Fairy on stage
赤銅色の彼女に告げられた「フレクトも来てると思うわ」という言葉に折角だし顔くらい拝んでおくか、ということになった。
警護課の人間にフレクトの容姿を確認した俺と夏芽さんは舞台袖へと移動した。固まるよりばらけた方が良いだろうということで、上手側が俺、夏芽さんは下手側にスタンバイしている。
そして俺は舞台袖から観客に見つからない様、そっと観客席を覗き込んだ。
(そんな大それたコト出来るような人には見えないけどな……)
正直な感想を言うとそれだけだった。
『どう思う~?』
インカム越しに夏芽さんの拍子抜けといった声が聞こえて来た。多分俺と同じ感想を抱いているんだと思う。
「至って普通の人ですね」
『そうだよねぇ。魔力も感じない本当に普通の人だよ』
下手側の中ほどにいるフレクト青年は、一人ペンライトを握り締め幕が上がるのを待っていた。紅潮した頬や無駄にギラつく瞳から確かに熱狂的なファンというのは見て取れるが、魔力の欠片もないし別段危険なニオイはしない。ひょろりと背ばかり高いだけで、どこにでもいる青年にしか見えなかった。
そうは言っても今のところ犯人として最有力候補には変わりない。レベルEの警護課がステージの前を、警備課が会場周辺を守っているとは言え、依頼を受けた手前自分達の目の前でおかしな真似をしないようしっかり見張っておかなければ。
『ま、何にせよ彼女たちの出番が終わるまでは見ておこうか』
「はい」
『何か気付いたら教えてね』
じゃあ後で、との言葉を最後に通信は終わった。
「それではお待ちかね! ルーヴェリアが誇る美しき妖精達……保安局本部生活安全課ランドガールの皆さんです!!」
声高に司会者がランドガールの名を告げると、わぁぁぁぁぁっ!! と一際高い歓声が会場を包む。男性のみならず女性からも彼女達は人気があるらしい。
勢い良く幕が上がると舞台下から一人ずつランドガールが飛び出して来た。
成る程、妖精とは言いえて妙なり。
天幕で話した時には分からなかったが、舞台照明を当てるとブルー、ライトグリーン、ピンク……淡い色の衣装がキラキラと輝く。そしてポップアップで宙に浮かんだ体が落下するとフィッシュテールの膝丈ドレスがふわりと膨らんだ。
可愛らしい衣装の背にはご丁寧に四枚の羽まで付いていて飛び跳ねる度にパタパタと動く姿は妖精の様だ。
「みんなーっ! 今日はスプリングフェスティバルへようこそ~」
「盛り上がっていこー!!」
「一曲目はこれ! 一緒に歌ってね」
三人がどこからか取り出したステッキを振ると、ステージ奥のスクリーンにサーッと映像が映し出された。
星空をバックに幼い少女と少年が手を繋ぐシーン。これは映画の一部分か? と記憶を探っていたら歌が始まった。
魔法をかけてあげる
右手をつないで
瞳を閉じて
みっつ数えたら
ほら、きみも空を飛べるよ
そうだ。この歌はおとぎ話をなぞった映画の主題歌だ。
「あー、これ知ってるわ」
ザザッと雑音が入り、若干食い気味で夏芽さんが入ってきた。
『ちょっ! カノくん、この歌知らなかったら逆にびっくりだよ』
「……独り言に返事しなくても結構です!」
『怒りんぼさんめっ!』
ぷちっと通信を切る。さっき通信を切ったつもりで切れてなかったみたいだ。今度は間違いなく切断されたのを確認してステージに視線を戻す。
昨年末公開され、大ヒットした映画『小さな魔法使い』は、おとぎ話を元に製作され、題名と同名のこの歌もかなり流行っていた。映画は見ていないが歌だけはどこに行っても流れていたので知っていた。
とは言っても歌詞はサビの部分しか覚えていないのだが、覚えやすいメロディラインだったのもあり鼻歌でなぞれる位には繰り返し聞いた。
(ランドガールが歌ってたのか。知らなかった)
ステージで生き生きと動き回る彼女達は輝いていて、さっきとは別人の様だ。
そしてサビに入る手前でステージ、観客席共に真っ暗な闇に包まれた。
明るい真昼の空から一変、暗闇に包まれた視界は真横の人すら確認出来ない。ざわめきが会場を支配する。
これは電子魔法の効果だ。ステージから観客席を範囲指定して視覚だけを擬似世界へ切り離している。簡単に言えば幻覚を見せているのだ。
だから観客席から外にいる人間には何が起こっているか分からない。
「すごい……!」
誰かが感嘆の溜息を漏らした。
すると次々に歓声が広がっていく。「あっ! 流れ星」とまた誰かが誰にともなく呟く。その声に導かれる様に見上げれば暗闇に一筋の光が流れ、暗闇を引き裂くとそこには満天の星空が!!
