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Last Notice―特殊異能課―  作者: uka
【case1】祈れ、神の名を
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自己紹介②


 エレベーターを降りて左右に分かれた廊下の左奥に特殊異能課はあった。とは言ってもワンフロア全てが課のものらしい。透明な両開きの自動ドアの中を覗き見ると、入口からまた左右に部屋が分かれているらしく、入ってすぐの壁には【左:ゲストルーム】【右:特殊異能課】とプレートに書かれていた。

「ここが僕らの城。特殊異能課、略して特能課とくのうか

「特能課……」

「そ! 仕事内容は後で話すとして。まずは」

 そこで一旦言葉を切る。

「ようこそ! 久々の入隊者だ。歓迎するよ。水方叶くん」

自動ドアに一歩踏み出した夏芽さんがくるりと振り返り、喜びを噛み締めるかの様に笑う。まるで「会いたくて仕方なかった」とでも言う様に白磁の頬をうっすら朱に染めて。

「……っ!!」

 その声や表情に胡散臭さは微塵もなく、純粋に歓迎してくれてるんだと思えた。俺の事を両手放しで受け入れてくれる。慣れない感覚に戸惑いは残るけど……きっとこの人は本気でそう思ってくれている。読めない人である事には変わりないが、少しばかりこの人に対する考えを改めた。暁さんの言う通り、悪い人じゃないんだと。

「ありがとう、ございます」

 だから素直に礼が言えた。もしかしたら笑顔の一つでも浮かべていたのかもしれない。夏芽さんとローズさんが驚きに目を見張っていたから。

「行こう。あとの二人も紹介するよ。首を長くして待ってるから」

 にっこりと微笑む夏芽さんと、口元を僅かに緩めたローズさんが片手ずつ俺に差し出す。

 右手にローズさん、左手に夏芽さん。伸ばされた手を、俺は迷わず握り返した。

 自分自身でも良く分からない。あれだけ胡散臭いと思っていたのに気付けば当然の様に握り返していた。心境の変化、気紛れ、絆された? どれも正しいかもしれないし間違っているかもしれない。ただ、悪い気分じゃない。

 いや違う、嬉しいと思ったんだ。




「たっだいまー」

「ただいま」

 片開きの特殊異能課へ通じる半透明の自動ドアは隊員証パスをカードリーダーで読み取ることで簡単に開いた。エレベーターのセキュリティは凝ってたのにここは隊員証だけで良いらしい。ちょっとここの人達の感覚が俺にはまだ分からない。

 引っ張られる様に手を繋いだまま室内に足を踏み入れると甲高い破裂音が響いた。突然のことにぎゅっと目を瞑れば、一拍遅れて髪や肩にカサリと乾いた何かが降ってくる。同時に火薬の臭いも。

「お帰りィ!」

「……お帰り」

 目を開ける前に届いた二つの声は対照的だった。

 ガキ大将がそのまま大人になった、そんな威勢の良い声の男性と、落ち着いたと言うより暗いと表した方がしっくり来るが深みのある声の男性。

 パチリと目を開ければクラッカー片手に二人の男性がものすごく近い位置に立っていた。その距離僅か1m。思わず一歩下がってしまう。

 どうりで音が大きいはずだ。

「良く来たな! ほら、荷物寄越せ」

 俺の態度に気にする素振りも見せず、肩に掛けていたボストンバッグを指差す。

 面倒見の良さそうな人だ。二カッと犬歯を見せる姿は控え目に例えるなら『近所のお兄ちゃん』といったところか。正直、大らかで頼りがいのある『アニキ』が似合うと思うのだが、初対面だし控え目な方で今は例えておこう。

 光の加減で燃えるような赤にも見える短髪の濃いオレンジ色の髪と同色の瞳は彼の明るさを表しているかの様だ。服の上からでも分かるがっちりとした体躯は日々鍛えられているのが分かる。

