第五章 嵐の後の巨大な被害者
嵐の後の翌日、人々は海岸に集まって何やら騒がしくしていた。
海好人は燕華からそのことを聞き、現場に向かおうとした。その時、フェザルさんが「私も同行しよう」と言って一緒に来てくれた。海好人とフェザルが駆けつけるとそこには海好人が四神丸で見た、巨大なアノマロカリスが瀕死の状態で浜辺にうち上げられていた。アノマロカリスはこの島では海の守護神として崇められてきた生物であった。
海好人が集まってきた人に話を聞くと、昨日の嵐で雷が海に何発か落ち、そのせいで感電し、そのまま強い波によって浜辺に打ち上げられたという。
アノマロカリスは海岸に打ち上げられてからだいぶ時間が経過しているらしく衰弱していた。集まっている人の中には若干の人数で能石師もいたが、これでは人手が足りず、海へ戻そうとしても時間がかかり、アノマロカリスも死んでしまうと能石師も含めた周囲の人々は考えていた。
「このままアノマロカリスが死んだら周囲に悪臭が漂うだろうな」
「死体の処理も大変そうだな。いっそ爆死でもさせてしまおうか」
その時、海の方からウォーシアが波乗りをしてアノマロカリスが打ち上げられた場所まで来た。
「みんな邪魔よ!私がやるからみんな離れて」
ウォーシアは水の能石を使い水の壁を作り、周囲の人々がアノマロカリスに近づけないようにした。
「一体どうするんだウォーシア」
「頑張れウォーシア」
島の人達の言うことなどお構いなく、ウォーシアは海水を操り、巨大な波を起こし、アノマロカリスを強引に海に引き戻そうとした。
その時、海好人はウォーシアの操る水の流れてくる正面で両腕を伸ばし、アノマロカリスを守ろうとした。
ウォーシアは驚いて大波を止めた。海好人は制御を失って流れた海水にずぶ濡れになった。
「弱っている生き物を強引に海に連れていくのは非道だ。皆さん手伝ってください。今から砂浜に大きな潮だまりを作ります」
海好人は一生懸命に言った。フェザルのおかげで聞こえているはずだが周りの人間はそう簡単に動こうとはしなかった。
「周りが動かないなら僕がやる!」
海好人は火の能石を使い自分の力で潮だまりを造ろうとした。
「燕華、スコップを持ってこい」
「はい、ただちに持ってまいります」
海好人は燕華にそう言うと、素手で浅瀬の方からアノマロカリスのいる砂浜の方へと水が流れるように水路を掘って行った。勢いよく砂浜に手を突っ込み、砂を掻きだしていったので海好人は二、三分で体が火照り、体中から汗が出た。しかし、海好人は手を休めることなく作業を続けた。すると、汗が引いていき、先ほどより素早く手を動かしてアノマロカリスが入るくらい大きな半球型のくぼみをアノマロカリスの周りに作って行った。
なぜこんなことが出来たのか。それは海好人の持つ能石に秘密があった。海好人の使う火の能石は主に火と熱を操ることができ、温度を他の力から変換して増加させたり、温度を吸収したりすることが出来る。そして、その逆で熱を別のエネルギーにするということもできる。海好人は運動して体内に溜まった自分の熱をまた自分の運動エネルギーに変換して潮だまりを造る作業を効率よく行っていたのだ。しかし、海好人一人ではどうしても時間がかかってしまう。海好人が潮だまりのくぼみを掘っていると、島民が声をかけた。
「私達も手伝わせてほしい」
周りの島民の中でも体格の大きい筋骨隆々な男が言った。見ると、その男はウォーシアと同じような緑色の髪色をしていた。すると、その男を筆頭にワカナカの能石師をはじめ、その場にいた人々が海好人を手伝おうと動き出した。先程の男はアノマロカリスを持ち上げる者、アノマロカリスの下の砂を掘る者と、役割は各自で分担していた。
