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Last Notice―特殊異能課―  作者: uka
【case1】祈れ、神の名を
4/25

世界の中心

 

 国家保安局とは東国レーヴァインの防衛機関である。



 三十年前の大戦後に出来た『どんな手を使ってでも』国を守る。その為だけにつくられた組織であり、非公開な部分も多々あるが国民からの信頼も厚く絶大な力を持つ。

 壊滅状態だった国を立て直し、戦後僅か三十年足らずで生活水準を戦前を遥かに上回るレベルまで回復させた驚異的なまでの技術力と統率力を持っている。

 保安局のトップは技術者(エンジニア)として現役を引退はしたが、未だ世界でも制御工学の権威として名高い高崎(コウサキ) (ユカリ)が戦後から現在までその座に就いている。在任期間の長さから年寄りかと思われがちだが、まだ五十代半ばの中年男性だ。大戦後も何度か大昔のように従属国として支配下に置こうと画策した隣国から国を守った英雄である。

 幸い戦後のレーヴァインは然程価値がなかったので大きな犠牲もなく、戦時中から秘密裏に進められていた二層円形都市は、魔法師同士の激しい戦闘により、海に近かった元の首都よりかなり内陸部へ移動を余儀なくされたが戦後三年程で無事完成した。その中心となったのが高崎だ。

 現在『鉄壁』と称されるルーヴェリアの外壁は彼の技術によって造られた。

 その後実績を認められた高崎が設立したのが国家保安局だった。王家の干渉を一切受けない、政治にも口を出さない。その代わり国の防衛を一手に引き受ける機関として、生き残った技術者と魔法師と軍人を集約した。そうでもしないと、いつまた国が攻め込まれるか分からなかった。何度も編制を重ね、出来上がったのが現在の保安局である。

 そして今現在の保安局内部は大きく三つの組織に分かれている。


 一つ目はレベルEという国内外のマフィア等、主に人間を取り締まる武装警察。戦後軍人の多くが所属した体術と銃器の扱いに長けた組織である。刑事課、警備課、保守課、警護課があり、ルーヴェリア内部は彼らの手で守られている。国民にとっては一番馴染みのある存在だ。

 自力で魔法は使えないが魔法補助具マジックアシストツールがあれば多少の魔法は使用可能なので、普通銃と魔法銃を使い分けている。対人間のスペシャリストだ。


 二つ目はレベルE管轄だが独立した組織として特別戦闘部隊 Last(ラスト) Notice(ノーティス)という魔法師集団。彼らの仕事は主に人外の攻撃から国を守るのが仕事だ。

 人外とは魔法師の事だ。人でありながら人ならざるモノ。それが『魔法師』というモノの世界共通の認識である。

 人外の括りには他にも竜だとか精霊だとかも入っているが、人間がちょっかいを出さない限り彼らは不干渉を貫いている。人間と関わってもロクな事がないからだ。

 そんな訳で細かな部署は省くとして国家保安局の『守』の部分はこの二つの組織によって成り立っている。


 三つ目が技術開発部。こちらは保安局直轄の組織だが保安局本部とは別に建物を有しており業務内容が多岐に渡っている為、独立組織としてみなされている。人々の身近な生活を支えているのがここだ。交通機関、通信技術、魔力供給……こういったものは全て技術開発部が中心となり実用化され、レーヴァイン国民の生活を支えている。

 その他武器の製作や医療器具開発、果ては土地開発まで様々な業務をこなす彼らは国の『智』だ。

 各組織細かく班分けされているが、主にこの三つの組織が国の内外を守っている。

 もはやレーヴァインは国家保安局無くして存続出来ないのだ。






※ ※ ※






 保安局の総合受付から移動魔法陣ワープシステム仮想端末(バーチャルデバイス)で行き先をレベルEの受付に選択した俺は、ワープ中の独特の浮遊感の中「案外アッサリ入れるもんなんだなぁ」と安心と心配が混じり合った、妙な気分になっていた。国家保安局と言えばレーヴァインの防衛を一手に引き受ける国の機関なのに、こんな簡単に部外者を入れてしまってもいいのだろうか。

 いや、試験に受かったから部外者ではないのかも知れないが、保安局受付以降、一般人が立ち入れる区域を越えても職員どころかヒューマノイドすら見当たらない。廊下脇の扉も硬く閉ざされたまま監視カメラも結界もない。

