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19.将来の夢、昔の夢。

「これ、オレから見たら良く描けている。……何がダメなんだ?」


 瑞樹が言った。


 それ掘り返してくるのかよ。と、思ったが、俺としても若干魅力に欠けていると感じただけで、決定的にダメな部分はない。

 ここまでくれば感覚の問題であり、本人や周りが納得するかしないかで絵の完成未完成が決まる。


「えーっと、ですね。漫画の良さを引き出せていないというか、なんといいますか……」

「確かに若干実写寄りではあるが、絵筆で描いているんだこんなものだろう……?」


 絵のことがわかっていない人の意見。


 だが、このイラストを見る人の大半は、『絵がわかっていない人』だ。

 客観的に見れば、瑞樹の意見の方が正しいのかもしれない。


「いえ、完全な漫画絵は一週間程度で描けるようになるはずがないので、その部分は捨てています。それでも、やはり私の描くキャラクターが漫画に溶け込めていないといいますか……。そんな感じです」


 それに対する、絵を描いている人のこだわり。

 それは時にエゴとなるが、芸術にとって最も大切な要素であることには違いない。


「なるほどな……」


 瑞樹が納得したのか納得していないのかよくわからないトーンで答え、


「ならばデザインは昴一に描いてもらえばいい」


 恐ろしいことを言った。


「はぁ? 俺!?」

「昴一先輩がですか!?」


 俺と小雨が声を揃える。


「以前、昴一がノートの端に絵を描いているのを見たが、あれは上手かった。それに、漫画調のものだったな。……実はそれなりに描いているんじゃないのか?」


 そんなことがあったか?


 いや、中学のときならいざ知れず、高校に入ってからは人前で絵は描かないようにしてたはずだ。

 でも、暇な時描いているときもなくないし、つーか、本当に見られてたならめちゃくちゃ恥ずかしいぞ!


「そうなんですか!? そういえば、ラフのイラストとかも上手ですよね」

「い、いやそんなことないぞ! 俺は絵をいっさい描けない!」


「いっさい描けないなんてことはないはずだ。漫画はオレたちの中で一番読んでいるだろうし、あの絵はオレよりずっと上手かった」

「それは、瑞樹の絵が下手すぎるだけで……!」


「ならば、白黒付けよう。……絵を、描いてくれ」

「一度でいいから見せてください!」


 瑞樹が意地悪に笑い、小雨が目を輝かせる。

 まずい。このままでは本当に俺のつたない絵を晒すことになる。


「か、勘弁してくれ! 小雨の絵に比べると、俺の絵は本当に小学生の落書きレベルなんだって!」

「それは、小雨が上手すぎるだけだ。……それに、いまはデザインの話だろう? 大切なのは漫画をどれだけ知っているかで、絵の上手さは関係ないと思うが?」


「お、おい。論点をずらすな!」

「……本当にそれでいいのか?」


 俺が往生際悪く拒否していると、次は諭すような口調で攻めてきた。


「な、なにがだ?」

「これだけ目を輝かせてる小雨をガッカリさせていいのかと聞いている」


 たしかに、小雨の目はキラキラと輝いていた。同族を見つけた目だ。


「なあ、小雨。……見れないとガッカリするよな?」

「はいっ、見せてくれないとガッカリします!」

「く、くそぉぉ!」


 その攻め方はずるいだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!