「遠慮しなくていい」

 ボケッとオレンジ頭さん(仮)を眺めているともう一人の男性が声を掛けてくれた。

 こちらは黒髪黒目の中性的な顔立ち。先程暗いと感じたことは心の中で訂正しておこう。夏芽さんの様な華やかさはないが、それを補って余りある艶、と言うか色気が彼にはあった。

「どうした? 疲れたか?」

 さり気なく気遣ってくれる声は低過ぎず高過ぎず心地良い。透き通る声という訳ではない。特徴的な声という訳でもない。だが、どんな喧騒の中でもこの人の声は必ず届くだろう。発した声が真っ直ぐに耳に入ってくる不思議な感覚。

「…! 大丈夫、です」

 正面から顔を覗き込まれてビクリと肩が揺れる。

 ローズさんと同じ黒曜石の切れ長の瞳が微かに細められた。本当か考えあぐねているのかもしれない。瞳の鋭さは男性特有のものだが、全体的に長めの黒髪や滑らかな曲線を描くキメ細やかな頬に赤く熟れた薄い唇。男性だと分かっていても女性的な美貌に至近距離で見つめられてどくんっと鼓動は早くなる。

「なら良い」

 瞬きもせず見つめている俺をきっと不審に思っただろうに、いつまで経っても肩から下ろそうとしないボストンバッグに手を掛けると成り行きを見守っていたオレンジ頭さんに手渡した。そしてついでとばかりに未だ頭や肩に垂れ下がっている紙テープを払い、モッズコートを脱がせると何も言わずに奥の部屋へと消えていった。

 この時ばかりは普段『能面』と揶揄される自分の表情筋を褒めてやりたかった。内心胸を撫で下ろす。鞄に手を掛けられ服を脱がされても抵抗すら出来なかった事については記憶から消してしまおう。男相手にどきどきしてしまったなんて気持ちが悪い。

「コレ、あっちの部屋に置いてくるからお前は座ってな。班長は冷蔵庫からジュースと酒、出しといてくれよ」

 銅像よろしく立ち尽くしている俺に苦笑してオレンジ頭さんは夏芽さんに声を掛けた。

「りょーかーい! って真昼間からお酒飲むの? これじゃお偉方おじさんたちと一緒じゃない」

「冗談だよ。アルコールなんて買ってねーって」

 お酒と聞いて顔を顰めた夏芽さんに冗談だと舌を出してオレンジ頭さんは黒髪美人さんを追い掛けていった。






※ ※ ※






「さて、それじゃメンツも揃ったし乾杯の前に改めて自己紹介しておこうか」

 白い丸テーブルを囲んで視線を巡らせながら夏芽さんが改まった口調で同意を求める。ちなみに並びは俺を基準に時計回りでオレンジ頭さん、黒髪美人さん、夏芽さん、ローズさんの順だ。

 各々コクリと頷くのを見て夏芽さんは満足気に微笑むと俺の方を向いた。

「じゃあ二度目になっちゃうけど僕から始めるね。国家保安局レベルE所属特別戦闘部隊Last Notice内特殊異能課班長の夏芽ナツメ。全課の取り纏めも兼任してるよ」

 全課……つまりLN内部には特能課や経理課以外にも非公開の課がある訳だ。確かエレベーターでも科学技術課がどうこう言ってたな。予想通りとは言え、やはり謎の多い組織だ。

「好きな食べ物は美味しいもの。嫌いな食べ物はなし。趣味はイタズラ、特技は瞬間記憶。あとー好きな女性のタイプはぁ」

「もう良いです班長」

「ええ!? まだ言い足りないっ」

「追々でいいじゃねーか」

「ぶー」

 嬉々として話す夏芽さんをオレンジ頭さんと黒髪美人さんが止める。放っておいたらいつまでも話し続けそうだと懸念したのだろう。頬を膨らませ抗議する夏芽さんを黒髪美人さんは冷静に。オレンジ頭さんが苦笑いで宥めすかせる。

「それじゃ次はローズちゃんね」

 それを受けて夏芽さんは渋々といった様子で椅子に座り直した。まだ納得してませんって顔で唇を尖らせるが日を改めることにした様だ。

 夏芽さんに促されてローズさんは無言で首を縦に振った。

「……ローズ」

 それだけ?