星と星のあいだで
手をふって
ながれ星を降らせるの
そうすれば
きみの世界は思い描いたとおりに
色づいていく
観客の頭上では魔法使いの少女と少年が、夜空に浮かぶ星の間から流れ星を地上に降らせる。降り注ぐ流星は手を伸ばせば届きそうな程、近い。
こういった演出は電子魔法ならではだな、と思う。
科学と魔法の併せ技というのか、上手いこと組み合わせてる。視覚に作用させる魔法と映像を擬似世界に投影させる技術。
本物の魔法師には出来ない魔法らしい魔法だ。
現実では難しいけれど、夢があっていいじゃないか。
電子魔法だろうが現代魔法だろうが人に優しい魔法であれば、それは俺達魔法師にとって喜ばしい事なのだ。
魔法師に傷付けられ、魔法師に守られる歪なこの国にとって魔法師の存在は他国に比べ重いのだ。
妙な感覚に囚われながらも、しばし観客同様、満天の星空を眺める。
「あ! 見惚れてる場合じゃない」
目的を忘れてはいけない。今日は仕事でここにいるのだ。観客につられて星空を見ていた俺は視線をフレクトに戻した。
「ん? なんだあれ?」
何か違和感を感じた。薄暗い中、目を凝らしてみるとフレクトは俯いてペンライトを舞台に向けて小刻みに震えているではないか。
「何してるんだ?」
気分が悪くなったのか何なのか、震えは段々大きくなる。
両手で握り締められているペンライトが上下に揺れて、何だか変だ。
それに先程まで太陽に阻まれて良く見えなかったペンライトの光が妙に気になる。他の観客が持っているペンライトとは少し違う気がして、俺は意識を集中させペンライトの先端を視た。
するとペンライトの先からは細く赤い線が走っていた。その線自体には何も感じなかったが、震える赤い線を辿りそれがセルキーさんの額を捉えた刹那、ぶわっと背筋が粟立った。
(魔力!? どうしてっ)
今まで皆無だった魔力が突如発せられた事に戦慄する。微々たる量の魔力だが、明らかに敵意や殺意を含んだ良くないモノ。
何故? フレクトには魔力はなかった筈だ。俺も夏芽さんも感じられなかった。魔力と言うものはどれだけ抑え込んでも完全に遮断することは出来ないはずなのに!
全身が警鐘を鳴らす。
俺は咄嗟に声を上げた。
「〈水ッ〉!」
誰も気付いていないこの状況で派手な魔法は使えない。演出用の電子魔法の行使中に俺の魔法をぶつけると、どうしても俺の魔法が勝ってしまう。一般人には魔法師の術は負荷が掛かり過ぎるのだ。
周りに影響を出さない様に力を調整し、ステージと観客席の間に攻撃吸収系の結界を張る。
バチィッッ!!
間一髪。
俺の結界の方が早く魔法を展開出来たようでセルキーさんに危害が加わることはなかった。結界に触れた瞬間火花が散ったが、それ程強い魔法ではなかったようでそのまま結界に吸い込まれていった。
観客は幸いにも気付かなかった様だが、目の前で火花が散った彼女達は流石に気付いて一瞬「ん?」とお互い顔を見合わせた。
しかし特にそれ以上のリアクションはなく、演出の一種と思ったのかは分からないがまたステージに集中してくれた。
その様子を見てホッとする。
だが油断は出来ない。何故なら魔力の出所が確定出来なかったからだ。
『カノくんっ!?』
瞬間的に魔力を解放した俺の耳にインカムから焦る夏芽さんの声が聞こえる。でもそれに答えている暇はなかった。
攻撃を仕掛けたのが誰かは分からなかったが、フレクトの行動が何かの切っ掛けになったのは間違いない。失礼を承知でこちらの要件を通す。
「夏芽さん! 捕まえられますか」
『分かった!』
誰を? とも、何故? とも聞くことなく夏芽さんは素早く舞台袖から飛び出した。音もなく観客席に降り立つと小声で詠唱に入る。
『……〈具現、固定、掌握〉 〈蔦花文様〉』
俺の位置からは暗さもあり、夏芽さんが何をしているか見えないかったが、魔法を起動したのは確認出来たので俺もそちらへ移動する事にした。
舞台袖から天幕のある裏手へ回っているところでインカムへ連絡が入る。
『カノくん、捕まえたよ』
余裕のある声音から、特に抵抗などはされなかったのだろう。案外アッサリした結末だ。
「俺も今向かってます」
『うん、分かった。でも……フレクトくん変なんだよ』
「どういう意味ですか?」
『何かに怯えてるみたい。ずっとね、ぶつぶつ言ってるの』
ワントーン落とされた声音は戸惑っている。「聞こえる?」と言われて耳をすませばフレクトにマイクを近づけてくれたのか雑音混じりに唸り声が聞こえて来た。
『ぅぁあああアああァッ!! ヒィッ来るな来るな来るな! 止めろっ止めテくれェッッ』
『……ね? どうしたんだろう』
「すぐ行きますっ!」
一体何が起こっているんだ……!?
やっと魔法使えました。長かった……
まだほんの軽い魔法ですが、夏芽もカノもここからバンバン使っていきますよ!
カッコイイ詠唱は【case3】にて披露させて頂きます(笑)
ここまで読んで頂きありがとうございました♪