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15.出来たラフ案、小雨と相談。

「出来た!」


 夕方、自宅に帰った俺は鉛筆で一枚のラフを書き上げた。


 縦に割られた構図には、似た絵が二つ。下段部分には、間違い探しの説明を交えた見谷川祭りの宣伝。

 神様に間違い探しを遊んでもらった結果、非常に好評だった。


 俺もかなり好感触だったし、決まり次第すぐに家に帰って、アイディアをまとめて、苦労することなくラフ(下書き)の段階へと持ち込むことが出来た。


 あとは、これを小雨に伝えてイラストを描いてもらう。

 そして、小雨がイラストを描いている間に俺は素材作りだ。


 ラフを渡すのは翌朝でも遅くはないが、できるだけ早いほうが良いだろうと、小雨に電話をかける。


『は、はい! 小雨です!』


 今回も、ワンコール目が終わる前に小雨が電話に出た。


「昂一だ。いま暇か? 画材店の手伝い中とかだったらかけ直すが」

『だ、大丈夫です! すっごくだいぶん暇です!』

「そ、そうか」


 すっごくだいぶん暇という、少々聞きなれない言葉にツッコもうかとも思ったが、スルーして続ける事にした。


「急で悪いが、広告のビジュアル案が完成したから、渡したいんだ。そっち行っていいか?」

『いいですよ。あ、わざわざ来ていただかなくても、私が行きます!』

「あー、いいって、今回は俺のわがままなわけだし、俺が行く」

『でも……いえ、わかりました。待ってます』


 譲り合いになるのを避けるためか、小雨が割と早い段階で引いてくれた、ありがたい。


「今すぐ行っていいか?」

『はいっ。……あ、やっぱり30分くらい待っていただけますか?』

「ん、わかった」


 むこうにも色々と事情があるのだろう。




 30分と少し余分に時間をとって、小雨の家を訪れた。


 持ってきたカバンの中には、入れっぱなしの筆記用具と無地のノート、A4サイズのファイルが入っていて、ファイルの中には今回仕上げたラフが入っている。


 たとえ、身内でも、後輩でも、ラフを見せる時は緊張する。


 一人で作ってる限り、完璧はないんだ。

 小雨の性格上ダメ出しはしてこないと思うが、それでも少しでも微妙な表情や間を作られたら心が折れそうになる。


 だがそれ以上に時間が無い。こんなところでもたついているわけにはいかないんだ。


「おじゃまします」

「あら昂一ちゃん、いらっしゃい」


 立川画材店に入ると、カウンターの中から小雨の母親が出迎えてくれた。


「今日はお客さんとして? それとも、小雨がお目当てかしら?」

「あ、えっと、小雨さんをよろしくお願いします」

「あらそう? うふふ」


 小雨の母親はなんだか嬉しそうに『関係者用扉』を開けると、大きな声で二階にいると思われる、小雨の名を呼んだ。


「お、お母さん! そんなにおっきな声で呼ばなくても、聞こえてるよ!」


 二階から慌てて小雨が駆け下りてきた。


「あ、昂一先輩。わざわざ来てくださりありがとうございます!」

「いや、俺もいきなり押しかけて悪い」


 速やかにお互いの社交辞令をすませる。


「今日は私の絵を見てもらうわけじゃないので、アトリエじゃなくて和室でいいですか?」

「おう」


 『関係者用扉』から小雨の家の中に入る。

 そういえば、小雨の家に来て、アトリエとトイレ以外のところに行くのは初めてな気がする。


 小雨に案内されて、一階を歩きリビングに入った。

 リビングに入ると、すぐに和室が見えた。


「…………」


 つーか、小雨から風呂上りの良い匂いがする。さっき入ったばかりなのだろう。


 あくまで予想だが、俺が電話したタイミングでは油絵を描いてて、溶き油の臭いが気になったから軽くシャワーを浴びたんだと思う。

 そのための30分だったわけだ。


 別に気にしなくてもいいのに、なんて思ったが俺が逆の立場でも気になってたかもしれないしな、何も言うまい。


「どうぞー」


 案内された和室は10畳ほど。家具は中心に四角い木の机と、端にあるタンスくらい。

 どちらも、それなりに年季が入っている代物だ。


 座布団を一つ出されたので、そこに座り、机をはさんだ向かいに小雨が座った。


「和室って良いよな」


 いきなり本題でも良かったが、ラフを出すには少々勇気が足りなかったため、てきとうな話で場を繋いでみる。


「そうですか?」

「おう。まあ、俺の実家に和室ねぇし、俺の住んでるワンルームのアパートにももちろん和室はない。だから、物珍しいってだけかもしれねぇが」

「あー、和室が良いかはわかりませんが、個人的にはこの部屋を気に入ってます。3時くらいにちょうどいい感じで日差しが入ってきて、お昼寝にはもってこいなんですよー」


