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Last Notice―特殊異能課―  作者: uka
【case1】祈れ、神の名を
6/25

思い出はプライスレス

 Lastラスト Noticeノーティス本部はとても広かった。


 扉を開けてすぐに飛び込んで来たのは煌くシャンデリアの照明。次いで両サイドからぐるりと囲う通路と階下へと続く階段。そしてざわめく人の声。

ここに来てやっと人間の気配がしたことに安堵する。

「やっぱり緊張してた?」

「そりゃそうですよ! こんな広くて綺麗な場所なのに人の気配が全くしないんですから」

 大袈裟ではなく安堵の溜息を吐く。右手に嵌めた腕時計を見ると保安局に入ってからもう一時間近く経過していた。

「……新人の宿命さだめなの」

 中央エントランスと同じ吹き抜けのフロアをまじまじと見ていた俺に、いつの間にかすぐ傍まで来ていたローズさんが真剣な表情で俺を見上げて言い聞かせる様に呟いた。その瞳には微かに憐れみの情を含んでいる。

宿命さだめ?」

 勿論俺にはその憐れみが意味するものが何なのか皆目見当も付かない。もう少し詳しく話を聞こうと口を開きかけたところで夏芽さんの妙に明るい声に阻まれた。

「お疲れさまぁ!! ここがLN本部だよ。無事最終試験突破おめでとー」

「………はい?」

 最終試験?

 そんなものに身に覚えはない。

「あは♪」

「いえ、あは♪ ではなく。どういうことですか」

 ぺろっと舌を出して小首を傾げる夏芽さんへ努めて冷静に問い掛ける。怒っている訳ではない。試されているかもしれないとは中央エントランスへ飛ばされた時に薄々感じていた。そこにどんな意図が隠されているかまでは分かる筈もなかったが。

「ま、まぁ形式的なものなんだけどね。ベイビーちゃんも気付いてると思うんだけど僕らの部署は非公開で国家保安局みうちでもある一定の人間までしか知られてないんだ。で、僕ら所属はLastラスト Noticeノーティスになるからさ、それなりにそれなりな人材が必要なんだよ」

「それなり?」

 俺の胡乱気な眼差しにたじろぎながらも夏芽さんが答える。

「そう! LNウチに入るには条件がいる。自分で自分の身を守れるだけの力と、魔法師としての才能、特出した何かしらの・・・・・能力、それと……これはいっか、また説明するよ」

「はぁ」

 最後に言いかけた言葉を自嘲気味に笑みを浮かべて飲み込んだ夏芽さんは軽く首を振り話を戻した。

「とにかくLNの所属である限り、所属部署が戦闘に関わる関わらないに限らず最低限の戦闘能力と判断力が必要なんだよ。これはLNウチだけじゃなくてレベルEでも同じ。だけど筆記や実技試験では判断力までは測れない」

「だから咄嗟の判断力を測る為に指定の場所まで来させる様にしたって訳ですか」

 それにしては別段難易度が高いものではなかった気がするけどな……

 レベルEの受付へ飛ぶ筈が中央エントランスになっただけだし、それも上まで行ったらすぐに迎えが来てくれた。俺がした事と言えば中央エントランスの外を半周しただけ。そもそも俺は筆記試験は受けたけど実技試験は受けていない。いや、受けたのは受けたけど魔法や体術じゃなくて指定されたプログラムを作っただけ。当然だ。元々技術開発部希望だったのだから。なのに魔法師・・・としての才があるとどうして分かる?

 何かがおかしい。夏芽さんとローズさんの顔を交互に見てみるがそんな俺の胸中など知らない二人は俺の疑惑に満ちた視線に気付かない。それとも気付かない振りをしているだけ?

