17.昂一の友人、大切な人とは。
放課後。
立川画材店の前でみんなと別れたあと、神様の元へ向かう。
出会ってから一週間以上経つわけだが今のところ、皆勤賞だ。
それが、これからも続いていくのだろう。
祭りが始まるまではもちろん、祭りが終わった後も。
「よう」
『いらっしゃい』
今日も神様に迎えられ、祠の縁側に座る。
まだ出会って一週間と少し、だが、確実に生れつつある習慣の一つだ。
『今日は何をしようか?』
神様がニコニコと俺の周りを浮遊する。
「ああ、今日はいつもと少し趣旨が違ったもの持ってきたぞ」
『いつもと違うもの?』
「おう」
そう言い、携帯をとりだした。
未だに、スマートフォンの事を携帯と呼ぶか、スマホと呼ぶか悩んでいるが、今は携帯と言っておく。
「見谷川祭りで流す音楽だ」
いつもは、神様と一緒に遊べるものを持ってきているのだが、今回は祭りに関係のある品物を持ってきた。
『見谷川祭りで流す音楽』だなんて言ってみたが、企画が通らなければ、この今日が見谷川祭りで流れることはない、なんてことは気にしない。
『へぇー、音楽かぁ。それから流れるの?』
「おう」
そうか、電子機器のことはあまり知らないんだな。当然か。
『音楽なんてめったに聴けないから、楽しみだなぁ』
神様が何気なしに放ったその言葉が、俺の心に少しだけつっかえた。
こんなところに閉じ込められたら、音楽を聴く機会すらあまりないんだろうな。
正直な話、見谷川祭りで商店街まで出たときと、遠くから聞こえる太鼓の音くらいしか、音楽を聴いたことがないのではないだろうか?
漫画やボードゲームみたいな少々頭を使うものより、音楽みたいな感じることが出来る娯楽の方が、今の神様には必要なのかもしれない。
タッチパネルを操作して、音楽を流す。
もちろん、神様はイヤフォンなんて付けることが出来ないので、携帯についてあるスピーカーでそのまま流した。周りに人がいるわけじゃないし、迷惑をかけることはないだろう。
神様は目を閉じ、まわりを浮遊する。
聞き入っているのか、それとも他の何かを考えているのか、俺にはわからない。
『これは、キミが作ったの?』
音楽を一通り流し終わると、神様が口を開いた。
「いや、俺の友達」
『もしかして、この前商店街で出合った子?』
小雨のことか。
「違う、いま見谷川祭りの企画案は俺を含めた4人で作ってるんだが……、つーかちょっと待ってろ」
携帯を手に取り、音楽を流したまま別の操作をする。
「えーっと、あった」
俺が少し操作した後、携帯の画面に表示されていたのは、俺、小雨、蓮、瑞樹――いつもの4人が写った写真だ。
俺は写真とかあんまり撮ったりする方じゃないが、今年の夏祭りに行ったときに、記念に1枚だけ撮った。
『あ、キミがいる。これって写真も写せるんだね、すごいなぁ』
「おう、ちなみに音楽を作った奴はこいつ」
そう言い、瑞樹を指す。
「で、いまここに写ってる4人で見谷川祭りの企画案をしてるんだ」
『へぇー、この人たちが、キミの大切な友達なんだね』
「ま、まあそうなるな」
友達だと思ってるし、大切であることも間違いないのだが、改めて言われると照れるな。
『もっと教えてよ。この人たちのこと』
「うん、そうだな」
そうか、俺は俺の友達のことすら、まともに話していなかったんだな。
「まずはこいつ、さっき言ったとおりこの音楽作った奴だ。名前は瑞樹」
もう一度瑞樹を指して言う。
瑞樹は写真を取られたりするのがあまり好きじゃないので、少々不機嫌そうな顔をしている。
「俺と同級生で、バイト仲間でもある。普段あまり喋らねぇが、要領が良くてさりげなく支えてくれてたりする。作曲家志望で、暇さえあれば音楽聴いてるな」
主に授業中に。
「次はこいつ、名前は小雨。前、商店街で会ったやつだな」
小雨を指して、言う。
この日小雨は浴衣を着ていた。
下駄で歩くのに慣れていないせいで、何度かつまづいてたな。