 夏芽さんの情報量に対してローズさんの自己紹介が簡潔過ぎて拍子抜けする。自己主張が激しいのもどうかと思うが少ないのもどうだろう。

「副班長。もう少し個人情報の開示をお願いします」

 余りにも簡潔な自己紹介に黒髪美人さんが助け船を出してくれる。

「……特殊異能課副班長。身長149センチ。好きな食べ物はチョコチップクッキー、嫌いな食べ物は生魚。趣味は裁縫、特技は見て見ぬ振り。休日はもっさりしてる」

 一息で言い切った。

 中央エントランスからここに来るまでずっと一緒だったが、ローズさんは大人しい。必要最低限でしか口を開かないし、開いたとしても夏芽さんの説明の補足ばかりで自分から進んで話し掛けて来ない。ただ黙ってついて来るだけ。それでも時々気になるのかチラチラこちらを窺っていたみたいだが終ぞ会話らしき会話はしなかった。


(嫌われてはないと思うけどな)


「……よろしく」

 そんな事を考えていたら、最後にうっかり聞き逃してしまいそうになるくらい小さな声でローズさんが呟いた。

 無表情のままだが、もしかしたらやっぱり恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。じっと見つめていると視線が外された。

「よろしくお願いします」

 こくり。

 可愛らしい女の子ヒトだ。

「次はオレな!」

 今度はオレンジ頭さんが元気良く手を挙げる。その瞬間、テーブルに置かれたグラスがカシャンと音を立てた。

「気を付けてよ~? それじゃ次はおっちょこちょいのカナちゃん」

 グラスが倒れる寸前で隣に座る黒髪美人さんが危なげなくキャッチする。倒したオレンジ頭さんもキャッチした黒髪美人さんもその光景を見ていた夏芽さんもローズさんも笑う。それは穏やかな空気で……もうずっと前に無くした家族を思い出させた。チリリと胸を刺す痛みは羨望か郷愁か―――柔らかく、穏やかな……記憶の片隅に残る幼き日々。今は所々忘れてしまっておぼろげな形でしか思い出せない。

 あの時はまだ両親と俺と―――

「特殊異能課班員のカナだ。歳は二十五。好物はミートパイ! 特技はアクロバット。そーだな、あとは……絵本が好きだな」

「絵本、ですか」

 一瞬過去の記憶に囚われかけた俺を引き戻したのは意外な単語だった。絵本? これはまた意外な趣味だ。見た目からは想像も付かない。

「何か知らねーが昔から好きなんだよ。似合わねーだろ? ほい、じゃあ次!」

 ぱちぱちと目を瞬かせると少し顔を赤くして早口で黒髪美人さんにバトンタッチをする。意外とは思うけど似合う似合わないは関係ないのにカナさんは強制的に話を終わらせた。残念だ。どんな絵本なのかちょっと気になったのに。

「俺はくだ……ぐっ」

 急かされた黒髪美人さんが続いて口を開き、多分、いや間違いなく名前を言おうとした正にその時、ゴスッと鈍い音がした。よくよく見ればカナさんの肘が黒髪美人さんの脇腹に突き刺さっている。「くだ」何だったんだろう?

