第二章 貝の国からの出発
海好人は、早速部屋に戻ると、旅のしおりを開き、読み始めた。その内容は以下の通りだった。
始めに、この特別合宿「能石師達の冒険」では、生徒一人一人の学力の向上、および社会に進出する上では能石師に必要な能力の向上を目的としています。この授業には、いくら教師がいるとはいえ、多少の危険が伴われるかと思います。自分の自然霊を信じて、先生や仲間達と共に困難を乗り越えていきましょう。
「何だ、この前書きは……」
ここに書かれている自然霊とは、アストランドに存在する自然を具現化したエネルギー体で、それを宿らせている石が能石なのである。自然霊は具現化した時の強さと能石師の鍛錬によって強くなる。そのため、能石の使い方は能石師によって様々なのである。
海好人は少し不安な気持ちになりながらも次のページをめくり始めた。そして、しおりに書かれている持ち物や、書かれている内容に目を通していった。その中には、「自分の家の都合で守護獣人などがいる場合は、特別合宿への参加をさせてもよい」と書かれていた。
海好人は早速、燕華を呼んでみた。
「炎天の 空に舞い咲く ツバの華」と大きな声で言った。天世城では、燕天狗を呼び出す時、呼び出す燕天狗の名にちなんで川柳を読むのである。
海好人が読み終えた途端、目の前に一瞬で燕華が現れ、片膝を畳につけて頭を下げ、海好人に話した。
「何用でございましょうか。海好人様」
「今度の夏休みの特別合宿では、守護獣人も連れて行けるようだ。だからお前も参加してほしい」
「はい。それはぜひ参加させていただきます。しかし、瞬麗様が何とおっしゃるか……」
「わしは構わんよ」
燕華と海好人の前に瞬麗様が現れた。
「瞬麗様、本当に私が海好人様について行ってもよろしいのですか?」
「良いぞ!燕華よ、しっかりと海好人を守るんじゃ。二人共、無事に帰ってくるんじゃよ!」
海好人は瞬麗に頭を下げた。
「瞬麗様、誠にありがとうございます。燕華と共に無事に戻ります」
こうして海好人は、燕華と共に特別合宿「能石師達の冒険」を受けることになった。
海好人が眠りについた頃、ジパールにある「日昇りの祠」に存在する能石師が集う東方の能石組織「紅炎雀」、その幹部である鶏鷹と定理先生が話をしていた。鶏鷹さんは、赤い髪の毛を腰辺りまでたらし、巫女の服装をした若い女性であった。
「海好人君に、あの特別合宿のことを話してくれたのね」
「はい、しかし、自分も教師です。生徒を弄ぶようなことはしたくないので、特別合宿の方はしっかりやらせていただきます」
「そうね。しっかりと授業をして鍛えてあげなさい。海好人君も照美のように立派な火の能石師になれるといいわね。もうこれからは海好人君が照美の仕事をしてもらわないといけないかもしれないからね」
鶏鷹はやさしく微笑んでいたが、どこか悲しそうだった。
「鶏鷹様、どういうことですか?」
鶏鷹は深刻な顔ではなし始めた。
「最近、北の能石組織であるビエーリゾーントで能石師長のベンゼルが、何者かに襲われ、重傷を追ってしまったの。それで、敵が何者なのか調査に乗り出しているの。私たちの貝の国からは、天世照美がいくことになっているの」
能石師の組織「能石組織」は、アストランドに大きく分けて四つの組織が存在しており、東の紅炎雀、南のワカナカ、北のビエーリゾーント、西のヴィズィオンシュトがある。海好人が受ける「能石師の冒険」は、この四つの組織のある国で強者の能石師と戦かったり、異国の人と交流を深めるものである。また、この能石組織には能石師長という地位の幹部が存在し、彼らはそれぞれの地方でも最高の実力を誇る能石師である。人が能石師になる際に、能石師長が自然霊を創り、それと契約させ、能石師となるのである。
「照美さんが。……一人で行かれるのですか?」
