深まる謎
―――翌日、特殊異能課―――
昨日はあれから大変だった。
観客は演出のお陰で混乱もなくステージは無事終えることが出来たのだが、問題はそれ以外の電子魔法の有効範囲外にいた人々だった。
俺は気付かなかったのだが夏芽さんは咄嗟の判断で、舞台袖から飛び出した事については視覚認識出来ない様にまた干渉をしたそうなのだが、魔法を行使した事については隠せてなかった。
それはセルキーさんに向けて放たれた攻撃も、俺の結界も、夏芽さんの拘束魔法も全て見られていたという事になる。
当然と言えば当然。そもそも魔法による攻撃なんて想定していなかったのだから。
大きな騒ぎにはならなかったとは言っても拘束されたフレクトを見てあれは何だ? とちょっとした話題になってしまい、火消しに時間を取られてしまったのだ。
特にフレクトは夏芽さんの魔法によって蔦で拘束されていたので悪目立ちをしてしまった。
最終的にはイベントスタッフの機転により興奮したファンが暴走したということで落ち着いたのだが、フレクトが拘束されたとは言え依然として何が目的で何をしようとしたのか分からないままだった。
少なくとも魔法が絡んで来た以上警護課だけでは心許ない為、俺も急遽イベント終了まで会場の警備に当たることになった。と言っても主にランドガールの警護だったが。
肝心のランドガール『フェアリー』は命の危険に晒されたというのにステージ効果か何なのか、危機感がまるでなかった。パニックになられるよりはマシかもしれないがもう少し自分の身を案じた方が良いと思った。……言わなかったけれど。
そんな訳で彼女達が寮へ帰るまで付き添っていたので、LN寮まで戻って来たのが深夜一時を回っていた。流石に疲れてしまっていつも以上にやる気を喪失してしまっていた。
「で、結局そのフレクトって男は黒なのか白なのかどっちだ?」
お馴染みの丸テーブルに座り、カナさんが身を乗り出して一言一句漏らすものかとでも言うように真剣な瞳を俺に向けた。
ローズさんは相変わらず書類とにらめっこ、クゥさんは耳はこちらに視線はPCに。
夏芽さんは昨日の事後処理に追われ特能課へは寄らずに直接レベルE本部へ行ったらしく、必然的に俺が昨日の話を掻い摘んで聞かせていたのだ。
「グレーです」
「そんな濁った色はいらねーよ!」
バンバンとテーブルを叩くカナさん。
気持ちは分からなくもないが俺に言われても困る。
「よせ。カノが困ってる」
すかさずクゥさんがフォローに入ってくれた。本当に出来た人だ。
「けどよぉ」
「……仕方ないだろう。俺達には逮捕権も捜査権も取り調べの権限もないんだ」
そう、警察《レベルE》ではない俺達にフレクトを取り調べる権限はない。
一つ打開策があるとすれば、この事件には魔法が絡んでいるということ。魔法、そのただ一点においてはレベルEではなくLast Noticeの領分なのだ。
「まぁ取り調べの権限があったとしても無駄だったと思いますけどね」
「何でだ?」
三人の視線が一斉に俺に向けられる。
「彼は精神に相当なダメージを受けていました。命に別状はありませんがしばらく錯乱状態が続くと思います」
そう言いながら俺は昨日の捕獲後を思い出していた。
※ ※ ※
「夏芽さんっ」
インカム越しに聞こえたフレクトは普通じゃなかった。
急いで舞台裏から天幕を抜け下手側の観客席へと急ぐ。
「カノくん、こっち!」
観客席へと続くバリアテープを越えようとしたところで声が掛かる。首を捻って居所を探すと一番端の赤い天幕から夏芽さんが顔を出して手をこまねいていた。
回れ右をして急いで天幕へ滑り込む。
「尋常じゃない様子だから警備本部へ連れてきたんだ」
肩で大きく息をする俺の背中を擦ってくれながら夏芽さんはそう言った。弾む息を抑え、夏芽さんが指差す方を見る。
「なんっ……ですか、あれは!?」
その姿に息を呑む。未だ夏芽さんの魔法によって拘束されているフレクトは、蔦で全身を包まれ猿轡を噛まされ、それでも尚何かから逃れようともがいていた。
「ォあああああぁあっ、あ、うああああ!!!!」
唯一自由に動かせる頭を必死に振って身を捩る。正気ではない。振り乱した髪、恐怖に支配された瞳、一体彼に何が起きているというのか。
「僕にも分からない。拘束した時はまだ意識があったんだけど段々おかしくなってきて……」
夏芽さんも困惑気味に答える。
