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Last Notice―特殊異能課―  作者: uka
【case1】祈れ、神の名を
5/25

自己紹介①

 




「初めまして。水方叶みなかたかのうくん」




 極上スマイルを披露してくれた超絶美形さんは夏芽ナツメと名乗った。

 彼は現在、俺の向かいのソファーに足を組んで座り、時折伸び過ぎた前髪をくるくると指に巻きつけ耳に掛けては戻す仕草を繰り返している。髪を耳に掛ける度、左目尻の泣きぼくろが見え隠れするのが非常に悩ましい。それがまた絵になり過ぎて腹が立つ気も起きない。

「あのー」

「なぁに?」

 反面、無駄にキラキラ煌く瞳はまるで新しいオモチャを手に入れた子供の様に輝いている。銀糸の髪といい線の細さといい見た目は薄幸の美青年なのだが、それとは裏腹に茶目っ気のある感情豊かな人らしい。

 それは良いのだが声を掛けただけで期待を込めた瞳で見るのは止めて欲しい。ものすごく反応に困る。

「えーっと夏芽、さん……とお呼びしても? それとも敬称付けた方が良いでしょうか」

 すっかり冷めてしまったカフェオレを一口、喉を潤して恐る恐る名前を呼ぶと嬉しそうに微笑んだ。

「いいよ、名前で呼んで? その方が嬉しい。ボスなんて呼ばれるの嫌だし」

 嫌だし、のところでぱたぱたと右手と首を振った。良かった、上下関係に煩くない人で。

「あ、はい。じゃあよろしくお願いし……え?」

 胸を撫で下ろした俺は改めて挨拶をしようと頭を斜め二十度まで下げたところで違和感に気付く。今ボスって言った? ボスってまさかBOSS? ホッとしたのも束の間、どくどくと心臓が加速度を上げていく。

「ふふ。僕が特殊異能課班長だよ」

「ぼす……班長? えっ? 班長ぉ!?」

「あはは」

 よろしくね? なんて素敵な笑顔で握手を求められても! サラリととんでもない発言をしないで欲しい。

 だって若くない?

 どう多く見積もっても二十代半ば。普通に見れば俺より少し上にしか見えない。整った顔立ちは既に完成されたものではあるが、まだ少年の面影を残した大人と子供の狭間の未完成な年頃。

 上司と言えばこう、もっとオジサンと言うか厳つい男性と思い込んでいた。みっともなく呆けた顔だけはしていないと思うが動揺だけは隠せない。

 そんな俺の疑問と戸惑いを見かねてか差し出した手を一度引っ込めて、夏芽さんは微苦笑を浮かべた。

「歳はキミより四つ上の二十三歳。Last Noticeは取り分けレベルEでも若い人間ばかりだよ。戦闘部隊だからね」

 確かに。Last Noticeは戦いの前線に立つ実戦部隊だ。隊員は気力と体力のある若者が多い。

 町中に貼られている公式宣伝用ポスターに載っている写真の被写体も全て現役の隊員だったはず。それを見る限り十代後半~二十代の若者ばかりだった。

「そして僕らはそのLast Noticeの人間だよ。武器生成課なんかは僕より若い子がボスだし…それにレベルEの司令官はちゃんとおじさんだから安心して」

 ね? と小首を傾げる姿は大変麗しいがどう考えても計算しているとしか思えない。ぶっちゃけあざとい。女の子相手だったら効果があるかもしれないが使い所を完全に間違っている。

 俺は男だ。トキメキなんて起こすハズないのに何してんだこの人は。驚きを通り越して急速に頭が冷えていく。

「ソウデスカ」

 辛うじて相槌を打つことだけは忘れなかったが、多少なりとも緊張していた糸がここに来て完全に切れてしまった。悪い意味で。

「……ナツメ」

 そんな夏芽さんの言動に呆気に取られているとふいにまた背後から声が掛かった。

 硬質の水の様な高い澄んだ声。

「ローズちゃんお帰りー」

 ヒラヒラ手を振って夏芽さんが応える。

 振り向いてみると黒髪黒目の等身大ビスクドールと見間違いそうな超絶美少女が冷めた瞳で夏芽さんを見ていた。夏芽さんといい、この少女といい何故こうも気配を消して人の背後に立つのか……

「ナツメ、早すぎ」

 一見無表情だが、発せられた言葉には拗ねるような響きが感じられた。

 そしてコツコツと赤いショートブーツを鳴らし夏芽さんの座るソファーの傍まで来るとじぃっと無言の圧力を掛け出した。

「ごめんね★ 早くベイビーちゃんに会いたくて」

 対する夏芽さんは、全く謝罪の欠片も見当たらない謝罪をして手を合わせる。すぐにそれだけじゃ足りないと思ったのか組んでいた足を解くと困った顔をした。更にやや上目遣いで相手の反応を窺うなんて一体どんな高等技術を持ち合わせてるんだ?