「そう。行った先で他の調査隊と合流し、調査をするの。照美は火の能石師だから、ベンゼルのいる寒い地域で、温度を操り、各隊員の体温を調整する役として選ばれたの。照美さんの方からもこの件では了承を得ているわ」
「そうですか。照美様のご無事を祈ります」
定理先生は手を組み、日昇りの祠の穴から見える夜空に願った。
「照美様、海好人君は私が鍛えます。なので、どうか生きて還ってきてください」
夜空はただ静かに星がきらめいていた。
そして、船出当日の日を迎えた。海好人は普段より早い午前五時に起きようとしたが、夕べあまり寝ることが出来ず寝坊しそうになってしまっていたところを燕華が起し、何とか時間内に出港式をする港に着いた。そこには、なかなか大きく、美しい近未来的なデザインの赤と白色の船が一隻あり、その近くに定理先生もいた。
「おはようございます。海好人君。他のみんなはもう乗っているから、私と一緒に船の前甲板まで行って出港式を始めるわよ」
海好人は、どんな人が一緒に行くのか動揺や、緊張をしながら燕華と一緒に前甲板の方に行った。
前甲板に来た海好人の前には、校長先生や、友達であり海好人のクラスで学級委員長を務める社森司と司の守護獣人である狐人と呼ばれる狐のような姿をした獣人の金、女子学級委員長である赤風紅葉がいた。
生徒達は皆一列に並んでいたので、海好人は一番右に並んでいる赤風紅葉さんの隣で並んでいた。ふと海好人は先生たちの並んでいる中に小柄でかわいらしい少女が混ざっていることに気が付いた。前髪は左側が頭の横側に引っ張られるように止められ、右側の髪は目に向かって垂れていた。髪色と瞳は黒く、その眼は早朝にさすわずかな日の光を受けて輝き、生き生きとしており、彼女の純粋さを象徴しているかのようだった。顔や手の肌色は白く綺麗だった。
「お八義ちゃんだ」
海好人は少し驚いた。このお八義という女の子は、和菓子屋の看板娘であるが、海好人とは縁の深い人物であった。というのもある夜、夜道を一人で帰っていたお八義は迷子になり、天世城が協力してお八義を捜し、燕華が場所を知らせ、海好人が駆けつけ三人でお八義の家へ歩いていたところ、野良犬に襲われそうになり、その時に、火の自然霊と偶然契約を結び火を操る能石師となることが出来た。これはめったにない現象であり、海好人に起こった奇跡だとされているが、周りの人はそのことを知らない。知っている人は、海好人の父、平和と母、照美、そして社森司と定理先生、紅炎雀の鶏鷹
くらいであった。
そして出港式が始まった。司会は四神学校の教頭先生が務めた。
「それでは四神丸の出港式を始めます。本日から始まる特別合宿への参加を希望し、ここにいる生徒諸君、我々教師一同は君達のその決意を賛美する。君たちがこれを期に立派な能石師となり、この世界の三種族の平和を守って行ってほしいと思います」
教頭先生の話が終わり、次は特別合宿の関係者の紹介へと移った。
「次に船内と、特別合宿の中で生徒たちをサポートしていただく方の紹介をしたいと思います。まず、食堂で食事を作られる上田美咲さんです」
海好人の並んでいる場所と向かって右側に定理先生を含め四人の大人が並んでいたが、海好人は校長先生と定理先生しか分からなかった。その中の一人が生徒の横一列に対して中央で向かい合うような場所まで来た。見た目は貝の国の女性らしく、着物にたすき掛けをした人だった。女性は海好人達の前にある朝礼台の上に立った。
「上田美咲と申します。よろしくお願いします」
上田美咲さんは生徒達に挨拶し、礼をして元いた知らない男の隣に戻った。
「次に、様々な国を旅して、商業をされているフェザルさんです。彼は優秀な音の能石師でもあり、異国語を翻訳し、音の能石の力で異国語を母国語に変換し、対象となる人間に聞かせることが出来ます」
