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■第35話 雨の夜

■第35話 雨の夜


 

 

その夜、雨が降った。

 

 

ユリが、来そうな気がした。

雨の夜は、ユリが。

またほんの少しだけ涙をこらえて、

髪の毛先に雫を湛えて。

ユリが、来そうな気がしていた。


ラウンジバーの木製の重厚な扉が開くたびに、ジュンヤは慌てて目を遣り

その姿を確認した。

しかし、再び目を伏せて肩を落とし、溜息をつくだけだった。

 

 

客が一人、また一人と帰って行き、店内は流れるBGMの音だけが響いている。

 

 

客がいなくなった頃合いを見計らって、ベテランバーテンダーが奥に入って

休憩をとった。

ジュンヤがひとり、カウンターに立ち、ぼんやりとユリの事を考えていた。

 

 

 

ユリがうたった恋歌を、そっと呟く。

 

 

 

  『ひさかたの 天飛ぶ雲に ありてしか


               君を相見む おつる日なしに』

 

 


 

  (空を流れる雲になれたなら あなたに会いにゆくのに


             毎日毎日 あなただけに会いにゆくのに)

 

 

 

 

おぼろ雲を悲しそうな顔で見つめていたユリを思い出し、

胸の痛みに、思わず目をつぶった。

 

 

すると、微かに扉が開く音とそれに混じる雨音が。

慌てて顔を上げる。

 

 

 

ユリが、あの日と同じように肩を濡らして立ち竦んでいた。

 

 

 

俯いて、わずかに震えている。

おしぼりを持って、急いで駆け寄った。

渡されたそのぬくもりに、

『わたし、前にも・・・』 と目を細め微笑み、ゆっくり顔を上げ

ジュンヤを見て驚き固まるユリ。

 

 

目を見張り、踵を返して扉から出て行こうとするユリの腕を、ジュンヤが掴む。

 

 

 

 『あの・・・


  内緒にしててもらえませんか?ココでバイトしてる事・・・』

 

 

 

咄嗟に、早口でジュンヤが言う。

それは、ユリの”逢瀬”を誰にも言わないという意味に他ならなかった。


気まずそうに俯くユリの腕を、乱暴に掴んだ手をそっとほどくと、

今夜もまた毛先から滴る雫を、ジュンヤがやさしくおしぼりで押さえた。

 

 

ユリの瞳から、雫が落ちる。

今夜のそれは、確かに、雨粒ではなくて・・・

 

 

 

 『ラズベリーソーダ・・・』

 

 

 

ピンク色の唇が小さく呟く。

 

 

ジュンヤはユリをカウンターに案内すると、静かにタンブラーに氷を入れた。

 

 


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