■第52話 動揺
■第52話 動揺
『取り合えず、タクシー呼ぶんで帰って下さい。』
ずぶ濡れのユリに自分の上着をそっと掛け、タクシー会社に連絡をしようと
するジュンヤを、ユリが震えながら首を横に振って断った。
『だって、ほら・・・また、お母さんに・・・』
そう言っても、まだ俯いて首を横に振る。
『そんなに濡れて、風邪ひきますから・・・』
必死の説得にも、ユリは頷こうとはしない。
沈黙。
急に、ピンと張りつめたような空気がふたりの間を過ぎる。
『なら・・・
ウチ。・・・来ますか?
Tシャツで良ければ、貸せます・・・けど。』
ジュンヤの、その、どこか思い詰めたような
最初から断られると半分諦めているような、その声色に
ユリのやわらかそうなピンク色の唇が、小さく返した。
『・・・いいの?』
『店。閉めるんで、もうちょっと待ってて下さい。』
そう背中で言うと、ジュンヤは慌てて奥のバックヤードに入って行った。
ユリから見えない位置まで進むと、その場で立ち止まり、
ジュンヤは口許に手をあてる。
その手は微かに震えていた。
心臓が高速で打ち付けるのと比例して、耳がジリジリ熱くなる。
生まれてはじめてこんなにも動揺している自分を
まるで他人事のように、ジュンヤは感じていた。




