第七章 島の戦士ティアノイ
海好人は、この合宿の目的であった、「他人の国の人間と一対一で戦う」ということをするために、相手をウォーシアとして、戦いの予定を話し合うところだった。ウォーシアはどんなことをしてでも私には勝てないと言っていたので、試合の方法は海好人が決めてそれに勝ってしまえばいいと考えたので、波乗り競争で戦うことにした。なぜそうなったのかというと、ガーディニア島に来て一日目の夕食前に、海好人の部屋で司とこんな話をしていた。
「なぁ、海好人、特別合宿の一回目の対戦相手は水の能石師のウォーシアだ。火の能石を使うお前とは相性が悪い。まともにやったらお前の成績が水に流されるだろうな。だからここは波乗りで決着をつけるべきだと思う」
「ウォーシアは確かに波乗りがうまい。もし海好人がウォーシアに波乗りで対決するとすればウォーシアは調子に乗って対決当日まで特に何もしないだろう。その間にお前は、波乗りをしたことがないというプレッシャーを利用して必死で乗れるように練習して、さらに能石の技も磨いて勝てるように努力しろ。直接ウォーシアと能石で戦っても勝てないが、波乗りなら勝算はある」
「あぁ、そうかもね」
海好人は本当にそれでいいか困った。
「ちょっといいかしら」
海好人と司が話していると、そこに定理先生が部屋のドアを勢いよく開けて入ってきた。
「こんばんは」
定理先生は海好人と司に挨拶をした。海好人と司も挨拶を返した。
定理先生はドアをゆっくり閉めると、二人に話し始めた。
「海好人君の部屋を通ったら、司君が海好人君にウォーシアとの対決で波乗りを進めている話が聞こえてきて、私も言いたくなったことがあるの」
海好人と司は正座をして定理先生の方を向いた。
「私は、海好人君が波乗りをする事に賛成するわ。この旅は海好人君に今までやったことのないことや、学校では教わらないことを知る事が一つの目的でもあるの。だからいろんなことに気合いを入れて取り組んでみなさい。ダメもとでも構わない。もしこれで失敗しても私があなたの勉強をしっかりみてあげるだけでしょ。何も恐れることなんかないわ。ドーンとやってみなさい」
そう言われ、海好人は「やってみよう」という勇気が出た。
海好人が元気を取り戻したのもつかの間、ふとある事が気になった。海好人は司に尋ねた。
「司、波乗りってやったことある?」
「いや、ないけど」
「はぁ……そう」
なら定理先生は経験があるかも?と思い海好人は定理先生に聞いた。
「先生は波乗りをしたことがありますか?」
「いえ、したことないわよ」
「それじゃあ僕は誰に波乗りを教わればいいんですか?」
「確かに司君も私も波乗りはやったことがないわ。でも私達よりもっといい先生がこの島にはいるわ」
「もっといい先生?」
海好人は耳を傾けた。
「そう、この島には今でも、戦士というものがあって、その戦士達は波乗りで海を渡り、漁をするって聞いたことがあるわ。私は、この島の言語を知っていて話せるから、明日、海好人君と戦士のところに行って指導してもらうように一緒に会いに行ってみようか?」
「はい。よろしくお願いします」
やっと希望の光が見えてきたと思い、海好人は安堵した。三人は司の部屋にいた燕華と金を連れて食堂に行った。
食堂では波乗りの話題は出さないようにして雑談をした。行動を起こす前からみんなに激励されては、プレッシャーがかかり、練習時の妨げになってしまうのではと海好人は心配していたからだ。
アノマロカリスに薬を塗った次の日、海好人は定理先生と一緒にガーディニア島で波乗りの達人と呼ばれる男に教えてもらうことになった。また、島民の間ではその男はガーディニア島でも強い戦士として知られていた。
定理先生は、島の人々から情報を集めたフェザルさんから、彼の居場所を教えてもらっていたため、迷わずに戦士の元まで行くことが出来た。また、フェザルさんからは、波乗りをする戦士は、熱帯林の奥で生活し、昼には漁に行ったりと自然と共に生活をしてるという話を聞いていた。
定理先生と海好人はスタスタと歩いていくと、その戦士の家にたどり着くことが出来た。戦士の家は植物の木の枝や大きな葉を使って作られた家に住んでいた。
「アロハ アワケア」(こんにちは)
定理先生が言うと、家の中から葉っぱの腰巻をした筋骨隆々の男が現れた。男は日に焼けた褐色の肌に、獰猛な肉食獣の様に鋭い目つきをしていた。身長は百九十センチ程であり、髪色と瞳の色は緑色だった。海好人はその男に見覚えがあった。それは、アノマロカリスのための潮だまりを造っていた時に手伝わせてほしいと言ってきた男だった。
「こんにちは。戦士ティアノイさん。私はジパールという国の教師です。私は今日、あなたに頼みたいことがあってきました」
「ソノ頼ミトハ何ダ?」
海好人は驚いた。このティアノイという戦士は、貝の国の言葉を話すことが出来たのだった。定理先生は普通に話を続けた。
