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Last Notice―特殊異能課―  作者: uka
【case2】特能課始動
15/25

春呼びの祭典

 


 ルーヴェリアには東西南北合わせて四つの門がある。

 東門は王城へと続く門なので省くとして、三つある門はどこからでも出入りが出来るかと言えばそうではない。

 北門は硬く閉じられ出入りが禁じられており、南門は輸出入専用で人の出入りは出来ない。残る西門が人間が通れる唯一の出入り口だ。

 堅い壁に覆われた箱庭は一見息苦しさを感じさせるが、西門だけは常時開放されていて、【鉄壁】の異名にそぐわない雰囲気を醸し出している。勿論開け放たれた門には技術開発部特製の何重にも及ぶセキュリティと防御を得意とする上位魔法師による強力な結界が張られているのだが。



 そんな西門を潜ってすぐのところに王立中央広場、通称カリヨン広場はあった。




※ ※ ※




「聞こえてきましたね」

「すごい盛り上がり~あっ屋台出てるよ! 着いたら何か食べよう」


 見上げれば青空が、見下ろせば箱庭ルーヴェリアの町並みが広がっている。眼下の人々は忙しなく動き回り、色取り取りの風船や飾りによって町全体がカラフルに彩られている。

 道を練り歩く音楽隊はスプリング・マーチを奏で、マジシャンは帽子から白い鳩を数珠繋ぎに青空へと放つ。

 今日は春呼びの祭典スプリングフェスティバル

 箱庭ルーヴェリア全体がお祭り一色に染まっている。

 俺達は今、カプセル型移動車【ヴィテス】に乗ってその様子を眺めているところだ。

 ルーヴェリア内の移動には車や居住区専用電車の他に、透明なパイプの中を走るヴィテスがある。元は観光用に造られた乗り物で、空から箱庭を楽しむのを目的としたもの。

 車と言ってもタイヤは付いていない。パイプの中は無重力状態で滑る様に進むようになっており、また自動制御装置搭載の為、運転の必要はなく行き先の設定さえすれば勝手に目的地まで移送してくれる。

 今では観光名所の他にオフィス地区、商業地区、学園地区など主要な場所は殆ど網羅しているので箱庭ルーヴェリアの人間も普通に利用している……そうだ。

 俺は箱庭ルーヴェリア出身じゃないからまるっと観光ガイドの受け売りだ。つまり、乗るのは今日が初めてという訳だ。

「夏芽さん」

「なぁに?」

「俺、このクリチミルってやつ食べてみたいです」

 観光ガイドブックの『若者に人気のメニューTOP10』に載っている一品を指差した。

 堂々の第二位を獲得したクリチミルは、クレープ生地を何枚も重ねたボリューミーな食べ物だ。生地と生地の間にはたっぷりとクリームチーズが塗られていて、各層には柔らかそうなローストビーフ・スライスエッグ・レタス・アボカド……層の分だけ具が入っている。

 一目見て気になっていた。食は細いが食べること自体は好きなのだ。

「クリチミルね! 歩きながら食べれるし良いかも。それにお店によって選べる具が違うんだよ」

「それは興味深いです」

 写真に載っているものでも十分美味しそうだが、具が自分で選べるとは! それはそれで楽しそうだ。

「ランドガールの出番は午後イチだから少しはフェスも楽しめるよ」

 腕時計を見ながら夏芽さんが言った。俺も携帯端末で時間を確認する。今は午前十時半過ぎ……軽く食べて少し祭りを見て回りながらランドガールに会いに行けば丁度良い時間になりそうだ。

「たまには外に出るのも悪くないですね」

 パタンとガイドブックを閉じた俺は、また箱庭ルーヴェリアを眺めるのだった。




※ ※ ※




「随分とまぁ……欲張ったねぇ」

「ふぁにらふぇすか(何がですか)」

「クリチミルだよ。ってちょっと待って。僕飲み物買って来るからそこのベンチに座ってて」

「んぐ。ふぁい」

 ヴィテスを降りた俺達は、予定通り何軒か回って一番美味しそうな屋台のクリチミルを頼んだ。

 夏芽さんはスモークチキンとレタスとトマトのクリチミル。

 俺は豚の角煮と春キャベツの千切りとアボカドと枝豆ペーストと目玉焼きのクリチミル。分厚さは何と7cm! そりゃモゴモゴもする。

 クリチミルは食べ歩きを想定しているのか包装紙は三角形の袋型になっていて、タレやら具やらを落とさない様になっている親切設計だ。

 俺は貰った直後に待ち切れなくて頬張ったのだが、思った以上に豚の角煮が分厚くて満足に喋れなくなってしまった。それで見かねた夏芽さんが飲み物を買いに行って来てくれたといった状況である。

