一つ目
私はずっと、幼いころから天才と言われてきた。自分で自分が天才であると信じ、疑わなかった。三十年間近く、ずっと。
これまでの人生上手く行っていて、挫折と言うものを大して味わわなかった。
受験生で焦るということもなく、順調に成功させ大学まで。そして無事に卒業して、そのまま就職することも出来た。出世も早かったと言えよう。
苦労も幸せもなかった私の人生。しかし二十九歳になった春、人生を変える出会いがあった。
「先輩、これから宜しくお願い致します」
小野妹子、二十六歳。髪型顔体型身長、どれを取っても外見は普通過ぎるほど普通だった。近江の方から移動して来たらしい。
仕事は出来るが、そこまで群を抜いてと言うほどではない。なんだか無愛想で、いい印象は持っていなかった。
宴などでも、盛り上げようと言う気遣いすら感じられない。一人お茶を飲み、退屈そうにしている。与えられた仕事以外はやらないし、優秀ではあるけれど冷たい。少し私と似た雰囲気を持つ人であった。
妹子くんが来てから二年が経った頃だったろうか。うちから一人隋へ行くことになった。
勿論、誰も行きたがる人などいない。
海を渡って隋へ行くなんて、数え切れないほどの危険が寄り添う。無事に辿り着けたとしても、異国の地では何が起こるかわからない。そこまで無事でも、帰りだって行きと同じ危険が寄り添う。
そんな危険に溢れた仕事、絶対に嫌だった。任命されないよう、私は必死に俯き続けていた。
「僕が行きます」
暫くの沈黙の後、妹子くんが手を挙げた。
「それでは、行って来ます」
出発の日が来ても、妹子くんの表情は至って冷静であった。
いつも通り無愛想に俯く程度の礼をすると、躊躇わず船に乗り込んで行った。一度も振り返らず、妹子くんは歩いて行く。結局出発するまで、一度も顔を見せはしなかった。
不機嫌そうな顔をしていた妹子くん。もしかしたらあれは、恐怖を表している表情なのではないだろうか。いくら彼だって、隋への旅は怖いに決まっているんだから。
ふと、そんなことを考えていた。どうしたんだろう、最近調子が可笑しい。
仕事が進まないのだ。気付いたらいつも、妹子くんのことばかりを考えている。どうしても彼が頭から離れない。
こんな気持ち、初めてであった。他人のことをこんなにも考えているなんて、自分でも信じられなかった。今まで他人を大切にしたことなんてなかったし。人間は孤独なものだと考えていた、そんな私が。