保安局ツアー
今回は施設案内がメインのお話なのでもしかしたら読み辛いかもしれません。
ごめんなさい。
ついでに新しいキャラクターも出て来ます!
食堂から二階へ降りて来た俺とクゥさんはまず寮へ向かうことにした。
いつまでもボストンバッグを持ったまま歩くのも疲れるし、これから過ごすところをしっかり見ておきたかったので俺からお願いした。
クゥさんもそのつもりだったらしく、そうしようと言って引き摺る様に持っていた日用品の入った袋を俺からさり気なく奪って、並んで歩く俺とは逆の手に収めた。
昨日も思ったが、この人は本当に気が利いて優しい。
「寮とLNは繋がっていない。外から出入りするかもしくは二階の奥にある移動魔法陣のどちらかでの移動となる。ちなみにLN本部内にある移動魔法陣の行き先は寮しかない。他の他棟へ行く時は本部前のを使う」
「そうなんですね」
説明を受けながら経理課の前を通り過ぎ、ぐるっと半周する。階下へと続く中央階段のちょうど反対側に重厚な扉があり、その先の小部屋に移動魔法陣はあった。
本部前の魔方陣と違って直径5m程のやや小さめの魔方陣。
一歩中へと踏み出して仮想端末にアクセスすると、仮想端末の有効操作範囲となり魔法陣が淡い緑色に発光した。
「どこに行きますか?」
俺は仮想領域でタブを開きながら訊ねた。
行き先自体は【Last Notice寮】しかないが、その中でも移動出来る場所が細かく分かれている。
タブは全部で四つ。その中にアイコンが並んでいる。
①エントランス………受付(寮長室)、カフェ。
②寮室…………………2F~14Fの各階。
③共有スペース………図書室、レストラン、トレーニングルーム。
④大浴場………………大浴場、リラクゼーションルーム。
「まずはカノの部屋へ行こう。十二階を選んでくれ」
「十二階ですね。分かりました」
魔法陣の中に入り寮室から12Fのアイコンを選択すると、魔法陣が緑色から赤色に変化した。移動魔法陣が起動した証拠だ。
そうして淡い光が強い閃光となった瞬間、俺達は眩い光の渦の中へと飲み込まれていった。
※ ※ ※
キィィィン……!
耳を劈く音と共に俺は転送先の移動魔法陣の外へと弾き出された。
本部前の移動魔法陣と比べて随分と荒っぽい。足が付く前に魔法陣から放り出されてバランスを取ろうと体を捻る。
「お……? うわッッ!」
左足を踏み出したのは良いものの、踏み止まれず思いっきりつんのめる。
「カノっ!?」
危うく床とご対面する寸前でクゥさんの焦った声が。同時に後ろから力強い腕に引き戻された。腰をがっちりホールドされ、クゥさんの右腕だけで抱え上げられる。
正面にある透明の自動ドアに目をやると、そこに反射して映る自分はかなり残念なことになっていた。
床に手を付く前提で伸ばしていた両腕はだらんと下がり、足は辛うじて爪先が床についている状態。なんてマヌケな姿なんだ!
「……ドウモアリガトウ、ゴザイマス」
「……いや、構わない。それより大丈夫か? お前もしかして運動が……何でもない」
言いかけた言葉を失言だと思ったのか、クゥさんは気まずそうに目を逸らした。
「……」
「……」
「……すまない」
「………イイエ」
お互い何とも言えない雰囲気になり、重い沈黙が支配する。
「……なんだ、その……お前もそんな顔するんだな」
抱えていた腕をそっと緩めながらこの状況を打破しようと思ったのか、クゥさんがふいにそう呟いた。
何のことか分からなかった俺は両足が地に付いたのを確認すると、つんのめった拍子に落としてしまったボストンバッグを拾い上げながら逆に訊ねた。
「そんな顔……ってどんな顔してます?」
マヌケだとは自分でも思ったが、俺の表情筋の熟練度は自分で言うのも何だがマスタークラスだ。
「……悔しそうな、いや違うな。拗ねた表情だ」
俺の顔をじっと見つめて思案に沈んでいたクゥさんの表情が一変。これだ! という様に瞳がキラリと輝いた。
「……!?」
慌ててぺたぺたと自分の顔を触る。
触ったところで分かる筈もないのだが、だからと言ってそんな筈はない! とは言い切れないのが悔しい。クゥさんの言う通り子供の頃から運動は苦手な部類に入るからだ。
特に反射神経とかいうものが俺には備わっていない。