天幕にいるレベルEの警備課の人達もどうしていいのか分からない様で遠巻きに見つめるだけだ。
「カノくんは何か感じる?」
「いえ、今のところ特には。でもちょっと待ってください」
目を瞑り呼吸を整える。
集中するんだ。少しでいい、痕跡が残されていないか読み取るんだ。
(穏形……姿なきものを。穏覆……隠されたものを。黙視せず、目視し、正視する)
頭の中でイメージを強く持ち、ゆっくり目を開ける。
「…………」
真っ直ぐにフレクトを視る。
何もない。いや、そう見せかけているだけだ。
頭部、胸部、腕部、足部くまなく全身を視る。どこかに必ず原因がある筈だ。注視しろ。
「……あ」
もう一度胸の辺りに視線を戻した時、気になるものを発見した。
既に形は残っていなかったが、何かがあった痕跡が体の中にあった。小さな小さな石のような虫のような異物。
「何か分かった?」
俺が視ている間、身動ぎ一つせず見守っていた夏芽さんが声を上げた。警護課の人達も期待を込めた表情で俺を見る。
「胸部に何か埋まってたみたいですね。今はもう消えかけていて何だったのか分からないですが。ん、違うな……消えてるんじゃなくて溶けてるのか……?」
「溶けてる!?」
「はい。絶対とは言い切れないですが恐らく傀儡の一種じゃないかと」
その石だか虫だか分からない物から薄っすら紐のようなモノが伸びているのが視えた。しかしそれ以上はどんなに目を凝らしても視えなかった。
眼球がズキズキ痛み始めたので、俺は正視するのをそこで止めた。
「傀儡? 古式魔法……? 大陸か、いや……」
俺がそう結論付けると夏芽さんは眉根を寄せ考え込んだ。秀麗な顔が歪む。思い当たる節でもあるのだろうか?
「夏芽さん?」
「ごめんごめん。傀儡なんて随分手の込んだ古い手法を取るんだなぁって思っただけ。ねぇカノくん。仮に傀儡だったとして、やっぱりフレクトくん自体には魔力はなかったってことだよね?」
「ですね。夏芽さんも感じなかったでしょう」
「全然。そう……それなら一体誰が何の目的でフレクトくんを使ってセルキーちゃんを狙ったんだろう」
結局そこに戻って来てしまう。
下着ドロ事件から予想もしていなかった事態に発展してしまった。
「とにかくフレクトくんは傷害未遂容疑でレベルEに引き渡さなきゃいけないんだ。残念だけどLNには逮捕権はないからね。僕も一緒について行って事情を話してくるから、カノくんは悪いけどイベントが終わるまで念の為ここに残っててもらえる?」
「了解です」
夏芽さんとはそこで別れ、俺は春呼びの祭典が終わるまで特設ステージ一帯の警備とランドガールの警護を務めることになったのだ。
※ ※ ※
「ただいまぁ」
終業時間間近になってヘロヘロになった夏芽さんが特能課へ帰って来た。
「お帰りなさい夏芽さん」
「おかえり」
「お帰りなさい」
「お、お帰り! ハハッ疲れてんなぁ」
全員でお出迎えする。
カナさんが指摘した通りかなりお疲れの様子で、麗しいお顔は美しさを損なってはいなかったが疲労の色が浮かんでいた。
「お疲れだよ~! 今まで司令室に缶詰だったんだから」
聞けば食事も取れなかったのだとか。
それ程までに今回の一件を上層部は重く見ているということなのだろう。
「よしよし。ナツメ、がんばった。褒めてあげる」
「うう~ローズちゃんありがとー」
ぐったりと椅子に座り込みテーブルに突っ伏する夏芽さんの頭をローズさんが優しく撫でる。
「お疲れ様でした。今日はカナさんがレモンケーキ作ってくれましたよ。夏芽さんの分も残してあります。食べますか?」
俺もローズさんに続いて声を掛ける。
「たべるぅ」
「よし来た! クゥ紅茶の用意だ!! カノも手伝え」
「はい!」
「種類はどうする? アッサムか?」
「おう。そうだな! ミルクたっぷりのヤツな」
各々持ち場へ散る。
クゥさんと俺は一旦部屋を出て廊下の突き当たりの給湯室へ。カナさんは部屋の奥の入口から仮眠室へ。冷蔵庫は仮眠室に設置されているのだ。
「ぷはっ! 生き返るよーみんなありがとね」
ごくごくとミルクティを飲み干した夏芽さんはようやく笑顔を浮かべた。
「酒かよ」
クゥさんが二杯目を注ぎ終わったところで、仮眠室から戻って来たカナさんが絶妙なタイミングで切り分けたレモンケーキを出した。
遅いと思ったら盛り付け用のフルーツを切っていたらしい。どこまでも女子力の高いイケメンだ。
(って、レモンケーキが乗ってるのってオレンジの皮!?)