「この私の生徒をあと四日で波乗りができるようにしてほしいんです」
ティアノイは定理先生から海好人へ視線を移した。
「オ前、コノ前ノ子供ダナ。名ハナントイウ」
「僕は、天世海好人と言います」
ティアノイは鋭い目つきで尋ねたが、海好人は勇気を出して答えた。
「ナゼ、波乗リガデキルヨウニナリタイ?」
「それは、大切なものを守りたいからです」
大切なものとは、今の海好人の中では、燕華との約束だった。
「分カッタ。ジャアマズ私ト同ジ服ヲ着ロ。オ前ハコノ四日間戦士のノ見習イトシテ訓練サセル」
こうして海好人はティアノイさんと同じ葉っぱのパンツをはいた格好で訓練していくことになった。まず基礎的な筋トレ、柔軟体操、そして木の板を使って波に乗ったり、シャチの上に乗ったり、イルカの上に乗ったり、砂浜で踊ったりした。踊りは戦士が戦いに行く前の儀式として行ったものだという。そんなことばかりだったので、一日でも海好人はとても疲れてしまった。夕方になって、夕食の獲物を獲りに行こうと海に潜っていた海好人の前に、ウォーシアが波乗りでこっちに向かってきた。ウォーシアは水の能石で波を作り、その上で波乗りをする為、サーフボードがあれば水面で滑るような移動ができるのだった。
「ミコト、何シテルコンナトコデ。トコロデワタシトドウタタカウ?」
海好人は驚いた。ウォーシアは貝の国の言葉が喋れたのだ。
「ウォーシア、君はジパールの言葉が喋れるの?」
「少シダケ。小サイ頃父ガ教エテクレタ」
「そうだったのか。ところでさっきの質問だけど、僕は君と波乗り対決で戦うつもりだよ」
「ソウ、ワカッタ。タイケツタノシミ。マタネ」
そういってウォーシアは帰って行った。海好人は獲物であるサザエ三つ、ウ二が二つ、魚二匹を持ってティアノイの家に行こうとした。その時、空から燕華が来た。
「おう燕華、どうした?」
「海好人様に今日ずっと会ってなくて、お体にもしものことがあったらと心配して見に来ました」
「ありがとう。僕は大丈夫だ。これからもしかしたら三泊四日で泊まりになるだろう。お前は夕日が沈まないうちに船に戻れ」
「はい、お元気で」
そういって燕華は四神丸に戻って行った。
その夜、海好人はティアノイさんと夕食を食べていた。ティアノイさんは魚の他に大きな鳥を槍で仕留めたので、丸焼きにしたものを海好人と分け合った。焼けた鳥の肉を食べていると、海好人はなんだか燕華の事が心配になってしまった。
「仲間ノ事ガ心配カ?」
ティアノイは海好人に優しく尋ねた。
「え?はい」
「大丈夫ダ。コノ島二イル者ハワタシノ家族モ同然ダ。家族ハ絶対二私ガ守ル」
ティアノイは海好人に真剣な眼差しで話した。海好人はティアノイの目を見て聞いていたので、ティアノイの熱い想いが伝わった。
「ありがとうございます」
海好人はティアノイに笑顔でお礼を言い、安心して鶏肉を食べ続けた。
その一方で四神丸では夕食を取りながら司、金、紅葉、定理先生の三人と一体は今日の出来事について話した。
「海好人君はこの島の戦士であるティアノイって人から波乗りの特訓を受けているわよ。
「そうですか。でもそんなことをするよりウォーシアさんとの対決のための特訓をした方がいいのではないでしょうか?」
「海好人はな、ウォーシアと波乗りで対決するんだよ」
定理先生と紅葉の会話に司が入る。
「ええ!あんなに波乗りがうまいウォーシアさんと波乗りなんて一度もやったことなさそうな海好人殿が?」
「赤風、海好人をなめちゃいけねえ。あいつは意外と器用だったりするんだ。もしかしたら波乗りの天才かもしれないぞ。だから、才能の発掘のきっかけとして俺が波乗りでの対決を提案したんだ。
「そうですか。……て納得できるわけないでしょ!」
「紅葉さん落ち着いて。確かに司君が波乗りを提案したかもしれないけど、私も海好人君の波乗りに賛成したの」
「え、定理先生もですか?」
「そう、この旅は、海好人君が今までやったことのないことや、学校では教わらないことを知ることも一つの目的なの。だから波乗りだってやってみなさいって言ったのよ」
「そうですか。とりあえず事情は分かりました。海好人君の勝利をを私も考えていきます」
赤風紅葉は何とか納得し、またご飯を食べ始めた。
「司君、ところで、燕華ちゃんはどうしてるの?ここにはいないけど、夕食はどうするのかしら」
定理先生は司に聞いた。
「燕華ちゃんは先程、海好人に会ってきたらしくて、疲れたので部屋で体を休めているらしいです。夕食は後で食べると言っていました」
「そう。それなら良かった」
「話は変わるのですが、僕は今日、島の植物を調べようと歩いていたら、海岸の方から声がしてきたんです。木陰から見てみたら、人魚と島の能石師のような人が話していたんだ。その人の右腕に能石のついた腕輪をしていたから能石師だと思いました。それで、さらに話してる時に怖い顔で腕輪をしてる右腕の手から雷を出してたから僕と同じ雷の能石師だと分かりました。近づきたくなかったので木に隠れて見てました。その男の表情や人目のつかない場所での会話だったので、きっとあまりよくないことを企んでいたのだと思います」
