第八章 ウォーシアの実力
翌朝、海好人さんはまた浜辺で波乗りの練習をしていた。そこにフェザルさんが来た。
「おはよう海好人君。今日は君に話があると昨日ウォーシアが言っていた。彼女が来るまで待っていてあげよう。彼女が来たら私が傍らにいて彼女の言葉を翻訳しよう」
「ありがとうございます」
フェザルは微笑して海好人から海の水平線へと視線を移した。
「この島の海は綺麗だな。練習頑張るんだぞ」といわれ海好人は照れながら「はい」と答えた。
海好人は海の水でくしゃくしゃになった髪を両手で頭部の後ろへ持っていき、再び波乗りを練習し始めた。その間フェザルは海を眺めたり、海好人の練習を見ていた。
しばらくすると、島の左側の海からウォーシアとその左側から角の生えた雄男の人魚であるロアが現れた。
「おはようウォーシア」
海好人がウォーシアに挨拶した。
「おはよう。今日はフェザルさんも一緒なのね」
「名前を覚えていただいて光栄です」
フェザルは右腕を腹部に当てて、左足を右足の前に出し、頭を下げた。
「それじゃあ紹介するわね」
ウォーシアは左手をロアの方に向けた。
「この子はロア。他の人魚とは少し違っていて角が生えているの。そして、この子は他の人魚にはない特別な力を持っているらしいの。ロアがね、どうしてこんな姿をしているのかは島の人達も島の能石師達もセイル博士にもわからないみたい。人魚達の間では病気だとか神の力を持って生まれた人魚なんて言われているの。でも私は――」
ウォーシアが話している最中、突然水中から何かがウォーシアのサーフボードを突きとばし、ウォーシアの会話が止まった。ウォーシアは水中で一回転し、姿勢を整え、足から海に落ちた。そして水面からもう一体の人魚が現れた。顔だけを水面から出しており、少女のような顔つきであることから性別は雌女であることが推測できる。雌女のような人魚は怒っているようだった。海好人は驚きながら今起きた事の一部始終を見ていた。フェザルは注意深く見て、危険な人魚かと警戒していた。
「もうやめて!彼のことをこれ以上人間に話さないで!」
ウォーシアは海面から顔を出して、雌女の人魚を睨んだ。この雌女のような人魚はガーディニア島の言語で話していたため、フェザルはその人魚の言葉を翻訳できた。海好人とフェザルはこの時、もめ合っている人魚の声を聞いて、その人魚が雌女だと確信した。
「こんな所に何しに来たの?もう二度とロアには近づかないでって言ったはずよ」
「そんな事守らない!私の邪魔をするなら容赦しない!」
雌女の人魚は海中に潜った。ウォーシアは素早く水流を操作し、サーフボードを手にすると、沖へと移動した。ウォーシアはまず水中での活躍を得意とする人魚にはそのまま立ち向かっても勝てないと考えた。人魚は水中ではガーディニア島の種族だけでも水中では容易に二百キロで泳げるような生物なのだ。そこで、沖へと移動し、自分をおとりにして雌女の人魚を見つけ出そうとした。すると、また海中からサーフボードを突きとばされ、ウォーシアは再び空に打ち上げられた。しかし、これは全てウォーシアの計画だった。水中でウォーシアは水の能石を発導させ、海上に巨大な渦を作った。雌女の人魚は渦に巻き込まれ、渦の中で身動きが取れなくなってしまった。渦の中心はウォーシアの真下にあり、ウォーシアは雌女の人魚の頭上めがけて足から突っ込み、決着がついた。この穏やかな南海では渦が発生することはまずない。そのため、この辺りの人魚達は渦から逃げる方法を知らなかった。
ウォーシアは雌女の人魚を気絶させた後、水の能石の力で頭だけが出た海中で水の能石を使い、水流で体を押し上げ空中へと飛び上がり、宙返りをした後、サーフボードの上に立った。
「誰に勝負を挑んでると思ってるの?私はこの南の海の守姫よ」
ウォーシアの髪が風でたなびき、雌女の人魚を睨むウォーシアの姿は逞しさと共に冷酷さも滲み出ているかのようだった。
そこまでするのかと海好人とフェザルは思う。
ウォーシアは沖から水の能石で波を作り、海好人のいる浜辺まですごいスピードでやってきた。ウォーシアがもとの位置まで来た時、波が海好人の足にかかった。
「あんな奴は放っておいて、場所を移動してさっきのお話の続きをしましょ」
「いや、悪いけど、そろそろ波乗りの練習をしないといけないんだ。だから、また次の機会にしてよ」
海好人はウォーシアに動揺していた。
「そう、それじゃあまた時間があったら話しましょう。さあ、行くわよ、ロア」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
ロアは困った顔をしてウォーシアについて行った。ウォーシアとロアは海上を滑るように海好人のいる浜辺から離れて行った。
「フェザルさん。僕、あの雌女の人魚を助けます」
「分かった。気を付けるんだよ。海好人」
海好人は泳いで雌女の人魚を助けようとした。
その時、空に一瞬影が通り過ぎた。そして、海好人の前に燕華が現れた。
「海好人様、先程の一件、見ておりました。私があの人魚を浅瀬まで連れて行きます」
「うん。頼んだ」
ホバリング飛行で海好人に話していた燕華は体勢を変え、海好人より早く雌女の人魚の元にたどり着くと、人魚の少女の腕をつかみ、浅瀬まで引っ張って行った。
一方その頃、司と金は、定理先生とワカナカに行き、昨日の事を報告しに行った。ワカナカの本部の前にはいつも通り門番をしているイオナさんがいた。
「おはようございます。イオナさん、本日はワカナカの方にどうしても伝えたいことがあるので参りました」
「分かりました。私がお伝えしておきますのでその用件を話してください」
イオナはジパールの言葉に翻訳して話しているため、何を話しているか司でもよく分かった。
「昨日、私の生徒が植物を観察しに島の浜辺から近い熱帯林を浜辺に沿って散策していました。そこで、不審なものを見かけたらしいのです」
「その不審な人物の特徴は分りますか?」
「その人物は雷の能石師らしく、髪はサバサバした茶髪、身長は百八十センチ程でした。ひと気のない場所で恐ぶった表情をしながら若い雌女の人魚と話していたので怪しいと感じたんです」
司はイオナに男の特徴を詳しく説明した。
「それなら考えすぎという事もあるかもしれないわね。ですが念のため本部の方に伝えておくわね」
イオナさんは苦笑いしながら言った。
定理先生は、これで安心ねと言った感じで司と金に笑顔を見せて二人を連れてその場を後にした。
「司君と金ちゃん、良かったらこの後、海好人君に会いに行かない?」
「賛成です」と司と金は同時に答えた。こうして二人と一体は海好人のいる浜辺へと向かった。