三人の妖精
予想以上に長くなってしまったので途中でぶった切ってます。
微妙なところで切ってますがご了承くださいませ。
小腹を満たした俺達は、道なりに沿ってカリヨン広場へと向かっていた。道すがら出店を冷やかしつつ、にぎわう人々の隙間を縫って歩を進める。
「人が増えて来ましたね」
西門に近付くにつれ擦れ違う人と肩が触れ合う程に人口密度が高くなっていた。
「カリヨン広場の特設ステージが春呼びの祭典の目玉だからねぇ」
すいすいと人混みをすり抜けていく夏芽さんの後ろを小走りで付いて行く俺ははぐれない様に必死だ。ここではぐれてしまったらもう一生会えない気がする。
どちらかと言えば長身の部類に入る夏芽さんだが、飛び抜けて大きい訳ではない。均整の取れたスラリとした体躯は細身と小顔というのもあり小さく見える。
端正な面は恐ろしい程整っていて、白磁の肌はシミ一つ無い。『格好良い』なんてものじゃない。その美貌は正に神が作り出した芸術品と言っても過言ではない。中身はすこぶる残念な人ではあるが。
それに拍車を掛けるのが淡く光を放つ銀髪だ。その珍しい絹糸の様な髪が儚げな印象を与える。
そこまで考えてハタと気付く。
行き交う人々はこんな超絶美形がすぐ傍を通っているというのに視線一つ寄越さない。普段廊下を歩くだけで羨望の眼差しを一身に受ける姿をここ何週間で嫌という位見て来た俺としては腑に落ちない。
「夏芽さん、何かしてます?」
この場合の『何か』は『魔法使ってますか?』だ。
俺の言葉に歩を緩めた夏芽さんは茶目っ気たっぷりにウインクをして口に指を当てた。
「ちょっとだけ干渉しちゃった。視覚をちょちょっとね」
「ちょちょっとで干渉されちゃたまったもんじゃないですけど、正解かもしれませんね」
今や見渡せば周囲は人、人、人だらけ。こんな場所で夏芽さんが姿を見せたら女性達に揉みくちゃにされるのは免れない。ついでに俺も巻き添えを食らってボロボロになること間違いない。
「女の子ってパワフルだよね~ローズちゃんと一緒だとそうでもないんだけどクゥちゃんと歩いてるとものすごい行列になるんだよ」
すごいよねクゥちゃん! と無邪気に笑う夏芽さんに俺は大仰に溜息を吐いた。
チガウ。それクゥさんだけの所為じゃない。
「ローズさんは女の子ですから女性達も遠慮してるんでしょうね。それか男性達と良い感じに牽制しあってるのかもしれません」
「牽制?」
「器だけ見たら憂愁の美青年とお近づきになりたい女性達と、ビスクドールみたいな美少女とお近づきになりたい男性達が互いに二の足を踏んで身動きが取れなくなってるってコトです」
容姿を褒め称えるのが癪だったので、少しだけ嫌味を混ぜて言ってやる。すると夏芽さんはこてんと首を傾げた。
「美少女? カノくんにはローズちゃんが美少女に見えるの?」
本気で疑問に思ってるらしく、「本当に?」と聞かれた。
「美少女以外の何に見えるんです? もしかして美醜感覚おかしいんですか」
「いやいや! そんな可哀想な子を見る様な目で見ないで!? ローズちゃんは確かにお人形さんみたいに可愛いよ。それはそうなんだけど……」
眉を顰めジト目で秀麗なお顔を見る。よもや自分以外の人間は美しくないとか思ってるんじゃないだろうな? そうだとしたら夏芽さんの俺的人事評価を最低ランクにしてやろう。
心の中でそんなことを思っていたら何か感じるものがあったのか、高速で首を横に振り「違う違う!! そうじゃないからね!?」と必死に否定し始めた。
「へぇ……?」
「もうっ違うってば! ただカノくんには、そう見えるんだなって思っただけ」
「それってどういう―――」
「あっ、着いたみたいだよ」
誤魔化されたと思ったが、本当にステージのすぐ傍まで来ていた。
午前の部が終わって今は休憩時間らしく、野外ステージの観客席は封鎖されていた。午後の部を待つ人々が今か今かと開場をその周りで待っているのが見える。
「裏に回ろう」
「はい」
夏芽さんに促され『関係者以外立入禁止』と書かれたバリアラインを跨ぎ、近くにいたスタッフにLast Noticeのバッジを見せると少し驚いた表情を見せたが、特に咎められることなく中へ入れてくれた。
ランドガールの居場所を尋ねると丁寧にも案内の申し出をしてくれたが、それを断ると色取り取りの天幕の内、黄緑色がそうだと言われので礼を言って足を向けた。
煌びやかな舞台の裏は慌しく人が行き交っていた。
「おいっ! その機材はそっちじゃない」
「マイクが足りねーぞ!!」