駆け足で人混みに紛れていく夏芽さんを見送って、俺は言われた通りにベンチへ腰を下ろした。そしてガプリとかぶり付く。

 出来立てのクリチミルは本当に美味しい。

 じゅわりと口いっぱいに広がる豚の角煮の甘辛さと春キャベツの柔らかくもシャキシャキする食感。半熟目玉焼きが崩れ、黄身がとろりとアボカドと枝豆ペーストの間を滴り落ちていく。


(材料はシンプルだよな。これなら寮で作れるかもしれない)


「カノくーん! お待たせっ。えっと、紅茶とお茶どっちがいい?」

 程なくしてパタパタと足音を響かせて夏芽さんが戻って来た。

「ありがとうございます。お茶頂いても良いですか?」

「うん。どうぞ」

 琥珀色の液体が入った透明な筒状のプラスチック容器を一つ受け取る。側面についているボタンを押すとカチリと音がして中からストローが飛び出す仕組みだ。

 缶の容器と違って密封されているので落としても零れる心配もなければ使い捨てでもない。破損するまで何度でも使える優れものだ。飲み終わったら回収BOXに捨てるだけ。業者が洗浄し、そしてまた店舗が購入する。

 洗浄も注入も容器の底に刻まれている電子魔法の術式で全て行えるので手間も掛からない。地球に優しいシステムだ。

鳳凰單叢ほうおうたんそうですね」

 一口飲んでそう感想を漏らすと夏芽さんが首を傾げた。

「ほうおうたんそう? ウーロン茶だよねそれ」

「烏龍茶の種類ですよ。花とか果物みたいな甘い香りと味がするんです。少し苦味もあるんですけどね」

 琥珀色のそれは微かに花の甘い香りがした。利き茶が出来る程烏龍茶に明るくないが、何度か原産地の大陸出身の知り合いに飲ませて貰ったことがある。

「物知りさんだねぇ」

「たまたまです」

 しきりに感心する夏芽さんが子供みたいに瞳を輝かせるのを、俺は苦笑で応える。

 すごいと思うけどなぁ……と言って俺の左隣に腰掛けた夏芽さんは、大きく伸びをするとベンチの背にもたれて空を見上げた。

「良い天気だね」

「そうですね。それに……」

「うん?」

「平和です」

「そうだねぇ」

 俺も同じ様に空を見上げる。

 まもなくチェリーブロッサムの時期は終わりを迎え、青々とした緑の葉が顔を覗かせる。日差しは柔らかく空は水色。人々は春を謳歌し、ざわめき踊り歌う。

 なんて穏やかで幸せなんだろう。

「カノくんはこーゆーの好きじゃない?」

 背もたれから体を起こした夏芽さんは、ほんの少し淋しそうで悲しそうな表情で問い掛けてきた。どこかで見たことのある表情だ。

 心配される程変な顔をしていただろうか? 俺は緩くかぶりを振った。

「そんなことないですよ。ただ―――」

「ただ?」

「遠退いていましたね……家族がいなくなってしまってから」

 小さい頃は家族で季節毎の祭りを楽しんでいた。箱庭ルーヴェリア程大きな規模ではないが、アクアフォレストも春夏秋冬同じ祭りが催されている。

 レーヴァインには季節毎に大きく四つの祭りがある。

 春は春呼びの祭典スプリングフェスティバル、夏は星座巡りの夜祭サマーナイトフェスティバル、秋は葡萄酒とかぼちゃの仮面舞踏会マスカレードフェスティバル、冬は箱庭大音楽祭ミニチュアガーデンフェスティバル