「そーゆーコト。形式的だからそこまで重要視してないんだけど、それでも指定した場所に着かない、周りに誰もいない状態でどうやって切り抜けるのか。その行動を見たかったんだよ」

「……合格ラインは時間制限一時間以内に目的地へ辿り着くこと」

 笑みは浮かべたままだったが、銀青色の瞳の奥は真剣に語り、続いてローズさんが補足する。

「ベイビーちゃんは開始十五分で施設の位置関係が分かっちゃったから切り上げたの。もう意味がなかったからね」

 保安局の総合受付で見た仮想端末バーチャルデバイスの見取り図。あれのお陰か。何気なく眺めていたあれが思わぬところで役に立ったというワケだ。

「もし制限時間内に辿り着けなかった場合はどうなるんです?」

 既に合格しているのに不合格になってしまうのだろうか。それはかなり痛い。Lastラスト Noticeノーティスの倍率は知らないが、保安局全体で言えば国の機関なだけあって給料も待遇も一般企業に比べて条件が良い。何十倍という倍率を勝ち抜いた挙句最終的に不合格になりました。なんて洒落にならない。

「流石に不合格にはならないよ。精々パートナーの変更だったり教育係の変更をするくらい。ごめんね、抜き打ちなんて嫌だよね」

「いえ、構いません。そちらにケチを付けたい訳じゃないんです。それに本来なら・・・・最終試験云々は言わなくても良かったんでしょう。隠しておくのは気が引けましたか?」

 合否に関係ないなら言わないで欲しいと言外に告げる。

「うーん、きみって可愛い顔してなかなか的確に心を抉ってくるね」

「すみません……言い過ぎました」

 飄々として掴み所のないあなたが傷付くとは思えませんが。とは流石に口には出さなかったがきっと俺の考えなんてお見通しだろうから形だけ謝っておく。

「ベイビーちゃ――」

「夏芽さんっ!」

 泣き笑い、の様な微妙な顔をした夏芽さんが口を開き掛けた時、近くのドアが開き黒髪を撫で付けた神経質そうな男性が飛び出してきた。

「え? あ、アカツキどうしたの?」

 突然の事に一瞬ビクついた夏芽さんだったが、肩を怒らせて向かってくる相手が誰だか分かるとふにゃりと笑った。その姿を見てアカツキと呼ばれた男性のこめかみに青筋が浮かんだのは気の所為ではないだろう。

「どうしたの? じゃありません! 予算案の変更をお願いしていたでしょう。期限はとっくに過ぎてるのにいつもいつもフラフラとどこをほっつき歩いているんですか!! 全くアナタって人は……おや?」

 まくし立てる様に夏芽さんへ詰め寄り、今にも首を締めんばかりの勢いで首元のシャツを捻り上げていた彼は口をぽかーんと開けて成り行きを見守っていた俺を視界に入れると右手に掴んでいた夏芽さんを文字通り放り投げた。

「いたいっ! ひどいよ暁~」

「煩い。アナタは黙ってなさい」

 床にぶつけた頭を涙目になって擦る夏芽さんを絶対零度の視線で射殺した彼はコホンと一つ咳払いをして俺に向き合った。夏芽さんとはまた違った美形さんだ。キリッとしたお顔は甘さなど一切なく切れ長の瞳の所為か、鋭利な刃の様に全体的にキツイ印象を受ける。

「きみが水方みなかたくんですね?」

 釣り目がちなヘーゼルアイが俺の顔を覗き込む。夏芽さんより低いが俺よりも高い背を少しだけ屈めるとリムレスのメガネから伸びるシルバーのチェーンがシャランと音を立てた。

