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■第9話 うずくまる背中

■第9話 うずくまる背中


 

 

その日。

朝から、サクラはやたらと張り切っていた。


朝食のためにリビングへ下り、よくかき混ぜた納豆を米飯に垂らした時

チクリとなにか痛みを感じた気はしたのだが、

然程気にせずもりもり完食し、弁当箱を引っ掴むと玄関を駆け出して行った。

 

 

3時限目の体育。

今日はグラウンドで男女混合ソフトボールの予定だった。


勉強はからっきしだが体育全般は大の得意なサクラ。

いつもは大体男女別れての授業だが、今回は男女混合。

サクラには、女コドモの玉遊びでは物足りなかった。


青いラインが入った学校ジャージに着替え、人一倍張り切って準備運動をし

嫌がるリンコの腕を無理矢理とって、背中を合わせペアストレッチをした。

 

 

男女混合のチーム対抗戦が始まった。

春のうららかな日差しが差すグラウンドに、賑やかな歓声が響く。


少し大きめのヘルメットを目深に被り、バッターボックスに立つサクラ。

両わきを軽く締め、握るバット。

あごは引いて、顔はピッチャーに対し正対させる。

体の中心軸がグランドに対して垂直になるようまっすぐ立って、

すがめる顔は、真剣そのもの。


女の子投げをしてヨロヨロとバットを振る輩では、満足など出来ないのは

明白だった。

 

 

 

たまたまこの時間帯は受け持ち授業が無かったハルキが、

化学準備室へ移動しようと渡り廊下を歩いていたところ、

丁度、グラウンドに見慣れた小柄な姿を見つけた。


思わず立ち止まり、廊下の窓の桟に肘をつき背を屈め、遠く眺める。

 

 

 

 『っしゃぁああ!!こいやぁあああ!!!』

 

 

女子高生とは到底思えないような、ダミ声での挑発がグラウンドに響く。

 

 

体を屈め声を上げ笑う、ハルキ。

その小柄に見入ってしまって、その窓から動けなくなっていた。

 

 

すると。


サクラが自信満々に振ったバットから快音が響き、全員の目が空へ追う。

その瞬間、思いっきり駆け出したサクラ。

途中、ちょっとコケかけて持ち直し、再び駆ける。

しかし、途中でその場にうずくまってしまった。

 

 

 

 『バッカ。コケてやんの・・・』

 

 

ニヤけて俯いたハルキの耳に、サクラの名を呼ぶ複数の声が聞こえた。


顔を上げると、サクラが腹部を押さえて顔を歪ませている。

体を折り曲げ苦痛に満ちた顔は、先程までのピッチャーを挑発する人間と

同一のものとは思えない。


思わず、内履きのサンダルのままグラウンドへ飛び出した。

少し湿った砂土に足元をとられ、思うように早く進めない。


その一足先に、サカキとリンコが駆け寄り、サクラの傍らで呼び掛け

両肩を掴んで心配そうに覗き込んでいた。

ハルキはそんなふたりの間に乱暴に割って入り、サクラを抱き起こす。

そして、サクラへ手を伸ばしたサカキに、

小さく低く、聞き取れるかどうかの声で呟く。


すると、なんの躊躇もなくそのまま抱き上げて駆け出した。

駐車場へ向かい、慎重に車の助手席へ寝かせると

猛スピードで病院へ向かい、そのテールライトはどんどん小さくなっていった。

 

 

 

その場に立ち尽くす、サカキとリンコ。


ふたり、一瞬目を見合わせた。

それはまるで、聞こえた3文字の名前を、聞き間違いではないと

互いに確認しあうように・・・

 

 

確かに、担任のカタギリは、こう呼んだ。

 

 

 

 

 『サクラ・・・』

 

 

 

そして、サカキは更に身を固くして目を見張っていた。

サクラへ手を伸ばしたとき、言われた一言。


それは、小さく低く唸るように。

ゾっとするほどの嫌悪感を含んで。

 

 

 

 

 『触んな。』

 

 

 

サカキとリンコが、呆然とグラウンドに立ち尽くしていた。

 

 


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