第四章 ガーディニア島の守姫(もりひめ)ウォーシア登場
そして四神丸が出発してから二日目の朝、定理先生が生徒全員を起こした。
「みんな、ガーディニア島が見えたわよ!さっさと前甲板まで上がりなさい!」
定理先生は嬉しそうな顔で元気に声を張って言った。
「海好人様、早く行きましょう」
「分かった。今行く」
海好人を筆頭に三人と二体は前甲板に上がった。前甲板とは、船の上でみんなが外を眺めたりする場所である。
前甲板に上がると、四神丸の進む方向の先に島が見えた。濃い緑色の樹が生い茂る熱帯雨林と、その島の周辺には綺麗なサンゴ礁が島を覆っていた。
「おお、凄く綺麗なところじゃん」
司はそう言い、目の前の大自然に興奮していた。
「うぅーん。これで船旅の運動不足も解消されそうだわ」
金が背伸びをしながら言った。
「ここなら楽しく勉強したり、能石師の技術を高めれそうですね海好人様」
「え?あぁ、うん。そうだね」
海好人は困惑しながら答えた。本当はここで遊びたいという気持ちがあった。
「困ったことがあれば私に聞いてください。海好人殿」
紅葉は優しく紅色の瞳を向けて海好人に言った。
「みんなそういうことを考えるのは、島についてからにしましょうね。さて、まずは朝食を食べに行きましょう」
定理先生は元気にそう言った。定理先生と生徒たちは船内へと戻ろうとした。その時、バシャンと水面に何かが飛び跳ねる音がした。海好人は急いで船の外を見た。すると、五体か六体の人魚が四神丸と競争するかのように、水面からジャンプしながら泳いでいた。みんなが四神丸の中に戻っても海好人と燕華は一人だけ前甲板に残りそれを見ていた。そこに海好人を気にして定理先生と司と紅葉が戻ってきた。
「おお、人魚か。初めて見るなぁ。すごいスピードだ」
人魚達は時々ジャンプを変えて空中で回転したりしてショーのようなものを見せてくれた。
「きっと挨拶のつもりなんでしょうね」
「うん、そうだね」
海好人と燕華は人魚を微笑んで見ていると、人魚のジャンプに混ざって突然巨大なヒレと甲を持った生物が飛び出してきた。
「一体なんだ!」
海好人がそういうと、紅葉は腰に差していた刀を抜いて構えた。司は能石のついた自分の身長程の杖を両手で持ち戦闘態勢に入った。
そこに校長先生が急いでやってきた。
「待ちなさい。あの生き物は様子を伺っているだけで攻撃はしない」
赤くて甲殻のある生物の正体は、全長五メートル程もあるアノマロカリスだった。アノマロカリスと言えば、私たちはよく理科の教科書で見ることがあると思う。カンブリア紀中期にいた動物で、全長は六十センチから最大二メートルまでいて、口で三葉虫などを襲った。口についている二つの太い触手と、丸く飛び出した黒い目、左右についた何十枚もあるヒレが特徴的である。
海好人もアノマロカリスを図鑑で見たことがあった。しかし、その動作や色は、黒い墨で書かれただけの図鑑では感じられない躍動感と美しさを海好人は感じることができた。
「なんで現れたんだ?」
「きっと挨拶のつもりなんだよ」
「そうか。威嚇かと思った」
海好人は怖いという目をそのまま司に向けた。その時、お八義が前甲板までやってきた。
「みんな何やっているんですか。遅いからご飯冷めちゃい……わぁーすごい」
お八義は人魚達とアノマロカリスの飛び跳ねる姿を見て驚いていた。
〈こんな光景は僕らが見ただけでも驚くんだ。お八義ちゃんがこんなに喜ぶのも無理はないな〉
海好人がそう思っていると島から誰かが波乗りをしているのに気が付いた。それは緑色の髪をした少女で、サーフボードを使って波乗りしてこちらに少しずつ近づいてきた。不自然な水流を使って波乗りをしているため、海好人はすぐに水の能石師だと思った。
緑の髪の少女は、しばらく波乗りをして水上で一回転したり、大きな波の中を滑るように移動したりしていた。海好人や前甲板にいた者はみんなその波乗りに魅了され、ただただ見ていた。しばらくすると女の子は四神丸の方に向かってきた。そしてザバーンと大きな波を使って前甲板に上がってきた。校長先生は緑色の髪をした少女の前に歩いて行った。緑色の髪をした少女はみんなに話し始めた。
「おはようございます。島の代表者としてジパールの方々(かたがた)を出迎えさせていただきます。私は水の能石師のウォーシア・ワイカラマと申します」