「あいつ、よそ者のくせに、なんであんなに受け入れられてんの?」
ウォーシアは顔をゆがめ悔しがった。海好人が島の能石師に受け入れられてることが気に食わなかった。
「ウォーシア!水をかけてやってくれないかな。守護神様が乾燥して死にかかってるんだ。頼む」
「うっさいわね。分かったわよ」
ウォーシアは海水を自分の体が入るくらい大きな丸いゼリー状のボールのような物体にしてアノマロカリスのところへ持って行った。海水の玉はアノマロカリスに付けるとスライムが付いたかのようにベトっとアノマロカリスの体にくっつき、乾燥を防いだ。
ウォーシアはいくつもの海水の玉を作りアノマロカリスを海水のスライムで覆った。
島の人達が手伝ってくれたお蔭で作業開始から五分程で深さ二メートル程、半径四メートル程の大きな穴を作ることが出来た。アノマロカリスは穴の中央にいた。
「ウォーシア。海水をこの中に入れよう」
「早くそのくぼみから離れて。油断してると沖合まで流すわよ」
ウォーシアは楽しそうだった。水の能石を使い海水を巨大な大蛇の姿に変えて巨大なくぼみの隅を添うように動かし、頭部が一蹴したところで海水の大蛇は溶けるように消え、人工の潮だまりができた。アノマロカリスは潮だまりの中で少しずつヒレを動かし、泳ぎ始めた。
「やったぞ!救助成功だ!」
島民の一人がそういうと、その場にいた島の人達や島の能石師達は喜んだ。その場にいた仲間と踊ったり、ハイタッチをしたりしていた。そんな中、海好人は一人考え事をしていた。
「ねえウォーシア、アノマロカリスって、エラ呼吸とかしないかな?もしするんだったら先に強引に海に連れて行こうとしたウォーシアの方が正しいと思うんだ」
ウォーシアは呆れた顔をした。
「何言ってんのよ。アノマロカリスはエラ呼吸をするけど、強引に海に連れて行くと余計に弱ってしまうと思うし、あの時、どうしたらいいかの答えなんて分からないわ。でも、島のみんなと一緒にアノマロカリスを助けれたから、きっと海好人の方法が正解よ」
ウォーシアの話で海好人は安心した。二人はしばらくアノマロカリスを眺めていた。そこへ騒ぎを聞きた司と金が駆けつけた。
「この潮だまりは一体なんだ?」
「僕とウォーシアと島の人と島の能石師が力を合わせて作ったんだ」
「まあ、そのきっかけは私じゃなくて海好人なんだけどね」
「海好人、お前って時々ちょっとすごいな」
司の微妙な褒め方に心の中がもわもわしながらも、海好人は潮だまりを造った達成感で満足していた。確かにこの潮だまりは海好人だけでなく、島の人やウォーシアなどの能石師によって造られたものなので、自分のやったことなんてちょっとくらいなものだと思い、司の言葉を肯定した。
「ところで、あの巨大なエビ(・・)は弱っている気がする。俺と金はこの島の熱帯林で薬草を探しに行くとしよう」
「司、アノマロカリスはこの島では守護神として扱われているから、あまり軽く呼ばない方がいい」
「分かったよ。それで、薬の件だけど、ウォーシアはこの島の人だから、連れて行くとフェザルさんの能石の力が届かず何を話してるかわからない。だから、俺と海好人と金で行こうと思う。それでいいか?」
「そうね。私もフェザルさんって商人と一緒に行くのは気まずいから三人で探しに行ってほしいです」
「分かった。行ってくる」
「待って」
海好人がウォーシアに背を向けて熱帯林に行こうとした時、ウォーシアが海好人の肩をつかんだ。海好人はウォーシアの方を振り返った。
「どうした?」
「アノマロカリスを助けてくれて、ありがとう」
照れながらお礼を言うウォーシアを見て海好人はウォーシアが可愛く見えた。
「ウォーシアも手伝ってくれてありがとう」
海好人は笑顔でウォーシアに感謝し、司と金の三人で熱帯林へと歩いて行った。