「最終チェック入るぞ。早く準備しろッ」
怒号が飛び交う中、彼らの邪魔にならない様に俺達は出演者控え室となっている天幕に向かった。
※ ※ ※
―そして現在―
俺はかつてない程に困惑していた。
決して俺はコミュニケーション能力が低い訳ではない。高い、ということもないが世間一般的に平々凡々。所謂『普通』と自負出来るくらいには最低限のスキルは備わっていると思っている。
……そう思いたい。
だがしかし、『普通』では目の前に広がるカオスな現実には立ち向かえないと密かに溜息を吐いたのだった。
「やだぁカワイイ~♪」
「ねーねーキミいくつ?」
「やーん! 困った顔も可愛い!」
この事件の当事者である彼女達はすこぶる元気なお嬢さんだった。女三人寄れば姦しいとはこの事を言うのだろう。
三人って少ないんだなと思ったらチームがあるらしい。チーム『フェアリー』とチーム『エンジェル』。目の前にいる彼女達は『フェアリー』だそうだ。
亜麻色・赤銅色・蜂蜜色の髪をした三人娘は同時にセルキー、メロー、バンシーと名乗った。一斉に名乗るものだから誰が誰だかさっぱりだ。結局全員が二十歳ということしか覚えられなかった。
ファンが付くのも納得出来る可愛らしい容姿の彼女達は揃いの髪型に揃いの衣装を着て揃いに瞳を輝かせ、天幕に入った俺と夏芽さんを囲った。
まずやはりというか夏芽さんが絡まれた。
カッコイイ! 綺麗! 本物! きゃっきゃと騒いだ挙句ペタペタ腕や胸を触られても柔和な笑みを保っている夏芽さんの姿を見て手放しで尊敬した。俺には到底真似出来ない。
「あは。みんな元気だね~でもほら、こっちにも可愛い子いるよ。構ってあげて」
……と思ったらさり気なく俺を人身御供に出して自分はさっさと難を逃れた。矛先を俺に向けた彼女達は言われるがまま今度は俺を取り囲む。
「ねぇねぇ名前は?」
「キミもLNなの?」
「お肌つるつる~羨ましいー」
興味津々といった表情で顔や髪を弄くられる。夏芽さんと違って背が低い俺は彼女達とそう身長が変わらないのでもみくちゃにされてしまう。
「あー、えっと、その、水方叶です。一応LNです。肌具合は分かりませんが、その……ありがとう、ございます?」
初対面の女性に冷たく出来る訳もなく、その元気の良さに辟易しながらも律儀に応えていた俺に頭上から笑い声が降ってくる。
「ぷぷっ! モテモテだねぇ。帰ったらカナちゃんにも教えてあげようっと」
「…………!!」
込み上げる笑いを抑える素振りも見せず、目尻に涙まで浮かべた夏芽さんに悪態をつく余裕も無い。アンタと違ってこんな状況には慣れていないんだよ! と心の中だけで突っ込む。
「ナツメさぁん、この子親戚?」
彼女達の中の一人―――亜麻色の髪の女性が不意に俺の顔を覗き込み、夏芽さんにそう問い掛けた。
「違うよ。どうして?」
否定の言葉を口にした夏芽さんはそのまま疑問を返した。すると口々に彼女達は答えを返す。
「だって髪の色似てるもの」
「そうそう! 銀髪よね」
「でも瞳の色は違うね。キレイな空色」
俺と夏芽さんを交互に見て三人は頷き合う。
「あ、いえ。俺は銀髪じゃなくて白髪です」
その隙に三人の魔の手からさり気なく逃れた俺は、いつの間にか自分だけ安全地帯へ逃げていた夏芽さんの背に隠れつつ、同じと言われた己の髪を一房摘んだ。
パッと見はどちらも色素の薄さで同じに見えるかもしれないが、すぐに違うと分かるはずだ。
光を受けて淡く煌く銀髪と、輝きの欠片もないただ真っ白なだけの俺の髪では雲泥の差。銀髪と白髪……似て非なるもの。
「そうなんだ~」
「でもキミの髪も綺麗よ」
「うん。雲みたいにふわふわしててとってもキレイ」
年寄りくさいと言われた事は数知れず。だが雲みたいと言われたのは初めてだ。柔らかく少しクセのある髪質は、確かに良く言えば雲に似ているのかもしれない。
「そう、ですか? ありがとうございます」
不健康そうな青白い肌をお肌ツルツルと言ったり、白髪を雲みたいと言ったり若い女性の感性は全く以て分からない。
でも、悪く言われることの多かった見た目をこんなにも良い様に捉えてくれて嬉しかった。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか」
一段落付いたと判断したのか、凛とした声で夏芽さんが流れを変える。
「出番まであと三十分ってトコだね。今更感があるけど、今回の件は僕らLNで受け持つことになったのは知ってるね」
