■第30話 万葉集
■第30話 万葉集
その日の学校帰り。
ジュンヤは本屋に立ち寄っていた。
普段、本と言ったらコンビニで買う雑誌くらいなもんで、きちんとした本屋に
来るのなんて何年振りだろう。
『マンヨーレンカシュー・・・マンヨーレンカシュー・・・』
ユリが持っていた本を探す。
同じ本を買いたくて、本棚に並ぶその背表紙を、背中を屈めて目をすがめ
真剣になぞっていた。
棚の一角に、それらしきコーナーを発見した。
一冊引き抜いて取り出し、開き見る。
そこには、1200年前に編集された最古の歌集が。
必死にユリの文庫本の表紙を思い返し、次々と取り出してみる。
『これだ・・・』
”万葉恋歌集”
同じタイトルをついに見つけた。
さっそく開いて見ると、いにしえの恋歌の横に流行歌の歌詞の様な
現代訳が載っている。
すぐさま手に取りレジへ向かうと、支払いをし走って家へ帰った。
その日から、ジュンヤは常に文庫本を持ち歩いていた。
つまらない授業中も、恋歌を読みユリを想うと心は凪いだ。
とある日の、昼休み。
いつもの屋上で柵にもたれてパンを頬張りながら片手に文庫本を眺めていた時。
『その本・・・万葉集に興味あるの~?』
後方から話し掛けてくるやわらかい声に、振り向いた。
ユリが目を細めて微笑み佇んでいる。
ユリの片手に、小さな四角い包み。
昼食をとろうと屋上に上がって来た様子。
イスの上にその小さな弁当箱を置くと、ジュンヤに駆け寄り、隣に立った。
柵に手をおき、長い髪を風になびかせて体を少し前後に揺らしている。
『アンドウ君が万葉集に興味があるなんて・・・イガ~ぁイ。』
そう言って嬉しそうに笑う顔。
その顔を、横目で見ていた。
あまりに眩しすぎて正面から直視出来なかった。