 ……けど分かった。

 この人の振る舞いはきっとこれで通常営業だ。

 特に意図があるわけでもなく、まぁ多少の計算はあるだろうがイヤな感じはしない。そんなことよりも俺としては『ベイビーちゃん』という単語の方が気になる。もしかして、もしかしなくとも俺の事か。

「ヌケガケ、厳禁。明日の報告は自分で行って」

「あは。仕方ないね」

 脳内葛藤をしている俺を何故かチラリと一瞥して、ローズと呼ばれた少女は両手に抱えていた書類の束を夏芽さんに押し付けた。どうやら俺を迎えに行く為に自分の仕事を彼女に押し付けたと見た。少女相手に何て大人気ない。

 ジトッと軽蔑を含んだ眼差しで夏芽さんを見ると慌てて話を逸らして来た。

「あ、そうだ! 紹介するね、彼女はローズ。同じく特殊異能課のメンバーだよ。ローズちゃん。ローズちゃんも自己紹介自己紹介!」

 立ったままの少女ローズちゃんを半ば強引に自分の隣に座らせ、これまた強引に自己紹介を勧めて来た。少女もまた黒曜石の瞳を半眼にし、口には出さないが侮蔑の眼差しを向けた。

「二人ともそんな顔しないでよ~」

 渦巻く不穏な空気に耐えかねた夏芽さんが乾いた笑いを漏らしながら両手を上げる。

「……明日からちゃんとしてくれたらいい」

 しばらく無言で夏芽さんを見ていたのだが、悲愴な顔をした彼にこれ以上の攻撃を断念することにしたらしい少女が視線を逸らし、事態は収束を迎えた。

「じゃあローズちゃんよろしく」

「……特殊異能課副班長、ローズ。よろしく」

 正面に座った少女がぽつりと呟く。夏芽さんと話していた時より随分小さい声だ。初対面で恥ずかしがっているのかと思いきや真っ直ぐな視線が俺を貫く。思わず姿勢を正して頭を下げた。

「っ! 水方叶です。よろしくお願いします。ローズ副班長」

 顔を上げるとガラス玉の様に反射する瞳とかち合う。アーモンド型の大きな瞳は一片の曇りもなく、どこまでも黒く輝いている。まるで光を吸収して自らを輝かせている様な、強い輝き。そんな彼女の黒曜石に釘付けになって目を逸らせない。

 こんな小さな女の子が副班長なのかとか、いつもなら疑問に思うことも不思議と湧き上がって来ない。ただ直感的にこの人は上に立つべき人間なのだと本能が察する。

 あくまで本能的なもので理由は分からないけれど。

「【副班長】はいらない。名前で、いい」

 夏芽さんと同じく敬称は要らないと言って目を伏せる。俯き加減になったその拍子に、艶のあるセミロングの髪がさらりと揺れた。

「分かりました。ではローズさん、で」

 名前を呼ぶと少しだけ口元を緩めた……気がした。例えるならそう、湖に一滴水を落としたようなイメージ。ともすれば気付かずに流してしまいそうな、本当に僅かな変化。

「……うん」

 幻聴かな。

 少しだけ弾んだ声で「やっと逢えた」と言われた気がした。






 軽い挨拶を終えた俺達は夏芽さんとローズさんの案内の元、特殊異能課フロアまで徒歩で移動することにした。

 予想通り円形ホールから各施設へは移動魔法陣ワープシステムで行けるそうなのだが、施設案内も兼ねて徒歩にしたのだった。歩いているのは勿論、先程外から見た通路。本来なら廊下というのが正しいのかもしれないが通路と言った方がしっくりくる。五人並んでもまだ余裕がありそうな広さなのに直線の通路には人っ子一人いない。その中を夏芽さんが前を歩き、俺とローズさんがついて行く形だ。

 不思議なことに、円形ホールの扉からいざ通路へ入ると外からは中央エントランスから各施設へ伸びる一本の通路しか見えなかったのだが、丁度通路の中程―――250m付近で隣の施設に繋がる通路があった。

「この通路って一周してるんですか?」

 歩く速度を落とした俺に夏芽さんが振り返る。

「そうだよ。みんな滅多にこの通路は利用しないけどね。隣くらいなら直接外から行くし、移動魔法陣ワープシステムの方が早いから」

 その説明にまぁそうだよなと思う。

 広い敷地を便利な魔法があるのにわざわざ時間を掛けてまで歩く意味もない。だがそれと同時にそれなら何故中央エントランスを文字通り中央に置く意味があったのか、無駄に長い通路を設置する必要があったのかが気になる。もしかしたらあれが関係しているのだろうか?