昔の嫌な思い出が脳裏を過ぎり、ぐっと眉間に皺を寄る。
「くっ!」
くすくすと押し殺した笑いが漏れる。ハッと現実に戻った俺は今度こそ素直に感情を出した。
「笑わないでください!」
そっぽ向いて抗議すると、肩を震わせ益々声を上げてクゥさんは笑った。
「その方が良い」
「え?」
意外な言葉に振り返るとまだ口元は緩んでいるが、どことなく嬉しそうというかホッとしたといった表情をしていた。
「拗ねてた顔でも、能面みたいな顔よりずっと良い」
まさか、そんなことを言われるとは思ってもみなかった。
※ ※ ※
「クゥさんすみません。ありがとうございました」
「こちらこそすまない。全くあの人は……」
移動魔法陣の一件の後、早速部屋へ行こうとしたのだがそこで問題が起きた。
俺に宛がわれた部屋は十二階の角部屋南向きの良い場所だった。しかしいざ中に入ろうとドアノブを回したら鍵が掛かったままで入ることが出来なかったのだ。
昨晩、あの人―――寮長さんに鍵は開けて部屋の中に置いておくからと言われていたらしいのだが、どうやらウッカリ忘れてしまったらしい。すぐにクゥさんが連絡を取ってくれたのだが生憎所要で席を外しているそうで鍵を貰うのは夕方になりそうだとの事。
それまではクゥさんの自室に荷物を置かせて貰うことになった。部屋が見れなかったのは残念だが仕方ない。
そして今、俺達が向かっているのは……
「次はどこへ?」
「次はここだな」
もう一度LN本部に戻って来た俺達は、本部前の移動魔法陣から中央エントランスに移動していた。
テーブルの間を縫う様に突っ切りながらクゥさんは上着のポケットから手帳を取り出し、後ろの方のページを捲りここだと指で示す。
「内部地図! えっと、ここは購買ですね」
「ああ。一般職員と違って俺達は基本的にはここを出られないからな。内部職員寮の隣に複合商業施設がある。そこまで大きくはないが大抵の物はここで揃う。目当ての物がなければ取り寄せも出来るから上手く使え」
「それはちょっと楽しみかも」
「意外だな。ショッピングセンターが好きなのか?」
会話しながら中央エントランスからまたもや移動魔法陣で今度は内部職員寮前へ。そのまま屋外通路で行けばショッピングセンターまでは100m程だった。
「買い物が好きって訳じゃないんですよ。ただ純粋に珍しいから気になって。アクアフォレストには複合施設はありませんから」
通路から見上げる複合施設は【ARIA】というらしい。
大きくないと言っていたが、それでも俺にしてみれば十分大きい建物だ。ドーム型の柔らかいフォルムは透明なガラスで出来ていて、太陽の光と電子魔法によって作り出された虹色の光彩が何だかシャボン玉みたいで綺麗だった。
「そうか。そうだったな」
成る程と頷いてクゥさんも俺と同じ様にARIAを見上げる。
ルーヴェリアに住んでいる人にとっては何てことないものなのかもしれないが、【外】で育った俺には全てが目新しいものなのだ。
そうやってしばらくぼんやり眺めているとクゥさんが言った。
「買い物はしなくていいのか?」
「必要なものは昨日の内に買って来たので大丈夫です。そろそろ行きますか?」
「じゃあ次は―――」
※ ※ ※
「あのぅ……クゥさん?」
「どうした?」
「イヤ、そのどうしたじゃなくて……ココってあれじゃ」
「レベルE司令室だ。どうした? 顔色が悪いぞ」
「イヤ! だからどうしたじゃなくて! 俺みたいなペーペーが入っちゃダメでしょうッ」
「いい。どうせアーリーモーニングティーもどきでも飲んでるオッサンしかいない」
現在俺達が言い争いをしているのはレベルE本部司令室前である。
昼食の前にサクッと見に行くぞと言われて付いて来たらとんでもないところに案内された。今日一番のビックリだ。
レベルE本部に到着するなり直通エレベーターで二十階へ。
乗ってしまった手前もう降りれなくて、あれよあれよと言う間に司令室前へ着いてしまった。
どうしたって場違いだ。俺の反応は正しいと思う。クゥさんはただのオッサンとか言ってるが、絶対違うと思う。俺はそう確信している。
何故かというと俺の目に映るセキュリティレベルが異様に高いからだ。