何と白い皿の上に斜め半分にカットされたオレンジの皮が月や太陽の形にくり貫かれているではないか。それを器にレモンクリームが鎮座している。
勿論オレンジの中身は取り出され、丁寧に薄皮を外されて皿の方に盛り付けられている。もはや果物じゃなくて芸術作品だ。
(凄すぎるだろ……)
俺が凝視しているのを見てカナさんが口を開く。
「フルーツカッティングアートだ。時間がなかったから簡単なモンしか出来なかった」
少々物足りなさそうだったが、十分やそこそこの間にこれだけ出来たら上出来だろう。てゆーかカナさん就職先間違えたんじゃない?
「写真撮っても良いですか? 待ち受けにします」
「いいぜ~何なら今度はスイカかメロンでもっとすげぇヤツ作ってやるよ」
「ぜひお願いします」
許可を貰った俺は素早く携帯端末を出し、一番良いアングルでパシャリと一枚撮ってそのまま待受画面に登録した。
「ありがとうございました」
「前も思ったけど、カノくんって本当に甘いもの好きなんだね」
くすくすと笑いながら夏芽さんが返されたレモンケーキを口に運ぶ。
「父方の家系ですね、きっと。母はそうでもなかったんですが」
「へぇ~珍しいね。男性の方が甘味好きなんて」
和やかにテーブルを囲む。そう言えば最近は全員が揃う日が少なかったのを思い出す。俺は当然ながら毎日特能課にいるが、他の四人は他課へ呼ばれたり、会議だったりで席を外すことが多かったのだ。
「さてさて。小腹も満たしたことだし」
手を合わせてごちそうさまでしたとお行儀良く挨拶をして夏芽さんはフォークを置いた。
「会議の結果を報告するよ」
「という事は共同戦線を張るんですね」
「そういうコト。不透明な部分が多いしどうなるか分からないけど事態は既に僕たちだけでは収まらなくなった」
会議内容を要約するとこうだ。
昨日の事件は被害こそ出なかったが、国家保安局職員を狙った魔法による犯行という結論を上層部は出した。検査の結果やはりフレクトには魔力がなかった。つまり第三者―――魔法師による襲撃事件と見たのだ。それにフレクトが錯乱している以上彼に話を聞くのは実質不可能になってしまった手前仕方がないと言えよう。
どちらにせよ魔法が使われたのであればレベルEでは対処が出来ない為Last Noticeでの対応となる。
そこで保安局本部・レベルE本部・Last Notice本部が下した決断は、ランドガールの警護を引き続きレベルEで。魔法師の捜索と俺が視たフレクトの胸部にあった異物の解析をLast Noticeで行うことだった。
「魔法師の捜索って一体どうやるんですか? 俺達の分を超えてるんじゃ……それに魔法師なら魔法師、課ではなくて【Last Notice】にしてもらったらいいじゃないですか」
俺は疑問に思ったことを口にした。
そうだ。Last Noticeは対魔法師専門の戦闘部隊。今回の事件に適任じゃないか。
そう思ったのだが、四人は沈痛な面持ちでお互いの顔を見合わせた。しばらく間を置いて夏芽さんが口を開いた。
「……カノくん」
「はい」
「ダメなんだ。彼らは動けない」
「どうしてですか?」
「守護対象が個人じゃ、Last Notice本隊は動かせないんだよ」
神妙な顔で、しかしはっきりと夏芽さんは言い切った。
「だから僕らがいるんだ」
俺はその時初めて、Last Noticeに課が置かれている意味を知った。
何故LN内の課なのに魔法師としての才能が必要なのか。何故自分の身を守れるだけの力と特出した能力が必要なのか。
だからあの日、ああ言ったんだ。
『LNに入るには条件がいる。自分で自分の身を守れるだけの力と、魔法師としての才能、特出した何かしらの能力』
Last Noticeは魔法師から国を守る為の魔法師集団。国に脅威がなければ彼らがどんなに望んでも動けないんだ―――……
今回カノくんが回想で唱えてた
(穏形……姿なきものを。穏覆……隠されたものを。黙視せず、目視し、正視する)
は魔法詠唱じゃなくて暗示というかおまじないみたいなものです。