「話してる途中に能石の力を発導するなんて、よっぽど興奮していたのですね」
紅葉はそう推測した。
「とにかく、危ないと思うからもうその場所には行かないようにしなさい。そして、これから私の許可なしで島を散策してはだめよ。また、そのことに関しては明日、ワカナカの人に知らせた方がいいかもしれないわね」
「じゃあ僕も行きます。人物の特徴とかよく覚えているので役に立てると思います」
司は普段おっとりとして気楽な人柄だが、この時ばかりは、真剣になっていた。
「無事に海好人殿がこの島の能石師と戦って勝ってくれればいいのです。そのためならば私も一肌脱ぎましょう」
「紅葉さん、あなたは海好人君がいる組の女子学級委員長で、この旅では、海好人君を守るという責任感を感じているのは分かるけど、一肌脱ぐのはちょっとはしたないから力を尽くすと言いなさい」
定理先生は苦笑いをして紅葉に言った。
「はい。はしたない例えをしてすいませんでした」
紅葉は少し赤面して謝った。と、そこに、四神丸の手伝いをしているお八義がやってきた。
「お話し中失礼します。今、船の外でウォーシアさんが皆さんに会いたいと言って待っています」
定理先生と司と金、紅葉は海上を見に船の前甲板に上がった。前甲板には、もうすでにフェザルさんがいた。
「みんなー!今日は私の友達を紹介しようと思って来たの。とっても珍しい人魚で普段は人間の前に姿を現さないけど、とっても優しいからきっとこの子ともいい友達になれると思うの」
フェザルさんの音の能石の力でこの四神丸の外にいる人が話す会話も翻訳できるのでウォーシアの言いたいことがはっきりと聞こえてきた。
音の能石による翻訳の仕方は、まず話している人の言葉を音の能石師が聞き取り、それを母国語に変換して、それを音の能石の力で、空気中の振動を変化させて、みんなに他国の人間が自国の言葉を話しているかのようにしてしまうのだ。
フェザルさんは、相手が女の子でもそれらしい翻訳で四神丸の皆さんにお届けしている。フェザルさんはすごい才能を持っていると言えるだろう。そんなことはさておき、水の能石でうまくバランスを取っているウォーシアの近くから、海面をそっと突き破るように長い角が生えた人魚が姿を現した。顔は少年のようで、人間で言うと十二歳ぐらいの雄男だと考えられる。
「海好人っている?彼にも紹介してあげようと思ったんだけどなぁ」
司はウォーシアに言い返した。
「海好人は今、波乗りができるようになるため、ティアノイという人のところにいるよ」
司が答えた後、定理先生が大きな声で優しく注意した。
「今日は遅いから、ウォーシアちゃんも早く帰りなさい。明日、海好人君のところに行ってロア君を紹介してあげればいいわ」
「はい。今日は夜遅くお訪ねしてしまい申しわけありませんでした。失礼します」
ウォーシアは丁寧に挨拶して帰って行った。
「一日中元気だな、あの子は」
サーフボードに乗り、海面を滑るように帰るウォーシアの後ろ姿を見て司が呟く。
「元気だったら私だって負けてないわよ、司っちゃん」
定理先生はやれやれといった表情で二人を見ていた。
「では、そろそろ食堂に戻りましょうか」
紅葉がそう切り出してみんなは四神丸の中へと戻って行った。
三人が食堂で再び食事をしている頃、燕華は疲れた体を癒すために海好人の部屋で安眠していた。燕華は翼がくしゃくしゃになるのを防ぐために布団をかけずに俯せの状態で寝ていた。
その頃、ウォーシアはセイル博士のいる木で立てられた六畳ほどの家にいた。ウォーシアの親は忙しいため、ウォーシアは普段、セイル博士の家で泊まっているのだ。セイル博士の家は、木造の小屋のようで、本や薬品が多いため、家というよりは研究所に近いものとなっていた。
「ただいま」
「お帰りなさい。すぐ夕食の支度をするから待ってて」
セイル博士はキッチンへと向かった。その間、ウォーシアは手を洗い、うがいを済ませて、食卓の椅子に座り、夕食を待っていた。
セイル博士の家には、浄水器があり、それで自然の水を浄化して生活用水に利用するのだ。
夕食である白身魚の塩焼きとパンを二人分テーブルに置き、飲み水を配ると二人は食事を始めた。食事中、セイル博士はウォーシアに話をした。
「貴方がいつも海で遊んでくれるお蔭でこっちは研究がスムーズに進むわ」
「あらそう。私は家にいない方がきっと博士のためになるわね」
「ごめんなさい。言い方が悪かったわね。その……いつもお利口に
していると言った方がいいかしらね」
こんなぎくしゃくした会話は、ウォーシアとセイル博士の間ではありがちなことだった。