 疑問系を取っているが確信をもって問われる。凛とした声音はこの人の意志の強さを感じさせる。

「……そう、です。あの~」

「どうしました?」

「夏芽さん大丈夫なんですか?」

「捨て置きなさい。あんなモノ」

 舌打ちと共に吐き捨てる。仲、悪いのかな……

 打ちひしがれる夏芽さんを尻目に、暁さんはそっと俺の肩に手を置いてグッと力を込めた。

「良くお聞きなさい」

「はい?」

夏芽さんアレは普段使い物になりませんが、いざという時は役に立ちます。飄々と掴み所がなくてちゃらんぽらんで自由人で計算高くてタラシで」

「ソレただの悪口じゃん」

「アナタは黙ってなさい!」

「ゴメンナサイ」

「……人を煙に巻くのが得意で色々腹立たしいと思うところもあるでしょうが、仲間に嘘を付く様な人間ではありません。誰よりも仲間思いな人間です」

 真摯に語り掛けてくる瞳は言葉よりも真実味があった。まだ床に座り込んでいる夏芽さんが感動のあまりキラキラと光る涙を流している。どんな関係なんだこの二人。

「きみには大変申し訳ないと思っています。けれどそう悪い事ばかりじゃないとこれから時間を掛けて知って欲しい。手の掛かる上司ですが適当に相手をしてやって下さい」

 そう言うと暁さんは肩から手を離した。ほんの少し同情を含んだ生暖かい視線を最後に俺へ向けるとふっと表情を緩めた。

「僕とした事が我を忘れてしまいました。すみません、突然でびっくりしたでしょう」

「いえ、そんなことありません」

 大丈夫ですと首を振ると暁さんは目を伏せ今度こそ笑った。口の端が僅かに弧を描いただけのものだったけど、最初に感じたキツイ印象はない。不器用な優しさが見え隠れする。

 そうですか、と息を吐くとおもむろに内ポケットから一枚カードを取り出した。

「何かあればこちらに連絡して来なさい。基本的にこのフロアにいます」

 手渡されたカード――名刺には【Last Notice 経理課班長 暁】と連絡先が書かれていた。この人も偉い人か。

「では僕はこの辺で。夏芽さん!!」

 俺に向けていた柔らかな表情を一変、般若の形相になるとドスをきかせた。

「はいっ」

「今日のところは引き下がりましょう。明日の朝一番に書類を持って来なさい」

「あーかーつーきぃー♪ 大好きっ」

「馴れ馴れしい! 離れなさい。アナタの為じゃありません。この子の為です。良いですね? くれぐれも! く・れ・ぐ・れ・も面倒を掛けないように」

 じゃれつく夏芽さんをぴしゃりと一刀両断。音速の手刀をかまし、暁さんは足早に元いた部屋へと戻って行った。

「………」

「ベイビーちゃん」

「はい」

「えっとー、彼は経理課のボスでー暁くんっていうんだけどー」

「知ってます」

 名刺をひらりと振ってその先を制する。夏芽さんはへにゃりと力なく笑みを浮かべようとして、がっくりと肩を落とした。

「……ナツメの日頃の行いが悪い。自業自得」

 大方、格好悪い姿を見られて落ち込んでるんだろうなぁ。ポンポンとローズさんに頭を撫でられ慰められている夏芽さんを横目にそんな事を思った。






※ ※ ※






LN本部5階フロア―――


 ちーん!


 妙にマヌケな音がしてエレベーターのドアが開いた。

「五階、特殊異能課です」

 自動音声が流れ、それと同時に見えないセキュリティーが解除された。自動オートで隊員証の個体識別認証が再度実行、情報が破棄される。

 端末に情報の欠片を残さないよう毎回リセットされるのだろうか?

 面倒だが削除デリートの判断は正しい。どこまで効果があるのかは定かではないが大抵のハッカーなら抑えられるだろう。エレベーターのセキュリティシステムからハッキングをする人間がいるかどうかは兎も角だ。まぁ俺みたいな人間には無意味だが。

 それにしても……なんだろうここは。

 煌々と照らす明かりは思っていたよりずっと高い位置にある。恐らく天井が高いのだろうが、エレベーターに乗った二階の経理課フロアより廊下がやけに狭い。そして見える範囲だけだが分厚い壁が続いている様だ。

 エレベーターを降りようと踏み出したその時、ぐっと肩を引かれた。

「なっ!」

 何するんですか、と非難の声を上げることは出来なかった。唐突に犯人(ナツメさん)が、さも当然の様に空中に向かって名乗りを上げたからだ。

「夏芽でーす」

「お疲れさま」

 名乗りを上げたのは夏芽さんだけで、ローズさんは労いの言葉を口にした。誰に向かってかと思えば自動音声へ、だ。

「声紋スキャン完了。夏芽さん、ローズさんお帰りなさいませ」

「!?」

 ただのシステムかと思っていたが、まさかAIだったのか?

