんだそれ? なんだそれ!?
つーことは何だ? 見谷川祭りが成功しようと、失敗しようと、俺とミヤが今日別れることは決まってたってことか?
そんなのありかよ? つーかおかしいだろ?
ミヤの願いを叶えたいってのは、嘘の願いだ。ミヤを繋いでおくためにとっさについた嘘だ。
だったら、今から、願いが嘘だってことを明かして、別の願いを言えば、まだ一緒にいられるんじゃないか?
そうだ。そうすればいいんだ。
「ミヤ! 実は嘘なんだ! お前の願いを叶えるのが願いって言うのは! 俺の本当の願いは――」
『違うよ。それじゃダメだよ。嘘の願いじゃ、意味がないよ』
「は? なに言ってんだ。ミヤ」
なんで嘘の願いだとわかった。いや、それ以上に嘘の願いじゃダメだってどういう意味だ。
実際今まで、嘘の願いで一緒にいて、嘘の願いが叶ったから別れることになってるんじゃないか。
「嘘の願いじゃダメ? そんなわけねーだろ! 実際嘘の願いが今までまかり通っていたんだぞ!」
『ううん、神様の願いを叶えたいのが嘘の願いだったとしても、その裏でほんとの願いが動いていたんだよ。
それが何なのか私にはわからないけど、胸に手を当てて考えたら、何か心当たりがあるはずだよ』
「本当の、願い?」
俺の本当の願い?
もしかして非日常との出会いか?
違う、それだったらミヤと出会った時点で叶ってる。このタイミングでミヤが消えるのと理屈が合わない。
非日常と一緒にいること?
それも違う、俺はもっとミヤと一緒にいたい。まだまだ叶ったとは言えない。
願い……、俺の願い……。
俺は何が欲しかったんだ?
ミヤと合う前から、楽しいことはあったし、辛いこともあった、でも、それでも平凡な淡々とした日常。
それを、脱却するために俺は非日常との出会いを夢見てた。
でも、それは結局、一つのことに帰結するんだ。
そうか、そうだったのか。
俺の願いは……。
「俺にしか出来ない何かを、成し遂げること……?」
それが俺の願いで、それが叶ったから、叶ってしまったから。俺とミヤが別れる……?
膝から崩れ落ちる。努力して、成し遂げて、でも、それが実を結ばなかった。
「……知ってたのかよ。こうなるって」
ミヤが小さく首を縦に振った。
「なんで、言わなかったんだよ」
『聞かれなかったから……ていうのは、うそで。怖かったんだ。
コウが努力しても、け、結局はお別れになるって言うのが、怖かったんだ』
ミヤが震えた声で言う。
『もし、言ってしまったら、コウが、もっと早く離れていってしまいそうで、こ、怖かったんだ。
……怖かったんだよぉぉ』
とうとう、ミヤの涙腺は崩壊し、ぼろぼろと泣き出してしまった。
『ごめん! ごめん! 黙っててごめん!
それが、コウが一番嫌がるってわかってたのに、言い出せなかった! 怖かった!
ごめんなさい! ごめんなさい!』
ミヤが涙ながらに言う。
「泣きてぇのはこっちだっつーの! 俺は、何の心の準備もできてなかったんだぞ!?
あんたはいっつもそうだ! 大事なことは何も言わない! 今までは、別にそれで良かったよ! 知った後に対処できたからな! でも、今回はなんだ!? もう手遅れじゃねぇか! 何でもっと早く言ってくれなかったんだよ!
これじゃ……別れを惜しむことも……」
言いたいことを言って、叫ぶだけ叫んで、叫び終わったら、俺まで涙が出てきてしまった。
涙で歪んだ視界には、徐々に、徐々に光に包まれて透けていくミヤが映る。
その景色は幻想的で、だけどそれ以上に悲しく。
俺はただ、ミヤが消えていくのを見ているだけだ。
「あ、ああ……!」
何かを喋ろうと、口がわずかに動くが、伝える言葉は見つからず、声を発することはかなわなかった。
別れの言葉も、最後の足掻きも、何も思い浮かばない。
本当に、このまま『さよなら』も言えずに、終わるのか。
いやだ。いやだ。いやだ。
せめて最後に一言くらい――。
『楽しかった!!』
「うおぉっ!?」
俺が最後の言葉を見つけるのに必死になっていると、突然ミヤが飛びついてきた。
顔が交差して、ミヤの表情は見えないが、きっとまだぼろぼろと泣いているんだろう。
『コウと出会って!お話しして! 触って! 遊んで!
今までの、寂しいが全部吹き飛ぶくらい、楽しかった!』
ミヤは俺を強く抱きしめたまま、思ったことを、ありったけを、ぶつけてくる。
『最初は私とお話しできる『人』が現れたことがただただ嬉しかった!
でも、いまは、最初の人がコウでよかったと思ってる!
コウは私に楽しいことをたくさん教えてくれた!
コウは私に毎日会いにきてくれた!』
その言葉は、今までの神様にはないくらい、感情がこもっていて、まっすぐで、俺の心に響いてくる。
『そのうち、私の時間はコウと一緒にいる時間と、コウを待つ時間の二つに分かれて、鳥居の向こうからちょっとでも音が聞こえたらコウが来たんじゃないかって飛び出して、でも違ってガッカリしたり、そのくらい……。
そのくらいコウといる時間が楽しかった!』
そんな風に思っていてくれてたのか、独善的になっていないか? 俺たちは対等な関係で居られているのか? なんてことばかり考えていた自分が恥ずかしくなる。
『私と出会ってくれてありがとう! 私と一緒に居てくれてありがとう! コウとはもうお別れだけど、コウと一緒に居た思い出はずっと忘れない。またひとりぼっちになるのは辛いけど、コウとの思い出があるからもう怖くないよ!
心配いらないよ! ありがとう! 本当に、ありがとう! 楽しかった! 嬉しかった! 幸せだった!』
ミヤはありったけの気持ちの全てをさらけ出し、今は手の内で泣いている
。
ここまでしてくれたんだ、せめて俺も、俺自身の素直な気持ちと、別れの言葉くらいは言ってやりたい。
「ミヤ、俺も――」
言葉はまとまらなくても、思ったままを言えばいいんだ。ミヤがそうしてくれたように、俺もそうするんだ。
「俺も、ミヤに出会えて――……?」
突然、俺が支えていた『何か』が消えた。
「あれ……? 俺、なにやってたんだっけ?」
自分でもわからない。膝をつき、涙を流し、『何か』を抱きしめていたと思う。
でも、腕の中に居た『何か』はそこに存在しない。
何をしていたかわからない。何を思っていたかわからない。
なのに、なんで……。
「なんで、こんなに、悲しいんだ……?」
悲しい理由はわからないのに。
ボロボロと溢れ出る涙は止まらなかった。




