■第53話 アパート
■第53話 アパート
『ひとつだけ、お願いがあるんです。』
タクシー後部座席に並んで座るジュンヤが、ユリの方を向く。
『メール1本でいいから、お母さんに、連絡入れて下さい。
”友達といる”でも、なんでも・・・』
その真剣な表情に、ユリは肩を震わせ小さく笑った。
『わたしより年下とは思えないわね?』
クスクス愉しそうに笑う。
『・・・しっかりして下さいよ。センセー・・・』
つられてちょっと笑い声になる、ジュンヤ。
ふたりが笑うやわらかい音が、早朝のタクシーに心地良く響いていた。
タクシーで20分ほど行った住宅街の、小さな2階建てアパート。
1階部屋前の物干し竿と、錆びた集合ポスト。
住人がきちんと世話しているのだろう。花の植木鉢が並ぶ。
築30年のそれは、お世辞にも立派とは言えなかったが
なんだか温かみがあって、懐かしい気持ちになる。
『ぁ。』
思い出したように、ジュンヤが口を開く。
『ウチの母親、水商売やってて、
いつも帰って来るの朝8時頃なんで。ダイジョーブです・・・』
言ってから、止まる。
『いや、あの。
いた方が、いいのか・・・いない方がいいのか、
あの。気を遣うとか、そーゆう意味で。
・・・それによって、アレですけど・・・』
一人しどろもどろになっているジュンヤを見て、ユリが大笑いした。
体を屈めて大口を開け、笑っている。
散々笑い、目尻に溢れた雫を指先ですくい
『なんかするつもりだったのぉ~?』
ユリが、また、大笑いした。
自分の発言に真っ赤になりながらも、ユリがこんな風に腹から笑っている顔に
ジュンヤは見とれて動けなかった。