 余程自信があるのかそれとも単に経費削減なのか微妙なところだ。


 ブゥン……


 鈍い音がして、視界が開けた。

 淡く赤く光る魔方陣の上に浮いていた体がゆっくりと降下する。

 コツンと爪先が地面に着いたところで重力が戻った。体感時間こそ五分十分あったように感じるが実際は瞬きのする間。しかし慣れない移動魔方陣(ワープシステム)に少しふらついてしまう。

 慣れればなんてことないんだろうが、如何せん『外』から来た俺には些かこの便利すぎる文明の利器とは縁がなかった。一応技術者(エンジニア)の端くれとして使用方法は知っていたものの、人口の少ない故郷の小さな田舎町では必要のないものがルーヴェリアには多い。

 箱庭の中の整備はほぼ完了しているが、レーヴァイン全土となるとまだまだ復興は進んでいない。三十年の歳月は子供が大人になるくらいの長い年月ではあるが、戦争の傷跡を完全に消し去るには短いと言わざるを得ないのだ。見捨てられた土地となれば尚更―――

 それにしても、と俺は辺りを見回した。

「選択ミスした?」

 確かに仮想端末(バーチャルデバイス)でレベルEの受付を選択したと思ったのだが、辿り着いた先は外だった。辛うじて建物の入口前に到着したようだが果たしてここはレベルEの建物なのだろうか?

「でも違うよな」

 希望的観測で脳裏をよぎった考えを一瞬で打ち消す。

 前方には建物の入口。後方には階段。とりあえずは目の前の建物を確認する。

 ガラスで覆われた建物は然程高さはない。なだらかな円を描くこの建物の外周は凡そ百メートルといったところか。透明なガラスの向こう側は石畳の壁になっていて、壁とガラスの隙間には上から水が滝の様に流れ落ちていた。水の底から青いライトを当てているらしくゆらゆらと水の動きに合わせて光も揺れ、さながら美術館の様な雰囲気を醸し出している。

 もしも季節が夏であれば見るだけで涼めるだろう。今は寒気しか起こらないが。

 最終的には中に入って確認することになるだろうが、ひとまず入口前の階段を下りて広い場所まで移動する。先程よりもじっくりと周囲を見ると、この建物は予想通り円形になっていて三階部分と思しき場所には外に向かって長い廊下らしきものが伸びている。ひとつではない。見える範囲では三本、この建物から伸びる通路が確認出来た。

 荒れ狂っていた吹雪も今は治まっている。まだ少し風は強いがこの建物を一周するくらいは大丈夫だろう。お呼び出し(・・・・・)も時間指定がされていた訳ではない。多少遅れたところで問題はないと結論付けて俺は探索を続ける事にした。

 くるりとその場で一周すると、どうやらこの建物の周りは広場か庭の様だ。雪で隠れているが花壇やベンチが見える。

 誰か通り掛かれば訊ねることも出来るが、こんな天候で外に出る物好きなどいるわけもなく、辺りはシンと静まり返っていて人の気配がしない。

 外に人がいないのは良いが、こうも人の気配がしないと言い知れぬ不安がよぎる。

「試されてるのかなぁ、だったら面倒かも」

 ゆっくりと建物の周りを歩きながら溜息と共に零れ落ちた本音。

 時折ザァッと吹く風とザクザクと地面を踏み締める自分の足音しかしない。独り言くらい良いだろう。

 悪い癖だと自分でも常々言い聞かせているのだが、どうも一度面倒だと思うと一気にやる気が失せてしまう。気分屋という程でもないと思っているが親しい人間から言わせれば、顔ではなく態度に出るらしい。

「ダメだ! 気合入れないとすぐバレる。よし! がんばろ……あ」

 俯き始めていた体をぐっと伸ばして気合を入れ直そうと拳を突き上げた時、もやもやしていた頭の中の霧が唐突に晴れていくのを感じた。

 入口前から歩き始めて半周ちょっと。方角は違えど見える景色は変わらない(・・・・・)