「……あの魔法陣」

 何気なく零した言葉に二人の視線が絡み合う。それは一瞬のことですぐに視線は外された。

「どうしたの?」

 夏芽さんが不自然なくらい自然に首を傾げる。

「いえ、何でもありません」

 気にならないと言ったら嘘になる。だけど俺は自ら話を打ち切った。知ったところで何が変わるわけでもない。必要になれば知れば良い。今は・・極力余計なことはしたくない。

「そう? あ、そうだ。知ってると思うけど一応説明しとくね。LN本部の二つ隣の建物がベイビーちゃんの希望してた技術開発部。ほら! あ……今は吹雪で見えないけど」

 窓の外を指差して一瞬苦笑いを浮かべた夏芽さんがあの辺、と指先で円を描く。俺も苦笑いを返して一応夏芽さんの指差す方角を見る。が、やはり何も見えない。

「施設間は技術開発部以外・・・・・・・は全部繋がってるからわざわざ外を通らなくても大丈夫。移動魔法陣ワープシステムを使ってもここを通ってもOK。ただし他棟へ行く時は隊員証パスがないと入れないから気を付けてね」

「レベルE直下の棟はどこも厳しいの。保安局本部比較的緩いんだけど」

 夏芽さんの後を次いでローズさんが補足する。

「分かりました」

 こくりと頷く。

 その様子を二人が慈しむように眺める。

 何だろう。出会ってからずっと何かを窺う様な、それでいて懐かしむ様な、色んな感情が混ざり合った顔をする。

 俺達は初対面のはずだ。こんな目立つ人間、一度会ったら絶対に忘れない。記憶力が別段良いわけじゃないが流石に超絶美男美少女を記憶から抹消させてしまう程残念な頭はしていないと思う。

「ベイビーちゃんの隊員証パスは今作ってもらってるトコだからもう少し待っててね。入隊式が終わったら配布されるから」

 ふわりと頭を撫でられて、心底嬉しそうな顔をするものだから「ベイビーちゃんて何ですか!?」という言葉を飲み込んだのだった。






※ ※ ※






 歩き始めてから十数分。

 通路から見えるいくつかの建物の説明を受けながら辿り着いたのは厳重なロックの掛かった両開きの扉。厚さもさることながら、セキュリティーが凄い。

 カードキー+魔法錠の二重ロック。

 しかも魔法錠は決められた時間内に解除しないとエラーになる仕組みだ。

「これは高度な解析能力が要りますね」

 じぃっと扉の上部を視ていた俺は正直な感想を漏らした。

「やっぱり良い【目】してる」

 感心した様に夏芽さんが呟く。俺の真似をして天井付近へ視線を巡らせていたが、首を捻っているところを見ると良く分かってないらしい。「分かんないや」みたいな顔で俺を見る。

「まぁこういうのは専門じゃないですけど一応技術者エンジニアの端くれですし」

 それだけじゃないけれど。

 技術者だからと言って初めて見るセキュリティーの中身まで分かるはずがないのだ。普通は・・・。だが馬鹿正直に真実を告げてやる義理もない。

「すごいねぇ。僕にはサッパリだよ」

「逆にいつもどうやって解除してるんですか」

 無邪気に笑う夏芽さんに訊ねる。毎日どうしてるんだろう。

「ああ。僕らはカードキー+虹彩認証でさくっと出入りしちゃってるからあんまり外部用扉は使わないんだよね。あっちのちっさい方が隊員用入口」

 指を示す方向へ目を向ければ扉に扉が付いていた。

 大きく立派な扉に目が行って全く気付かなかった。外部用扉の右端に1/12位の普通サイズの扉がひっそりと佇んでいる。

「何か緩いんだか厳しいんだかイマイチ読めないですね。ここ」

「いつの間にか増えてくんだよねぇ。技術開発部のストレス解消法なんだってさ。勝手に弄んないでって言ってんのに個々でやっちゃうみたい。どこへ行くにもカードキーは必須なんだけど+αは通知されてるの以外彼らの匙加減ひとつだよ。いつ変更になるか分かんないし絶対解除出来ないセキュリティーとか過去にあったし」

 どれだけ過酷な職場環境なのだろうか……ストレスで新しいセキュリティーを嫌がらせレベルで作ってしまうってどんな状況?

 職種柄不眠不休は当たり前な部分は確かにあるけれど噂以上に技術開発部は大変らしい。

「……ナツメ」 

 ローズさんがくいっと夏芽さんの袖口を引っ張る。今の今まで三歩離れたところで俺と夏芽さんのやり取りをじっと見つめていたが、どうやら痺れを切らした様だ。

「うん。分かった」

 ローズさんの艶やかな黒髪をひと撫でし、夏芽さんが頷いた。名前を呼ばれただけで会話が成立したのだろうか? 訝しげに二人を見る。しかしそれ以上の言葉を交わすことなくローズさんもまた納得顔で袖口を離した。

「あの……」

「ああ、ごめんね。中に入ろうか」

「あ、はい」

 そう言うと二人は隊員用入口へと歩き出した。


(なんか読めないんだよな。この組織も、この人たちも)


「ほらほら! ベイビーちゃん早く~」

 振り返って手を振る夏芽さんの声に我に返ると、俺は駆け足で隊員用入口へ向かった。


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