20.絵の練習、神様の容姿。
一通り話し合いが終わったあと、小雨の家で解散し、一度自宅を経由して、俺は神様の元へ向かった。
通い慣れた階段は今日も俺の太ももに疲労を与えるが、いまさらそんなことは気にならない。
「よう、来たぞ」
『いらっしゃい。待ってたよー。今日は何をするの?』
「今日はちょっとやってみたいことがあってな」
祠の縁側に座ると、家から持ち出したデジタルカメラと鏡と筆記用具を広げた。
『これで何をするの?』
「それをする前に質問なんだが、あんた、自分がどんな顔してるか知ってるのか?」
今、試しに持ってきた鏡をかざしたが、そこに神様は映っていない。もちろん、俺から見た鏡に神様が映っていないだけで、神様から見た鏡には神様が映っているのかもしれない。
『そういえば知らない、かも。鏡には映らないし』
「興味あるか?」
『うん、すっごく!』
神様が目を輝かせる。
それはよかった、とデジタルカメラで神様を撮る。
『それはカメラ?』
「おう、カメラは知ってるんだな。……やっぱり写らねぇか」
画面に映っているのは祠と木々ばかりだ。
だが、ここまでは案の定というやつで、確実に神様を映せる方法を用意してある。
『カメラにも写らないんだね。だったらどうするの?』
「簡単だ。俺があんたの肖像画を描く」
鉛筆を取り出し、スケッチブックを広げた。
小雨に比べると、俺のデッサン力はミジンコみたいなものだが、それでもそこら辺にいるやつよりはできる自信がある。
神様の顔をそっくりそのままは無理でも、それっぽく見せることはできるだろう。
『絵、描けるの?』
「そんなに上手くはねぇけどな。ぶっちゃけると、絵を練習するためのモデルが欲しくてこの話を持ち出した」
一日二日で絵がうまくなるわけがないが、少しでも勘を取り戻すために多くの絵を描いておきたい。
で、身近にモデルを頼めそうなのが神様しかいなかったってわけだ。
神様の姿を写すためなんてのは、とっかかりとか、建前とかそんな感じだ。
『うん、いいよ。楽しみだなぁ』
「そんじゃあ、無理のない体勢になって、じっとしておいてくれ」
『わかった』
神様はふわりと浮くと、軽く腰をかけたような姿勢で止まった。それが一番楽な姿勢なのか。
「そんじゃ、はじめるぞ」
目に映るままに、神様の輪郭をなぞっていく。
「……あんたって、疲れたりするのか?」
少しして、ただ筆を走らせてるだけってのも退屈だから質問してみる。
この神様は『動くな』と言えば素直に動かない。さっきから微動だにしていない。
『うーん、そうだなぁ』
神様が頬に指を当てて考える。
「動かない」
『ご、ごめん』
神様がその都度するわかりやすい仕草は好きだが、この時に限り封印してもらうしかない。
『…………』
「そんで、どうなんだ?」
『…………』
「どうした?」
『……えーっと、喋っても、いいの?』
「あ、ああ、口元ぐらいは動かしていいぞ」
本当にこの神様は……。
まあ、変に神々しいよりはこれくらい親近感がわくような神様の方がずっといい。
『体が疲れることはないよ』
「体調が悪くなったりは?」
『うーん、それもないかな。病気になったり、目が悪くなったりしないし、ずっと、逆さまで浮いてても頭に血は上らないし、ぐるぐる回っても、目は回らない。あと、眠くなったりお腹が空いたりもしないかな』
「ふーん」
その辺はやけに神様らしいんだな。
つーか、眠くならない、か。逆に言えば、夜眠れないってことだろ?
暗い寂れた神社で、静かに時間が過ぎるのを待つのか……。
神様が生きている時間は、俺とさほど変わらないが、神様が起きている時間は、俺よりもずっと長いんじゃないだろうか?
それだけの時間を、ずっとひとりぼっちで……。
「……そういや、あんたって常に浮いてるだろ?」
『うん、地面に触ることができないからね』
「そんで、俺に触ることができるだろ?」
『うん、キミは特別だからね』
特別という響きが嬉しかったりするが今は置いておく。
「あんたって、俺を掴んで飛ぶことってできるのか?」
『あー、なるほど。やってみなくちゃわからないけど、たぶん無理なんじゃないかな。そんな気がする』
感覚的に、自分の重量+俺の重量は持ち上げられそうにないということだろうか。
「どうせだし今度やってみるか。ちなみに、この神社から外に出れないってのは聞いたけど、上はどのくらい高い所まで飛べるんだ?」
『どうだろう、だいたい神社が人差し指と同じくらいの大きさになるくらいまでなら飛べるよ』
もともと、ここは山の上にあるし、そこそこ上空まで飛べるんだな。
「よし、できた」
そして、絵が完成する。
完成までかかった時間亜h15分くらいか。
もっと時間をかければ、影とか質感とかもそれなりに再現できるが、屋外でそこまで描き込むのはさすがにしんどい。
デッサンというよりスケッチだ。
『みせてー』
「ほら」
小雨や瑞樹に見せるのはあんなに抵抗あったのに、神様に見せるのには抵抗がいっさいなかった。
この神様相手に緊張しても仕方ないし。
『これが私……?』
「おう、そりゃちょっとズレてる部分はあるが、結構上手く描けた方だと思うぞ」
俺にしては、と心の中で付け足す。
『へー……』
「自分の顔の感想はどんな感じだ?」
神様は俺の描いた絵をまじまじと見つめると、
『……けっこうかわいいね?』
ぼそりと呟いた。
「ぷっ」
神様がそんなこと言うなんて意外で思わず吹き出してしまった。
『え? なんで笑うの!? これって、キミにとってはかわいくないの!?』
「ははっ。いや、可愛いって、可愛いよ」
それを聞くと、神様は上機嫌そうにゆっくり回転しながら上昇した。
『そっか、かわいい。かわいいのかぁ。嬉しいなぁ』
見た目には無頓着そうだったが、そうでもないんだな。
神様の中身は、基本女の子だしほとんど人間、容姿が優れていることは嬉しいことなのだろう。
できることなら、髪を結ったり、化粧をしたり、お洒落な服を着たりとか、そういった当たり前のことをさせてやりたい。
が、それは無茶な願いか。他の何にも干渉できないということは、裏を返せば他の何にも干渉されないということで、その制約はそんな些細なことさえ許してくれない。
『ねえ、もっと描いてよ』
「ああ、いいぞ」
神様が微笑む、オレも釣られて微笑んだ。