この船に乗っているフェザルさんの音の能石の力で、外国語は自分達の国の言葉に翻訳されて聞き取ることが出来るので、ウォーシアの言葉を全員聞き取ることが出来た。また、ウォーシアもジパールの言葉を聞き取ることが出来るので、互いは少し喋りやすかった。
ウォーシア・ワイカラマは名が先に来て、性が後なのでこの少女はウォーシアという名前である。
「おはようワイカラマさん。我々は貴方を含めるガーディニア島の人々と親密になり、能石師としては、互いの力を強めていけるような交流をしたいと思っています」
「はい。分かりました。交流とは、やはり火闘石もされるのですか?」
火闘石とは、能石師同士の能石を使ったバトルの事である。
「ええ、火闘石だけでなく、いろいろな方法でお手合わせしたいと考えております」
「そうですか。では、私の相手をしていただける方はどちらですか?」
「貴方の相手は……」
校長は言葉がつまってしまった。
「校長、ここは僕にお任せください」
「うむ。分かった」
校長が司にバトンタッチし、司が海好人の肩をポンと叩いた。
「貴方も相手こそ、こちらにおられます。我が国ジパールが誇る火の能石師、天世海好人でございます」
ウォーシアは、海好人の方に体の正面を向け鋭い視線を向けた。
「初めまして、天世海好人、私は水の能石師よ。あなたが火の能石師と言うのなら尚更、私と戦っても無駄よ」
突然そういわれたので海好人は目を丸くして驚いた。その会話へ紅葉が割って入ってきた。
「無駄かどうかは戦ってから決めてください。ウォーシアさん」
「ふん!絶対負かしてやるんだからね!」
ウォーシアはそう言って島へ戻って行った。
朝食が終わる頃に四神丸はガーディニア島についた。ガーディニア島では一人の女性が出迎えてくれた。
「こんにちは。私はガーディニア島にある能石組織のワカナカに所属する科学者で、島の調査や研究をしているセイルと申します」
セイルという科学者は海好人達におじぎをした。
セイルは黄緑色のショートヘアにまぶたを閉じているような眼をしており、肌色は白い肌が少し、日光に焼けたような色で、身長は175センチくらいのスリムな体型をしており、べージュ色のズボンと緑色の半袖のシャツといった姿をしていた。そして彼女はジパールの言葉を話すことが出来た。
天羅校長がセイルさんの前まで歩いて行った。
「こんにちは。セイル博士。お会いできて光栄です。私はジパールの能石学校の校長で天羅と申します。今回はガーディニア島の交流を含めた特別合宿という形でこの島に来ました。今から生徒達を本部であるワカナカに連れて行ってください。私は用事がありますので定理先生、後はよろしくお願いします」
今回の旅って校長先生の事情がかかわっているんだろうと海好人は思った。
「分かりました。ではついてきてください」
セイル博士に連れられて定理先生と生徒達はガーディニア島にある組織「ワカナカ」の本部へと向かった。ガーディニア島の中心から島を引き裂くように川が流れており、その川を超えて行かなければならなかった。川には橋の代わりに大木が横倒しになり、向こう岸までかかっていた。大木に沿って歩いていった先にワカナカの本部はあった。古代遺跡のように、岩を加工し、何時間もかけ、建物の形を造ったようで、その外見は自然と文明が共存しているかのようだった。そんな巨大建造物の入り口の前に頭をバンダナで覆った女性がいた。
「イオナ、こんにちは」
「こんにちは。セイル、後ろの人達は?」
「彼らはジパールから来た能石師の学校の先生と生徒よ。今から、ワカナカの本部の中を案内したいの」
「なるほど。そのことなら今日、上から説明があって、中に入れるようにと指示が出てるわ。ごゆっくり見学していってね」
「ありがとうイオナ」
二人はガーディニア島の言葉でこの会話を話した後、後ろにいる定理先生と生徒達に目を向けた。
「それではこれから、ワカナカの本部ラ・ヘイアウの中を案内します。その前に、こちらがワカナカを守ってくれている門番のイオナです」
セイルは一歩右側に移動し、左手を左側にいるイオナさんに向けた。
「アロハ、私は音の能石師のイオナです。困ったことがあったらいつでも言いにおいでね」
イオナは丁寧なジパール語に自分の言葉を翻訳して海好人達に聞かせた。彼女は音の能石師でジパール語を理解することが出来た。