 今も、夕方の傾いた日差しが部屋に入ってきているが、なるほど、確かに春や秋にはいい温度になりそうだ。


「あ、飲み物用意しますね。麦茶とお水と、少し待っていただけるならコーヒーと緑茶もありますよ」

「ん、麦茶で」


 コーヒーと迷ったが、わざわざ淹れてもらう手間と時間を考えると、麦茶で選択肢は固まった。


「はーい」


 小雨は和室から見えているリビングの方へ行くと、カウンターのような形になっているキッチンに入り、冷蔵庫からお茶を取り出した。


 お茶は、水筒をグレードアップさせたような専用の容器に入っていて、生活感を感じさせてくれる。俺の場合、飲み物は水か購入した飲料水なので、なおさら感じるのかもしれない。

 一人暮らしを始めて最初の頃は、お茶など自分で沸かしていたが、最近はめんどうくさくなってやめてしまったし。


「はい」


 小雨は、ガラスのコップに入った一杯のお茶を俺の目の前に置いた。


「サンキュ」


 左手に持っていたもう一杯のお茶はもちろん小雨自身のものだ。

 それを置くと同時に、また俺の向かいに座った。

 座ったとたん、少しだけソワソワとしながら、小雨が次の言葉を放った。


「そ、それでは、えーっと。ラフ案見せていただいて、いいですか?」


 小雨からそのことを切り出してくるとは思わなかったので、ちょっとだけ驚いた。


「お、おう」


 カバンを漁って、持ってきたラフ案を取り出す。


「そういや、小雨の絵はよく見せてもらうけど、俺のを見てもらうのは初めてかもしれねぇな」


 今回見てもらうのは絵じゃなくてアイディアだが。


「そういえばそうですね。いつもは私が緊張させられてますが、今回は攻守交代ってことで」


 さっきまで落ち着かなさそうにしていたくせに、そのことに気づいたとたん、ちょっとだけ得意げな表情を見せた。

 下手に緊張されるよりはこっちのほうが断然良い。


「それじゃ、頼む。微妙なところがあったら言ってくれ修正する」


 そう言って、ラフが描かれた紙を目の前に出した。小雨はそれを手に取り、眺める。


「おーっ、昴一先輩のラフ……、丁寧ですね」

「まあ、人に見せる用のラフだからな」


 人に見せる用のラフは、見やすい綺麗な線であることはもちろん、文字のサイズや配置にも気を使っている。伝わらなきゃ意味がないからな。


「なるほど。いいじゃないですかっ。特に間違い探しがいいと思います」


 実のところ、間違い探しのほかに何案か出していたのだが、やはり間違い探しに目が留まったようだ。

 とりあえず好感触だったようで、胸をなでおろす。


「ちなみに、『正』の方の絵を小雨に描いてもらって『誤』の方の絵は俺がイラストを加工して作ろうかと思ってんだけど、それでいいよな?」

「はい、間違いの部分以外が全く同じ絵を描くなんて私の技術ではできませんしね。あ、でも間違ってる部分にはめ込むイラストは、個別で描かせてもらいます」

「おう、そうしてもらえると助かる」


 もともと配置されているものを消して、貰ったイラストを差し込むだけで済むからな。


「ラフを見た感じだと、大雑把なイラストのイメージはありますが、細かな指定はないんですね。私が好きに描いていいんですか?」

「ああ、俺が絵についてとやかく言っても、あんまいいものは出来ないだろうしな。

 取っ掛かりがないと描きにくいかもと思って、大雑把なイメージは書いたが、無視してくれてもかまわねぇ」


 小雨は無茶な事しないだろうから、曖昧な課題も不安なく振っていける。


「わかりました。あと、これを見た感じ、ポスターじゃなくてチラシ形式にするんですね」

「そうなるな」

「サイズはA4ですか? たくさん配るなら、紙質は若干抑え気味のほうが良いかもしれません」

「確かにそうだな」


 紙やコストのとことなると、小雨は頼りになる。


「あー、あと、時間が有ったら、普通の宣伝用ポスターや新聞に挟むチラシも作ろうと思ってるんだよ。

 こっちは、イラストじゃなくてタイポグラフィーだけでいこうと思ってる」


 ちなみに、タイポグラフィーとは、文字全般デザインだと思ってくれたらいい。


「そうですね、去年使ったやつを流用するって手もありますが、完全素人が作ったもので見栄えもあまりよくありませんから、そうしていただいた方がいいと思います」


 去年使ったチラシも気になるところだが、昔のイメージに引っ張られてもいやだし、見ないでおこう。


「それで、一週間で描けそうか?」

「ええ、任せてください!」


 小雨はガッツポーズをした。


 学校でグループワークなどに取り組むとき、人に任せるのが不安で、『自分で全部の作業を出来たら良いのに』なんて思うときもあるが、小雨に任せることは、楽しみですらあった。

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