僕らのベイビーちゃん
「ねーえローズちゃん」
「……なに?」
「ベイビーちゃんびっくりしてるかなぁ?」
「普通の感性をしてるなら驚くんじゃない……多分」
「だーよねぇ! ふふっ楽しみだ」
「ナツメ、相変わらず性格悪……」
「いーまーさーらー♪」
レベルE特別戦闘部隊Last Notice内廊下―――
長い廊下を、白髪に近い銀糸の髪をした青年と漆黒の髪の少女が歩いている。
ナツメと呼ばれたのが銀髪の青年。
ローズと呼ばれたのが黒髪の少女。
美形というのは正しくこの事を言うのだろう美男美少女。
キラキラと光を放つ絹糸のような髪、髪と同系色の輝く瞳。白衣の裾からすらりと伸びた長い手足は最早嫌味としか思えない。それは傍らの少女も同様だ。セミロングの艶やかな黒髪に同じく黒い瞳。同じく白衣から覗く肌は抜ける様に白い。
彼らが通り掛かるまで、あちらこちらで聞こえていた雑談も今は聞こえない。
自然と彼らの歩く先々では羨望の眼差しが注がれる。広い廊下ではあるがモームの杖の如く廊下の端に人が避けていく。それくらい圧倒的存在感を放っているのである。
だが近寄りがたい雰囲気を醸し出しつつも話している内容は至極普通で、もっぱら今日から配属される新人についてだった。
「あの子、いいの?」
「何がー?」
先程とは逆にローズが夏芽に問い掛ける。
機嫌が良いらしい夏芽がとろけるような笑顔で眼下のローズを見つめた。
身長約180cmの夏芽に対して150cm弱のローズとでは頭一つ半程の差がある為、問い掛けに応じようとすると否応なしに覗き込む形になる。刹那、形の良い眉を僅かに顰めたローズだったが文句を言っても仕方がないと思ったのか―――は定かではないが、ともかく話の腰を折るのは止めて会話を続行した。
「……技術開発部受かってたでしょ。技術者としてトップクラスだって向こうが泣いてたけど?」
向こう、と言ったところで近くの窓から見える二つ先の塔を指差す。
吹雪は勢いを失くして今は大粒の雪に変わっていた。その隙間から薄っすらと見える折れた十字架が何とも気持ち悪い。何年経ってもあの建物のセンスが理解出来ない。何故廃墟の様な外観をわざわざ模して建てられたのか。
それは兎も角、その気持ち悪い十字架の掲げられた塔が技術開発部なのだ。昼夜問わず色々な実験開発が行われている。どこも同じだと思うが、レーヴァインの技術者達も例に漏れず変人奇人の集まりだ。
今日たまたま用事があって技術開発部へ赴いた際、たまたま居合わせたそこのボスに呪詛に近い恨み言を言われたローズとしては、この先会う度に小言を言われるのは勘弁願いたいので撤回されることはないと知りつつも聞いてみる。後はボス同士で話し合ってくれれば良い。
答えは分かりきっているけど。
「ローズちゃんだって手放す気はないでしょ?」
ピタリと歩みを止め、夏芽が目を眇める。
「そうね」
予想通りの回答だ。
「じゃ答えは一つだよ」
ローズ自身も『あの子』を他のところへ渡す気は更々ない。
「運が悪かったと諦めて貰うしかない」
「その通り! 大丈夫。僕らがその分可愛がるんだから……ね」
ウインクをして、ローズの頭を一撫でする。
さらりと夏芽の銀糸の髪が揺れ、長めの前髪と黒縁眼鏡の隙間から覗く銀青色の瞳が露わになる。もう長いこと一緒にいるが、いつ見ても綺麗だとローズは思う。同時に羨ましくもあった。だがそんな感情などおくびにも出さず返事をする。
「向こうより大事にする」
そう言ってローズは歩き出した。
その様子を見て、夏芽は満足そうに目を細めたのだった。