■第26話 古文
■第26話 古文
朝からジュンヤがいる事に、クラスメイトはおろか担任までが驚いていた。
朝のホームルーム、担任が連絡事項を淡々と伝えるその横に、
書類が入ったクリアファイルを、胸の前で両手をクロスして持つユリが立つ。
今日も、ふんわりしたやわらかな佇まいで、甘い香りをまとっている。
ホームルームが終わると、ジュンヤは即座に机に突っ伏して寝始めた。
大事なのは朝と帰りのホームルーム、そして古文の授業のみ。
他は寝る時間に充てなければ、バイトまで身が持たない。
1時限目のみ寝るつもりが、気が付いたら爆睡していた様だった。
肩に触れる指先の感覚で不機嫌そうに目を開けると、
そこには体を少し屈め、ジュンヤを覗き込むユリがいた。
肩に触れるのはフレンチネイルの細い指先。
もう2時限目の古文がはじまっていたのだった。
『アンドウ君・・・気分でも悪い?』
ピンク色のグロスが煌めく唇が、ジュンヤの苗字を発する。
見とれていた。
心臓が異様なほどに早く打つ。
呆然とその唇を見つめ、慌てて体を起こした。
目を逸らし無言でペコリと会釈し、机に入れっぱなしにしている教科書を探す。
ユリは、ベテラン教師のする古文の授業を、教室後方に立って見ている。
授業風景を見聞きするのも実習のひとつのようだった。
ジュンヤのすぐ後ろに、ユリが立つ。
甘くてフルーティーな香りがやさしく揺れる。
コトリ。
何かが床に落ちる小さい音がして、ジュンヤは振り返った。
するとジュンヤの足元に文庫本。そっと拾い上げる。
ユリが手を伸ばし『ありがと』 とそれを掴んでまた胸元のファイルへ仕舞った。
”万葉恋歌集 ”
一瞬だったが、その本のタイトルをジュンヤは逃さなかった。