それにそもそもただのオッサンが司令室にいる訳がない。
扉を開けようとするクゥさんとさせまいとする俺との攻防戦は五分以上続いていたが、突如現れた第三者によって終戦を迎えた。
「オイオイ。随分な言い草だなァ……クゥ。何か俺に恨みでもあんのか?」
第三者は扉の中から現れた。
片側だけ開けた扉に凭れ掛かって、さも愉快と言わんばかりに犬歯を見せて笑うワイルドな風貌の男性。三十代後半~四十代前半くらいの立派な体躯の持ち主だ。
肩に掛かる長めの髪は薄茶色。ペリドットの瞳は好奇心に満ち溢れている。カナさんがあと二十歳くらい年を取ったらこのワイルドなナイスミドルみたいになるかもしれない。ただ、決定的に違うのは笑い方。
カナさんの様なカラッとした太陽みたいな笑みではなく、何と言うか人の悪い笑み……イイ性格をしてそうな人だ。
「ホラ、アレがアーリーモーニングティもどきだ。で、コレが副司令官の灯さん」
ワイルドなナイスミドルの言葉を完全に無視して、クゥさんがアレとコレを指差す。
「さ、酒!? 真昼間から!?」
アレ、とはワイルドなナイスミドルの副司令官が左手に持っている酒瓶。そしてコレとは副司令官その人だ。
こんな時間から酒瓶片手にしているのがレベルEの№2とは開いた口が塞がらない。失礼だと思いつつもマジマジと観察してしまう。
「無視すんなよ。つれねーな」
コレ呼ばわりされたと言うのに副司令官は大袈裟に溜息を吐いて見せたものの、全く怒る素振りはない。寧ろ楽しそうだ。
対するクゥさんも直属ではないが上司に当たる人物相手に一歩も引かないどころか口撃をする始末。と言うか名前で呼んでいいの?
夏芽さんもそうだけど、ここの人達の上下関係ってどうなってるんだろう。
「せめて仕事をするフリでもしてくれれば目を合わせてあげますよ。灯副司令官殿」
「うへぇ……ま、いっか。ところでそっちのちんまいのが例のヤツか?」
仕事、と言われて苦虫を噛み潰した様な心底イヤな顔をして副司令官は強引に話を変えた。『ちんまい』と言われた俺は少しだけむっとするが、流石に顔には出さなかった。
「水方叶です。お会い出来て光栄です」
ぺこりと頭を下げると、意外にも副司令官は律儀に自己紹介をしてくれた。
「俺はレベルE司令室、副司令官の灯だ。生憎と総司令官は席を外してるんだが、またアイサツに行かせるわ」
豪快に笑いながら副司令官がバンバンと俺の背中を叩く。
「痛っ! イイエ!! 俺なんかの為にわざわざ総司令官に来て頂く必要はありません。大丈夫ですッ! お気になさらないで下さい!!」
「そぉかー? エンリョしなくていいんだぞー?」
「イエイエイエイエ!! ホント大丈夫ですから」
明らかに俺を困らせたいだけの気遣いだ。
断るのも受け入れるのも不正解な気がして怖い。焦りと今すぐここを立ち去りたいという気持ちが頭を支配する。
一刻も早く帰りたい。
顔は副司令官の方を向いたまま、さり気なくクゥさんのスーツの裾を引っ張りアピールする。すると気付いてくれたのか、ニヤニヤしている副司令官と必死で耐えている俺との不毛な会話を終わらせるべく、間に割って入ってくれた。
「副司令官殿。そろそろ昼休憩なのでこれで失礼します。雅さんにも宜しくお伝え下さい。そして早く仕事を始めて下さい」
一方的に言うだけ言ってクゥさんは踵を返した。
まるで一昨日の夏芽さんと経理課の暁さんみたいだ。
「カノ、行くぞ」
「あ、はい! あの、副司令官」
「ん? どうした水方」
「お忙しいところありがとうございました」
「また遊びに来い。司令室は暇だからな」
お礼を言って頭を下げると少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにニヤッと笑い左手に持っていた酒瓶に口を付けた。
「でも総司令官に挨拶なんてさせないで下さいね。そんなことされたら俺、知らない振りしますから!」
早口で言って、俺は既にエレベーターに乗っていたクゥさんの元へと急いだ。
だからエレベーターが閉まる直前に、副司令官が何か言っていた言葉を聞き取ることが出来なかった。
「面白いモン拾って来たな、あいつら。早いトコ雅にも教えてやらねェと」
こうして初日の保安局ツアーを終えたのだった。