 苦悶の表情を浮かべ横目で睨む黒髪美人さんには目もくれずカナさんが大声で名乗る。

「クゥだ!!」

「?」

「……クゥだ。歳はカナと同じ二十五。特技は手品。好物は必要か?」

 何とか立ち直った黒髪美人さん。もといクゥさんが、チラッとカナさんを見て確認する。だが相当痛かったらしく前屈みで脇腹を押さえている。それでも文句を言わないクゥさんはきっとものすごく良い人なんだと思う。

「言っとけ言っとけ」

 首を縦に振りカナさんが頷く。それを確認して再度クゥさんが口を開いた。

「好物は鰻重。苦手な物はミックスベジタブル。休日はアイリと戯れてる」

「アイリってのはクゥの愛猫な」

 すかさずカナさんが補足してくれる。同い年だから、と言う訳じゃないだろうが良いコンビだ。友人というよりも相棒と言った方がしっくりくる。

「寮で生活するようになったら紹介しよう」

 今度こそ立ち直ったクゥさんがそう言ってくれた。

「楽しみにしてますね」

 動物は俺も好きだ。故郷では犬猫梟と一緒に住んでいた。ルーヴェルアに出て来る際に伯父夫婦に預けてきたが元気でやっているだろうか?

 まだ別れてから十日も経っていないが思い出せば恋しくなる。十年近く一緒に過ごして来た家族同然の二匹と一羽。特に甘えたがりな二匹は鳴いて伯父を困らせてないか心配だ。寮に入ってしまうとなかなか帰ることは難しいだろうから落ち着いたら手紙でも送ろう。そう心に誓った。

「それじゃあオオトリはベイビーちゃん!」

「え!? 俺もですか?」

 四人の自己紹介が終わって一段落と思ったら声高に夏芽さんが過度な期待を込めた、無駄にキラキラする瞳で俺に振ってきた。提出した履歴書は読んでないのだろうか。結構びっしり書いたのだが。

「良いから良いから」

 どうぞどうぞと言われ、若干面倒くさいと思いながらもまぁ自分の口で挨拶くらいするべきだよなと思い直した俺は小さく頭を振って、先程からチラつく古い記憶や故郷ノスタルジーに浸るもう一人の自分を頭から追い払った。

「……えと、水方叶みなかたかのう。十九歳です。レーヴァイン南部のアクアフォレスト出身で趣味特技は機械イジリと……危機察知能力。好きな食べ物は甘いもの全般。嫌いな食べ物は保存食、です」

「へぇ。お前『外』の出身なんだな」

 興味津々といった表情でカナさんが瞳を輝かせた。

「すごい田舎ですけどね。コレといって何もないですし」

 故郷のアクアフォレストはルーヴェリアの様に便利な機械やシステムはない。そうは言っても発展途上国に比べれば生活水準はかなり高いが。先の大戦を逃れた数少ない町のひとつで、それ故に新たに手を加えられる事もなく昔ながらの街並みが残っている。

「南部は割と平和だもんねぇ。機会があれば行ってみたいな」

「うん」

「有給休暇を申請します」

「ナイスだクゥ!!」

 うんうんと頷きながら夏芽さんとローズさんが未だ見ぬ土地へと思いを馳せ、クゥさんとカナさんが現実的に有給を強請ねだる。

 和気藹々と楽しそうな四人に俺もまた顔が綻ぶのを感じた。

「よし! 今すぐはちょーっと厳しいけれど遠くない未来に休みをもぎ取って来るよ!! みんな僕に任せて」

 すっかり旅行気分になった夏芽さんが握り拳を作って立ち上がった。

「おお! 珍しく班長がやる気だ」

「明日は雨、か?」

「たぶん猛吹雪……」

 三者三様に驚き、でも嬉しそうにお互い顔を見合わせる。

「ひとまずは新しい仲間が出来たことを祝おう。ベイビーちゃん」

「はい」

「これからよろしくね!」

「よろしくなっ」

「よろしく頼む」

「今日から仲間……」

 溢れんばかりの笑顔の夏芽さんを皮切りに他の三人も口々に歓迎の言葉を贈ってくれた。

「はい……あの、よろしくお願いします!」

 今日一日色々あったけれど、何とかやっていけるかもしれない。訳が分からない事も正直ある。でも居心地は悪くない、そう思った。



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