 建物から伸びる通路、外周の花壇とベンチ、全てが均等でシンメトリー。

 ここは保安局の中心だ。間違いない。

「そっか。ちょっと待てよ、さっき地図見たよな」

 目を瞑り、先程仮想端末バーチャルデバイスで行き先を選ぶ時に見た見取り図を思い浮かべる。

 俺が最初に入ってきた電光掲示板のある保安局本部が方角としては南、南西が技術開発部ラボ、南東が職員寮、東と西は関係者専用の通用門、北西は施設名なし、北東がレベルE本部、そして北がLastラスト Noticeノーティス本部。

 中心であるこの建物については記載はなく、勿論簡易見取り図で通路など描いていなかった。だが建物から伸びている通路は六本、保安局内の主となる施設も六棟。同じと見て間違いない筈だ。

 やられた。何をしたいのかはサッパリ分からないが多分俺は試されている。面倒だとか思っている場合じゃない。早いところレベルEの受付までいかないともしかしたら内定が取り消しになってしまうかもしれない。

 それは困る。

 希望していた技術開発部に行けなかったのは残念だが保安局に入れたのだから文句はない。目的の為にはどうしても保安局に入らなければならなかった。

「急がないとっ!」

 踵を返すと俺は移動魔法陣ワープシステムのあった入口へと駆け出した。






※ ※ ※ 






「広っ!」

 ガラスの建物へと息を切らして飛び込むと、そこはエントラスホールだった。

 入ってすぐ目に付いたのは正面部奥に鎮座する馬鹿でかいパイプオルガン。入口から真っ直ぐに伸びる大理石の廊下の暗い照明とは対照的にキラキラと眩い光の中に鎮座するパイプオルガンは圧巻だった。

「すごい……!!」

 数え切れない位たくさんの短長様々なパイプが一斉に天に向かって伸びている。この位置からは細部は見えないがパイプを支えている白い木板の装飾もきっと恐ろしく凝っているのだろう。

 美術館じゃなくて大聖堂が正解だったかもしれない。今は演奏者がいない為、ザァーッと流れる水の音しか聞こえないのが残念だ。それでもこういった建築物特有の残響時間の長さから、目を瞑れば本物の滝にいるような錯覚を覚える。

 そしてパイプオルガンへと続く廊下の手前には左右から上れる階段が二階へと繋がっている。吹き抜けになっているので二階部分の通路が見え、そこからでも音を楽しめる様だ。

 しばらくそこで突っ立っていたが我に返り階段の方へと移動する。コツン、コツンと歩く度にエコーが掛かる。

 肌を撫でる空気はひんやりと冷たい。外から見た滝が冷却に一役買っているのかは定かではないが、室内は一定の温度で保たれるように設計されている様だ。

 もう少しパイプオルガンの近くまで行って見たい衝動に駆られるが、自重する。今度ゆっくり見に来よう。そう心に決めて足早に階段を上ったのだった。






※ ※ ※






「お待ちしておりました。水方叶様ですね」

「あ、はい。そうです」

 二階へ上がるとすぐ目の前にエスカレーターがあり、そのまま三階まで上りきったところで待ち構えていた女性に声を掛けられた。見た目から察するに受付嬢だろう。

「申し訳ございませんが、担当者が迎えに参りますのでしばらくあちらの広間にてお待ち下さいませ」

 一言一句丁寧に紡がれる声に人好きのする笑顔。受付など簡単な業務に関してはヒューマノイドが主流の現代において今時珍しい生身の受付嬢に感激を覚える。

 単純に綺麗な女性ヒトだと思った。緩く波打つ蜂蜜色の髪を一つに束ね、瞳はアーモンド型のぱっちりした深緑。ピンと背筋を伸ばした立ち姿は惚れ惚れするくらい美しい。タイトスカートから覗く足は細く長い。首元に巻かれた緑のスカーフと白いフリルシャツは制服だろうが、驚くほど彼女に良く似合う。

 女性の年齢は良く分からないが恐らく二十代後半だろうか。

「あのっ! ここはレベルEの受付ではないですよね」

 ぼんやりと見惚れていた事を誤魔化す為……ではないが疑問に思った事を口にする。確か電光掲示板には「レベルEの受付までお越しください」と書かれていた筈だ。

 そう言うと、受付嬢は少しだけ考える素振りを見せて答えた。

「左様でございます。こちらは中央エントランスになります。わたくしも詳細は存じ上げませんが、特殊異能課の担当者が直接お迎えに上がると聞いておりますので問題はないかと」