フェザルという男は、薄いウグイス色の髪を頭の後ろで束ね、瞳は黄色く、女性のような顔つきをしており、美青年という印象があった。肌の色は白く、身長は百八十センチ程の長身で、体形は細く、西洋風の服を着ていた。
フェザルは朝礼台の上まで歩いていき、「フェザルと申します。よろしくお願いします」と言って礼をし、元いた校長先生の隣まで歩いて戻っていった。フェザルさんの声は少し暗い感じがした。
「ここで、今回の旅に同行し、お手伝いをすることになった八義さんの紹介をします」
教頭先生がそういうと、定理先生の隣にいたお八義は朝礼台の上まで上がった。
「おはようございます。八義と申します。このたびは、この旅にご一緒させていただくことになりました。お八義と呼んでください。どうぞよろしくお願いします」
お八義は元いた定理先生の隣へ戻って行った。
「次に定理先生、よろしくお願いします」
定理先生が朝礼台の上まで歩いて来た。
「定理と申します。みんな、ガンガン鍛えていくわよ!」
しばらく沈黙があり、定理先生は赤面して校長先生の隣まで戻って行った。
「では次に、校長先生のお話です」
フェザルさんの隣にいた校長先生が朝礼台の上までスタスタと歩いていった。校長先生の名は天羅と言い、学校では生徒達から校長先生と言われ恐縮されていた。髪は白い長髪で、髭が丁寧に剃られており、顔には掘られたようなシワがくっきりと見え、肌の色は白っぽく、身長は百七十五センチくらいあり、普段は黒いローブを着ているのだが、今日は襟に白い毛が付いたローブで現れた。朝礼台に上がった校長先生は早速語り始めた。
「この授業を通して、君達は何を得るのだろうか。私にはそれは分らない。けれども、君たちの夢、希望、愛、正義、勇気、友情を乗せたこの船ならば必ず最後には勝利と成功の舞台へと導いてくれるだろう。君達がこの授業中にしなければならないことがある。それは、自分の抱く夢をあきらめずに持ち続けることだ。また、過酷なときや絶望しか感じられない時、そんな時に、自分の意志を思い出し前に進むことだ。なぜここまで言うのか。それは、我々一同は君たちの未来は輝かしいものだと期待しているからだ。たとえどんなに馬鹿であろうと、どんなに運動音痴だろうと明るい未来は来るものだ。我々は君達の明るい未来を見たい。そのために、我々教師一同は地獄まで付き合うつもりでいる。皆、懸命に努力せよ」
話を終えて、校長先生は朝礼台から下りて元の位置であるフェザルと定理の間へ戻って行った。
普段は聞いたことのない校長先生の迫力ある演説に、海好人は驚いていた。
「それでは、間もなく四神丸が出航いたします」
教頭先生は、そう言うとスタスタと歩いて四神丸から出た台を下りて行った。教頭先生が下りたのを確認し、台を収納し、出発する準備がととのった。
ウィーンと音がして、船が動き始め、ゆっくりと港から離れていった。港では、教頭先生が一人で手を振っていた。
「教頭先生、一人なのに、ありがとう」
たった一人で手を振る教頭先生を見ていた海好人は、教頭先生が手を振っている方向の上空から何かがすごいスピードで飛んでくることに気が付いた。それが三十メートル程の距離まで来た時、その正体に気付いた。
それは、天世城にいるはずの燕天狗達が、海好人を送り出すために飛んできてくれたのだった。燕天狗の先頭は瞬麗様がいた。燕天狗達はそれぞれ海好人と燕華に励ましの言葉を贈った。
「おい海好人、強くなって帰ってこいよ!」
「燕華ちゃんと頑張ってね!あとお土産よろしく!」
「海好人!泣きたくなった時は我慢じゃあ!忘れるなよ!」
燕天狗達はそれぞれ言いたい事を言うと、優雅に空を舞って見せ天世城へと帰って行った。
みんなに励まされて恥ずかしがりつつも、海好人は嬉しかった。