表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心の距離  作者: 桜井雛乃
1/37

一つ目

 私はずっと、幼いころから天才と言われてきた。自分で自分が天才であると信じ、疑わなかった。三十年間近く、ずっと。

 これまでの人生上手く行っていて、挫折と言うものを大して味わわなかった。

 受験生で焦るということもなく、順調に成功させ大学まで。そして無事に卒業して、そのまま就職することも出来た。出世も早かったと言えよう。

 苦労も幸せもなかった私の人生。しかし二十九歳になった春、人生を変える出会いがあった。


「先輩、これから宜しくお願い致します」

 小野妹子、二十六歳。髪型顔体型身長、どれを取っても外見は普通過ぎるほど普通だった。近江の方から移動して来たらしい。

 仕事は出来るが、そこまで群を抜いてと言うほどではない。なんだか無愛想で、いい印象は持っていなかった。

 宴などでも、盛り上げようと言う気遣いすら感じられない。一人お茶を飲み、退屈そうにしている。与えられた仕事以外はやらないし、優秀ではあるけれど冷たい。少し私と似た雰囲気を持つ人であった。


 妹子くんが来てから二年が経った頃だったろうか。うちから一人隋へ行くことになった。

 勿論、誰も行きたがる人などいない。

 海を渡って隋へ行くなんて、数え切れないほどの危険が寄り添う。無事に辿り着けたとしても、異国の地では何が起こるかわからない。そこまで無事でも、帰りだって行きと同じ危険が寄り添う。

 そんな危険に溢れた仕事、絶対に嫌だった。任命されないよう、私は必死に俯き続けていた。

「僕が行きます」

 暫くの沈黙の後、妹子くんが手を挙げた。


「それでは、行って来ます」

 出発の日が来ても、妹子くんの表情は至って冷静であった。

 いつも通り無愛想に俯く程度の礼をすると、躊躇わず船に乗り込んで行った。一度も振り返らず、妹子くんは歩いて行く。結局出発するまで、一度も顔を見せはしなかった。


 不機嫌そうな顔をしていた妹子くん。もしかしたらあれは、恐怖を表している表情なのではないだろうか。いくら彼だって、隋への旅は怖いに決まっているんだから。

 ふと、そんなことを考えていた。どうしたんだろう、最近調子が可笑しい。

 仕事が進まないのだ。気付いたらいつも、妹子くんのことばかりを考えている。どうしても彼が頭から離れない。

 こんな気持ち、初めてであった。他人のことをこんなにも考えているなんて、自分でも信じられなかった。今まで他人を大切にしたことなんてなかったし。人間は孤独なものだと考えていた、そんな私が。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