コクコクと頷く三人を見て満足気に微笑むと続けて口を開いた。
「犯人は必ず捕まえるから、君たちはいつも通り妖精みたいに可愛らしくお仕事に励んでもらって大丈夫。それでね、今日は事件当時の話を詳しく聞かせてもらいたいんだ。概要は穂積課長とウチの部下から聞いているんだけどやっぱり本人から聞きたくて」
協力してくれるかな? とお得意のとろけそうな笑みを浮かべて『彼女達』の手を壊れ物でも触れる様に優しく包み込む。
「セルキーちゃん、メローちゃん、バンシーちゃん。僕も早く犯人を捕まえたいんだ。ね?」
「!」
「!」
「!」
途端に彼女達は金魚みたいに口をパクパクさせて顔を真っ赤にさせた。
「すげー……スケコマシ」
思わず本音が漏れた。
「カ・ノ・く・ん~?」
小さな呟きだったにも関わらず、耳聡く聞きつけた夏芽さんが凄みのある完璧な笑顔で威圧して来た。
……怖い。
「スミマセン」
「あとでゆっくり話そうか……? ああ、ごめんね。何でもないよ。えーっと、被害に遭ったのは―――セルキーちゃんだったかな」
「はい」
セルキー・メロー・バンシー。
今気付いたがこれらは妖精の名前だ。あれか、所謂芸名ってヤツなんだなと俺は一人納得した。チーム『フェアリー』はチーム名に因んだ芸名を付けてるのだ。
セルキーと呼ばれた亜麻色の彼女は、被害という言葉に瞳を曇らせた。
「その時のこと、覚えてる? 出来るだけ詳細を知りたいんだ」
「はい。あの日―――」
セルキーさんから聞いた話をまとめるとこうだ。
事件当日、通常通り仕事を終え三人は箱庭で夕食を取り寮へ戻って来た。
ランドガールは可憐な容姿も相まって熱狂的なファンがいる。外勤業務が主だがストーカー被害が絶えない為、レベルEの警護課が常時護衛に付き、送迎も行っているそうだ。
それはさておき、その日も寮まで送って貰い部屋へ戻った。
寮の部屋はカードキーとティンプルキー両方揃って解除が出来るようになっている。勿論、鍵は両方とも彼女が持っていた。
何の疑問も持たずドアを開け、荷物を置いて大浴場へ行く為に着替えを準備しようとして異変に気が付いた。
巧妙に隠されてはいたが、チェストの位置が微妙にずれていた。その時はまさか下着が盗まれているとは思わず、そんな記憶はなかったが朝寝ぼけて蹴飛ばしたのかと思ったらしい。
まぁいいかと彼女的ベストポジションへチェストを直して、引き出しを引いたら……なかった。ベビーピンクの真新しい上下セットが忽然と姿を消していた。
そこで誰かが仕事中忍び込んだと確信したそうだ。
で、犯人だと瞬時に思ったのがセルキーさんの熱狂的なファンの一人であるフレクトという男だと言うのだ。
「熱狂的とは言え、そのフレクトくんだっけ? 彼に保安局に忍び込める度胸と能力があるとは思えないけどね」
「そうなんです。カナさんにお話した時は頭に血が上ってて絶・対フレクトが犯人だって言ったんですけど、保安局のセキュリティが世界トップクラスだって思い出して」
「そうだねぇ。でもセルキーちゃんは忍び込んだ方法はともあれ下着を盗んだのはフレクトくんだと思ってるんだよね?」
話を聞き終えた夏芽さんは、そう問い掛けた。下着ドロの犯人に思い当たる人間はフレクトしかいないのかと。
「もし私の部屋に忍び込んだ目的が下着なら、フレクトしかいないと思います。あの日だけ、毎日欠かさず来ていた舞台に来なかったから」
(部屋に忍び込んだ目的……か。なんか引っかかるな)
「ランドガールの皆さん、スタンバイお願いします」
「あ、はーい」
天幕の入口からひょこっと顔を出したスタッフによって話はここで終了せざるを得なくなった。
「本番前にごめんね。この件は任せておいて。必ず犯人は捕まえるからね」
「すみません、お願いします」
ぺこりとお辞儀をしてセルキーさんは天幕から出て行った。続いて蜂蜜色のメローさんかバンシーさんのどっちかも軽く会釈をして出て行く。
最後に赤銅色の彼女が去り際にそっと耳打ちをして来た。
「時間あったら舞台見ていって。フレクトも多分来てると思うわ」
16話にしてカノくんの容姿について少し触れました。
白髪に水色(空色)の瞳。身長は出てませんが166cmです。
キャラクター紹介を挿絵でしたいと思うのですがもう少し先になりそうです。
これからどんどん人が増えるので何とかせねばと思いつつ……もう少しお時間ください。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。