「俺の一つ下の後輩で、ちょっと抜けてるところがあるが、気が利くいい奴だ。
将来はイラストレータ――絵を描く職業を目指してる。また、今日みたいな感じで広告が完成したら小雨の絵も見せに来ると思う」
『へぇ、絵を描く人なんだぁ。この前見せてもらった漫画みたいな絵を描くの?』
「あれよりは、実写寄りだな。まあ、絵のこと口で説明しても仕方ないし、見てからの楽しみってことにしといてくれ」
『うん、楽しみにしてるね』
もったいぶっても、恥ずかしくないくらいに小雨の絵は上手い。
「最後はこいつ。名前は蓮」
蓮を指差す。
この日もいつもと変わらず男物の制服に身を包み、どこか含みのある笑みを浮かべている。
『この人は、男の人……? 女の人……?』
「女だ」
確かに写真じゃわかりづらいかもな。
特にこの神様は、人とあまり交流がないみたいだし、人の性別を見分ける目が常人に比べて育っていないのだろう。
さすがに、実際に会えば、仕草とか、体型で察せると思うが。
「こいつが将来目指してるのはイベントプランナー。ザックリいうと、お祭りとか人が集まることを企画する職業だな」
『へぇー、って見谷川祭りにぴったりの人じゃないの?』
「おう、だから手伝ってもらってるし、いつの間にか仕切ってる。人と話したり司会進行とかがとにかく上手いんだ」
『へぇー。頼もしい友達がいっぱいいるんだね』
「そうだな。みんな頼れるやつだ」
そして、その頼れるやつらに頼るのをためらってた俺は、阿呆と言うわけだな。
まあいいさ、失敗から学べばいいし、失敗は取り戻せばいい。
何が何でも、神様は死なせない。
『…………』
「って、どうしたんだ? 急に黙って」
みんなのことを話し終わったら、神様が俯いて喋らなくなった。
『……ごめんね』
「は? 何でいきなり謝るんだよ」
この神様は、わかりやすい部類に入ると思うが、生きてきた環境が環境だけに、予想の斜め上をいくことを考えてたりする。
ここまで、説明もなしに謝られたら、さすがに察せない。
『キミの大切な人たちは、それぞれ特技を持ってて、それぞれキミの役に立てるのに。
わたしは……わたしもキミの大切な人でいたいのに、何の役にも立てずに、迷惑ばかりかけて……』
神様が、思ったことを口にする。
言ってることは、まとまっているようでまとまってなくて、それでも、なんとなく言いたいことは伝わってきた。
まあ、なんつうか。
「ちゃんと、言葉にしてくれた分、成長してるわな」
『あたっ』
神様のデコを小突いた。
「なんつーか、あんたがいたから、俺が動いて、みんなが動いたんだよ。
俺やみんなの力が発揮できるのは、あんたがいたからだ」
『だから自分を過小評価するな』とか『十分役に立ってる』とかは蛇足かと思い、いったん口を閉じる。
変わりに、大前提となる気持ちを口にした。
「それに、俺は役に立つかどうかで、大切な人を選んだりしねぇぞ」
『……あ』
「それとも、俺はあんたの役に立てなかったら、大切な人じゃなくなるのか?」
『そ、そんなことないよ!』
ちょっと意地悪なことを言ったら、神様はあわてて否定した。
「だろ?」
最後は少し説教臭くなったが、俺にしてはコンパクトにまとめられた方だな。
こうゆうとき、蓮ならこの上なく上手に叱れるんだろうし、瑞樹ならひと言ふた言にまとめるだろう、小雨ならいつの間にか励ましてるかもな。
神様も運が悪い、よりにもよって出会えたのが俺なんだから。
半面、俺は最高に運のいい男だ。それは間違いない。
『あ、でも、役に立つ立たないで、大切な人を判断していないんだったら、キミは何で判断しているの?』
「ん?」
また変な事聞いてくるな。
「じゃあ、あんたはなにで判断してるんだよ」
『えー…と、わかんない?』
「そんなもんだって。……もうこんな時間か。今日は帰るよ」
『わかった、明日も来るの?』
「もちろん」
誤魔化した、が。そうだな。
また会いたいと思える限り、大切な人なんだろうな。