イオナは日に焼けた茶色い肌をしており、黒い髪にバンダナをし、目は黒色の瞳をしており、青色の袖のないシャツと膝まであるベージュ色のズボンを履いていた。足には、植物で造ったゾウリを履いていた。身長は175センチ程で、年齢は20代前半のような若い感じがした。
「さあ、それじゃあラ・ヘイアウの中へ行きましょう」
セイルさんはワカナカの岩で造られた空間の真っ暗な入口へ吸い込まれていくように入って行った。みんなもセイル博士に続いて入っていくので海好人も多少の恐怖を抑え勇気を出して入って行った。
そもそもラ・ヘイアウとは、ラは太陽、ヘイアウは神殿を意味する言葉である。ラ・ヘイアウの中には石を積み上げて作った足場とその周りを囲うように水が流れていてそれを壁に立てかけてあるロウソクが照らしていた。
定理先生と四神丸の生徒はセイル博士の解説を聞きながらラ・ヘイアウの奥へと進んでいった。
一方その頃、金と燕華は四神丸の中で主が帰ってくるのを待っていた。
「あー司っちゃん達遅いわね」
「でも熱心に勉強してるだけで決して油を売ってるわけではないので大目に見てあげましょうよ金さん」
「あたしは油揚げを買ってきてほしいね」
「もー本当に食いしん坊ですね」
こんな会話をしながら二体は楽しんだ。その後海好人達が帰ってきたのは夕方の四時頃であった。島には夕日の光が照っており、海の色が朱色に染まった。
穏やかな空気の中、この島には少しずつ嵐が近づいてきた。この嵐はガーディニア島の土地に大雨を降らせ、島の植物の成長を助けるなどの役割を持つのと同時に、植物や、人の命を奪うようなものでもある。この島の能石師は人命の救助や家畜、獣人の保護を手伝うようにし、嵐という自然現象に対処してきたのだった。四神学校の生徒もガーディニア島の能石師と協力して守るべき命を守ろうと考えていた。
「この島は毎年嵐によって多くの人間が被害にあいます。しかし、そんな時でもこの島の住人達は、互いに協力し、身を守っています。また、ここには古くから戦士達が民を守っているの」とワカナカの中でセイル博士が話してくれたことをみんなよく覚えていた。
「そもそもこの島の住人は台風に慣れているから僕達が協力しようとしてもそんなに大した力にもなってあげられないだろうし、逆に足を引っ張ってしまうかもしれない。だから、ガーディニア島の能石師と協力するのはやめた方がいいと思います」
夕食後、話し合いが始まった図書室の中で、そう発言したのは海好人だった。確かにこの島に慣れていない貝の国の生徒では、島の命を助けるどころか自分の命を落としてしまう危険もある。しかし、この発言に赤風紅葉が激怒した。
「何言ってるんですか。あなたはそれでも我が国の能石師ですか。いいですか、嵐の強風といった自然災害は能石師が進んで立ち上がり、人々を守らなければ我々が結んだ自然と人との絆が切れてしまうんです。土砂崩れ、津波などの二次的被害を防ぐために我々は動き出さなければならない」
紅葉の熱い発言で多数決の結果、四神学校の生徒達は島の能石師と協力して島の人々や獣人、家畜や動物の命を守る事になった。
そして嵐の日、燕華と金にも手伝ってもらい、島の人との協力は始まった。海好人は紅葉と海岸で津波を警戒した。金は島の奥部で助けを求める人がいないか警戒しながら熱帯林を駆け回っていた。燕華は風の吹いてくる方向へ飛び、向かい風を受けて大きく上昇した後、方向を変えて追い風を利用し、島の反対側まで飛行しながら上空で偵察し、川に流されている人がいないかなどを警戒した。また、燕華は司の連絡係もやった。司は司令塔として指揮を執り、偵察している燕華からの嵐の負傷者などの連絡を待った。一方でウォーシアは人魚達の集まる場所へ行き、安全な場所へ誘導したりしていた。
激しい雨音が聞こえるガーディニア島の磯に一人たたずむ茶髪の男がいた。身長は百八十センチ程でスマートな体格をし、半ズボンと袖なしのシャツを着ていた。右手には雷の能石を持っていた。その近くには若い少女のような雌女の人魚がいた。
「これからちょっとしたショーを見せてやるから、目を離すなよ」
「分かったわ」
男は右手を挙げた
「落ちろ雷!サンダーストライク!」
すると曇天から青白い雷が一直線となって海へ落ちた。
「これで邪魔者が一匹減った」
雌女の人魚は唖然とした顔で雷の落ちた場所を眺めていた。