 所変わって俺の家。


 結局、俺は観念し、つたない絵をさらすことにした。

 せめて、俺よりも上手くて年下である小雨がいなければこれほどの抵抗はなかったのだろうが、今それを言っても仕方がない。


 ほとんどは小雨のために見せるのだから。


「あまり期待すんなよ。マジで大したことねぇんだから」

「しつこいな」


「能ある鷹は爪を隠すってやつです」

「なるほどな」

「おいっ」


 なんだか、小雨までノリノリである。


「あんまり、昔の見せても仕方ねぇし、最近描いたやつ見せるか」


 だいたい、小学3年からの絵は全部とってあり、家族に見られないようこっちへ持ってきている。が、さすがに、今回出番はないだろう。


「いえ、できれば昔の絵も見せてください」


 と、思っていたら、そんなこともなかった。


「勘弁してくれ」

「……誰も笑いはしないさ」

「…………」


 絵を人に見せるのなんていつぶりだろうか、たしか中学1年くらいまでは友達に見せていた気がする。


「たしかここに……あった。重てぇな」


 押し入れの奥から箱を一つ引きずり出す。


 もともとはファンヒーターが入っていた段ボールだ。

 蓋を開けるとそこにはぎっしりと自由帳が詰まっていた。


「こんなかにあるのが中3までのやつだ」

「……凄い量だな。それこそ、プロを目指せる練習量じゃないのか?」

「こんなもんじゃ全然たりねぇよ。それにこれは、練習じゃねぇ。俺は趣味が努力に変わる前に絵を描くのをやめたからな」


 これを見て、小雨が驚いていないのがその証拠だ。小雨はもっと描いているのだろう。


「で、こっちが高校に入ってからのやつだ」


 引き出しから取り出したのは、コピー用紙の束。中学3年までの量に比べると、こじんまりとしている。こっちは、遊びでも努力でもなく、本当に気まぐれで描いた分だ。


「……やはり、上手いじゃないか」


 瑞樹がコピー用紙に描かれている絵を見ながらいった。

 小雨は段ボールの自由帳をぱらぱらとめくっている。


 ほめられるのは嬉しいが、それ以上に恥ずかしく、全身鳥肌の嵐だ。


「……これを見たら納得しました」

「なにがだ?」

「昴一先輩の絵への指摘は的確すぎると思っていたんです」


 絵に関する知識も技術も小雨の方が上だ。

 でも、目線が違えば見えてくるものも変わる。


 絵を全く描かない初心者の指摘でも案外的を射てたりするんだ。

 ちょっとでも絵をかじっていたら、指摘するだけなら十分にできる。


 そのあと導いたりはできないから、戯言と変わらないのだが。


「……それで小雨。どうするんだ?」


 それはつまり、俺に絵のデザインを依頼するかという話だ。


「間違い探しを広告として配るなら、それなりにパターンが必要なはずだ。 ……子供に飽きられないようにするなら、テイストも変えられるなら変えた方がいい。

 それをするには、昴一の力があった方がいいだろう……?」


 いや、おそらく小雨は断るだろう。


 俺の画力は小雨の足下にも及ばない。

 今更俺が加わった所で足手まといにしかならない。


「はい、お願いしたいと思います」


 だが、小雨の考えは、俺の考えとは真逆だった。


「本気でいってるのかよ。気ぃ使わなくてもいいんだぞ」

「本気です、気を使っているわけでもないです」


 小雨が自由帳でたまたま見ていたページを俺たちに見えるよう開いた。


「一つ一つの描き込みが凄いです。愛を感じます」

「でもやりたいこと詰め込んだみたいな、独りよがりなキャラデザだろ?」


 俺の場合は遊びが努力に変わる前に描くのをやめてしまったから、それが当たり前なんだ。


「たしかに、このページのものに限らず、前のページも、その前のページも、独りよがりなものかもしれません」


 自分で卑下にしておいてなんだが、実際言われると刺さるな。


「それでも、これだけ描き込めるということはそれだけ描くことが好きだからです。

 それに今の昴一先輩にはこのときの昴一先輩と違って、デザイン力があります。

 足りないデッサン力は私が補いますので、昴一先輩のデザイン力を私にわけてください」


 俺のデザインを、小雨が絵にする、か。


 自分の絵をさらす恥ずかしさや、俺が小雨の足を引っ張ってしまうのではないかという不安。

 断りたい要素はたくさんある。


 だが――小雨がまっすぐと俺の目を見た。本気の目だ、本心の目だ――断るべき要素は一つもない。

 そもそも、漫画家になる夢はあきらめたが絵を描くことが嫌いになったわけじゃない。


「そこまで言われたら、断れねぇな」


 捨てた夢、その欠片を少しだけ拾ってみよう。

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