 どれも大戦以前からずっとレーヴァインで行われている祭りだ。

 箱庭大音楽祭ミニチュアガーデンフェスティバルだけは大戦後名を変えはしたが、中身は昔から変わらない。

 俺もその辺の子供と同じ様にはしゃいで眠り疲れるまで楽しんでいた。

 最後の一人を失くしたのが五年前。一緒に何かを共有し、怒り笑い合える存在がいなくなってしまってから、こういった楽しみから遠ざかっていた。

 伯父夫婦も大切な人には違いないが、親兄弟と同等かと言われれば少し違う。気を遣って誘ってくれたこともあったが、それ以後行くことはなかった。その時の、優しい優しい伯父が悲しそうな瞳で俺を見ていたのを思い出す。

 ああ、そうか。

 さっきの夏芽さんの表情は紅葉くれは伯父さんに似てたんだ。

「……そっか」

 夏芽さんは静かに頷くとそれ以上は何も言わず、また空を見上げた。

 箱庭ルーヴェリアの空もまた、故郷と同じ綺麗な色をしている。少しばかり切り取られた感は否めないけれど、思っていたより悪くない。

「……」

「……」

「ところでさ」

 しばしの沈黙の後、しんみりした空気を払う様に夏芽さんが明るい声でガラッと話を変えた。

「カノくんて媒体クラウン・キーに魔法式を登録してないんだね」

「……そんなことまで分かるんですか」

「班長ですから」

 服で隠していた媒体ペンダントだけでなく、魔法式の登録の有無までお見通しとは一体何者なんだこの人。

 得意気に胸を張る姿は誇らしげだ。確かにスゴイがこっちは恐怖だ。

 通常、媒体を介して魔法を展開する為、よく使用する魔法はあらかじめ媒体に登録しておくのが定石だ。魔法式をセットさえしておけば媒体に必要な魔力を注ぎ込むだけで即座に魔法を展開出来る。

 だが、俺は唯一つの魔法式を除いてセットしていない。

「演算は得意なのでしていないんです」

 これは本当だ。『計算』は技術者の得意分野だから。

「何気にハイスペックだよね。でもいざと言う時困らない?」

 首を傾げる夏芽さんの言葉に俺も首を傾げる。

「そうですか? 慣れだと思いますけど……それに普段魔法なんて使わないですし。今は電子魔法の普及が進んで科学の進歩も目まぐるしいですから。夏芽さんだって普段日常生活で魔法使ったりしないでしょう?」

 魔法師という存在は古くから認められていて、存在自体は珍しくはない。が、それでも圧倒的に数が少ない。

 ちょっと魔力を込めれば火でも水でも風でも起こせる俺達は『普通』の人間にとって脅威なのだ。魔法使用に規制こそされていないが、過去の惨劇を思えばポンポンそこら中で披露して良い物ではない。

「そーだねぇ。高いトコの物を取ったりバンジージャンプ的なことをするくらいかな」

 う~ん、と唸って捻り出した答えに呆れながらも、何事もなく過ごす分には魔法は必要としないという夏芽さんの回答に俺は頷く。

「だから良いんですよ。登録なんてしなくても」

「かもしれないね。元々媒体も魔法式を登録する為のものじゃないし」

 今でこそ各個人が持つ媒体には魔法式を登録する機能が付いているが、あくまで魔法を展開する為の道具だ。

「……毒されているのかもしれないな」

 苦さを含んだ声音で、ぼそっと夏芽さんが呟いた。

「何ですか?」

「んーん。何でもない! さて腹ごしらえも出来たことだし行こうか」

 何事も無かったかの様ににっこり笑うと残りの紅茶を飲み干した。

 聞き取れなかった言葉が気になったが、あと三十分もしない内に午後のステージの準備が始まってしまう。

 俺も急いで残りの烏龍茶を流し込んで立ち上がった。

「行きましょう」

 クリチミルの包み紙と飲み終わったプラスチック容器を捨てると俺達はメインステージのあるカリヨン広場へと向かったのだった。




クリチミルが何だか分かりましたか?

クリームチーズミルフィーユの略です。

しょうもなくてすみません!

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