「それなら大丈夫ですね。ありがとうございます。少し心配になったものですから」

 ここに着くまでに変更になったのだろう。受付嬢も指示があって俺を待っていてくれたみたいだし、それならそれでここで担当者を待っていた方が良い。

「いいえ。ではこちらへどうぞ」

 そうして俺はにっこりと笑う彼女に促され円形ホールで担当者を待つことになった。





「担当が来るまで少し掛かる様なので、それまでこちらでお寛ぎ下さいませ。お飲物はこの中からご自由にお選び頂けます」

「はい。ありがとうございます」

 そう言って受付嬢から白いタブレット端末を受け取った。

「では失礼致します」

 受付嬢のお手本と言っても過言ではない完璧な笑顔にヘラリと笑い返して、案内されたふかふかのソファーに腰を下ろした。が、早速落ち着かない俺は挙動不審気味に辺りを見回した。

 俺以外ここには誰もいない。

 外で見た通り、この三階から各施設へ繋がっている様だ。合計六つの扉が目に入る。ここが施設間の中継地点になるのだろうが、保安局は確か直径約1kmの円形。結構な広さのある。きっと移動魔法陣ワープシステムでの移動になるだろうに廊下を設置する意味があるのだろうか?

「ま、俺が考えても仕方ないか」

 追々分かる時が来るだろう。嫌でも春からはここで働くのだし。そう結論付けて深くソファーへ沈み込んだ。静まり返ったホールに、控え目なクラシックが上下左右のスピーカーから流れる。まるでオーケストラに囲まれているかの様な錯覚を覚える。

 先程手渡されたタブレット端末を操作し、いくつかあるアプリの中からフリードリンクのアプリを立ち上げた。

「色々あるな~」

 流石に酒類はないが、コーヒー紅茶、ジュース、炭酸飲料と充実したラインナップにとりあえず全て目を通す。

 タピオカ入り茄子ミックスジュースという名前に心惹かれるものがあったが、機会があれば注文してみようと今回は見送り、無難にホットカフェオレを選択する。するとすぐにテーブルに白い湯気を漂わせたカフェオレが転送されてきた。

 ウエイトレスという職種が昔はあったらしいが、そう言った給仕担当が無くなって久しい。そんな事をしなくても専用端末さえあれば席に注文した料理が届くのだ。

 タブレット端末とテーブルを一括りとして見なした固定魔法。術者の手を介す必要のない電子魔法と呼ばれる類の、誰にでも利用可能な現在において最もポピュラーな魔法。

 先の大戦の原因となった魔力増幅器コアブースターが電子魔法の基礎となっている。

 今となっては当たり前のように世界各国で使用されているこの技術がレーヴァインを壊滅寸前まで追い込んだ原因だったなんて俄には信じられない。しかし戦争が起こる原因なんて所詮そんなものなのかもしれない。

 ……今となっては。

 兎にも角にも電子魔法というのは端末デバイスに予め組み込まれた術式を展開する事によって使用可能となる。今回であればアプリから注文ボタンを押すと術式が起動し、データが食堂|(仮)に送られ、転送装置に商品を置けば注文されたタブレット端末があるテーブルに転送される仕組みだ。

 魔力がない人間でも扱えるのはその辺に漂う魔力の残滓を集約し増幅しているからだ。

 惜しむらくは単一魔法であるが為に端末とテーブルを一セットとして固定してしまうので、席を移動すると前にいた席に転送された商品を自分で取りに行かなければならないという点か。

 それも別の術式を組み込めば改善可能だがそこまでする必要がないので大抵はそのままである。

 誰にでも使える=日常生活にしか使用出来ない程度の魔法が電子魔法なのだ。

 湯気が立ち上るマグから柔らかな匂いがする。

「あー温かい……」

 マグを両手で包み、かじかんだ手を暖める。

 じんわりと手のひらに伝わる熱に体が弛緩する。自分が思っている以上に冷えていたらしい。

 一口飲んでようやく落ち着いた俺は、再度辺りを見回す。直径100m程の円形ホールはオフホワイトを基調とした落ち着いた佇まいで、等間隔に向かい合わせでライトブラウンのソファとガラスのテーブルがセットで置かれていた。