 いや、ない。それはない。エレベーターに人工知能を搭載するなんて何の意味もないはずだ。

「たっだいまー」

「ただいま」

 俺の戸惑いを余所に挨拶を交わす二人。

「声認証ですか?」

 個別認証と声認証のダブルチェックとは。この辺りは保安局と違ってしっかりしてるんだなと感心する。

「あは。イタズラで仕込んでるんだ。特能課ウチ声認証コレ

 未だ肩を捕まれたままだったので、仕方なく肩越しに振り返ると、向こうも俺を覗き込む様に前屈みになって楽しそうに笑う。

 ウチは、ということは各階に何か仕掛けられてるという事か。何という無駄。何という暇人。

「登録してなくても出れるけど、そしたらね…ふふ!」

「……何ですか」

 クスクスと含み笑いをする。

「ふふふ……くっ! それは……あははははっ」

 仕舞いには俺の頭に顔を埋める様にして笑い始めた。控え目な表現をしたが実際は抱き締められている状態だ。絹糸の様な彼の髪が俺の耳に掛かってくすぐったい。嫌悪感はないが居心地が悪くて身動ぎする。が、存外力が強く逃げ出すことは出来なかった。

 縋る様に見たローズさんは何故か一歩離れた場所から無表情でこちらを凝視していた。

「無線監視ゴーレムが付きまとうの」

 俺の視線を完全に黙殺し、笑いの治まらない夏芽さんに代わり答える。助けてくれる気配は微塵もない。

「このフロアにいる限り、どこへ行くにも、ふふ! 例えトイレの中でさえも……断固として離れない!!」

「断固として……」

「し・か・も! 時間が経つにつれてゴーレムが増えていくという親切設定♪」

「本気の嫌がらせですね」

 半ば、いや、完全に呆れて脱力する。危うく溜息が漏れそうだった。

 対する夏芽さんはキラキラと眼鏡の奥の銀青色を輝かせて力説を始めた。

「技術開発部と科学技術課のコラボレーション! わざわざお願いしたんだよ~」

 ポケットマネーをつぎ込んだ甲斐があったと肩を震わせ笑う。過去犠牲になった人が余程面白いリアクションをしたのだろう。誰か知らないがご愁傷様である。

「暇なんですか」

「僕らはココに缶詰だからねぇ。常に面白さを追求しないと人生勿体ないじゃない? 笑いは世界を救うんだよ」

「そう、ですか……それよりそろそろ出ません?」

 先程からずっとエレベーターの中で話していて勿論その間ドアは開きっぱなしだ。セキュリティー解除した状態では対象人物が降りない限り閉まらない様だ。

「あ、そうだね。じゃあベイビーちゃんの名前も登録していこう。ヴィーナス」

「はい」

 エレベーターAIの名前はヴィーナスというらしい。名前まで付けてるのか。

「新規登録」

「かしこまりました。ではお名前と所属をどうぞ」

「さ、ベイビーちゃん」

「はい……水方叶、特殊異能課所属」

「声紋登録完了。No.5 水方叶ミナカタ カノウ、特殊異能課班員。解除コード:思い出はプライスレス」

「はい?」

 何の?

「……分かりました」

「物分かりいいね」

「ええまぁ。もういいかなって」

 頭を撫でながら夏芽さんが残念そうに言う。何かもう好きにして下さい。そう全身で訴える俺に「これからは僕達がキミの人生面白おかしくするからね!」と拳を握って天井へ突き上げた。間違った方向へやる気を出させてしまった。痛恨のミスだ。これなら大袈裟に突っ込んだ方が良かった。

 傍らのローズさんはまるで空気の様に存在を消している。我関せず。目すら合わせてくれない。

「えと、とりあえず登録は終わりましたし出ましょう。他のフロアの方が使えなくて困るかもしれませんし」

 実際のところ、早く移動しなければかれこれ五分以上留まっている。

「ん。それじゃ行こっか」

 天井に向けたままの手を戻して夏芽さんは歩き出した。それにローズさんが続く。その後ろ姿を眺め俺は人知れず安堵の息を漏らした。何だろうあの人は。距離感が掴めない。馴れ馴れしいのに不快に思う直前にスッと引く。パーソナルスペースギリギリで引くのだ。

 天然か計算かイマイチ読めない。

(厄介な人に当たったな)

 願わくば平穏に暮らせます様に。

 そう祈らずにはいられないのだった。


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