 やっぱり俺一人しかいない。

 受付嬢は既に持ち場―――俺とは100m近く離れている。つまり彼女と一番遠いところへ案内された―――へ戻ってしまった。

 天気が良ければルーヴェリアの町並みでも眺められるのだろうが、先程まで止んでいた時季外れの吹雪はまた勢いを取り戻していた。

 またしばらく止みそうにない。

 小さく溜息を吐くと行儀が悪いと思いつつもソファーに顔を埋める。

 知らない場所で暇を持て余すことの退屈さと言ったら拷問に近い。こんな事なら魔法書でも持って来れば良かった。

 今朝方ホテルに置いて来た読みかけの魔法書が恋しい。けれど今更後悔しても仕方ないのでのそりと起き上がる。出来る事は限られている。寝るか瞑想するかタブレットを触るか。どれも一瞬で飽きそうだが二番目を選択する事にした。瞑想だ。

 ソファの縁に頭を乗せた俺は瞑想の為に見上げた先、高い天井に色鮮やかなステンドグラスを見つけた。レーヴァインで有名な物語である古代の大魔法使いクロスウェードの聖戦を模したステンドグラス。

 生憎の天気で普段であれば光に透けるであろう幻想的な絵は見られなかったが、それでも十分美しい。

 豪華絢爛という訳ではないが、国の施設なだけあって重厚な造りだ。

「すごっ……俺なんか場違いじゃね?」

 天井一面のステンドグラスに感嘆よりも居心地の悪さを感じてしまう。

 田舎者丸出しで情けないが、故郷にはこんな立派なものはないのだから仕方ない。

 所在なさげにたすたすと分厚い一枚絨毯を踏み締める。

 その時微かに感じた魔力。

「……フロアに、魔法陣?」

 天井から一転、床に目を落とした俺は意識を絨毯の下へ集中させる。

 俺の目には床びっしりに刻まれた魔法陣が視えた。

 微弱な魔力は小さな結界だった。その一つ一つは大した事はないが幾重にも組み合わされて一つの巨大な結界を成している。

「よくもまぁこんなもん思い付くな」

 だがこの結界を破るのは地味に辛い。

 巨大結界を構成している元となっているのは精々直径1m程の範囲、しかも気合いさえあれば魔力がない者ですら破れる程度の強度しかない基礎中の基礎の下位結界の小魔法陣だ。

 だが面白いのはその小魔法陣を線として見なし、小魔法陣で更に大きな魔法陣を描いているのだ。隙間無く、しかし互いの力が相殺・反発しないよう緻密に計算され尽くしたそれは下手な上位結界より強力だ。

 最小の魔力で最大の防御をしようってか。流石は鉄壁のレーヴァインと呼ばれるだけある。

「ここが中心、なんだろうな」

「せいかーい♪キミ、良い【目】してるね」

 ぽつりと呟いた言葉に突如として聞こえた感心ともからかいとも取れる何かを含んだ声。

「へっ……?」

 音もなく現れた声の主の方向へ反射的に体を向けると、俺が座っているソファーの背もたれに腰掛けた同じ人類なのかと思わず疑ってしまうような超絶美形の男性が楽しそうに笑っていた。

(気付かなかった!!)

 気配もなく現れた青年は二十代前半。

 黒のスーツにLN―――Last Noticeのピンバッジ。お迎えの職員だろうか? やけに目立つ容姿をしていた。

 本人的には地味にしているつもりなんだろうが全く持って意味をなしていない。

 白…いや銀髪か。室内の明かりに反射する髪が光を帯びている。色白のきめ細やかな肌に長い手足。整った鼻梁。男性ながら美人という表現がこれ程似合う人に会ったのは初めてだ。

 何故か嬉しそうに細められた瞳は、長めの前髪と黒縁メガネに阻まれてよく見えないけれど、銀色に数滴アイスブルーを落とした綺麗な色をしていた。

「初めまして。水方叶くん」

 包み込む様な心地良い声音は思わず聞き入ってしまう。

「あ、の……」

「会えて嬉しいよ。ずっとキミを待ってたんだ」

 トドメにアイドルも真っ青の極上の笑顔を向けられ、俺は気が遠くなった。


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