人の中で生きてみる
エクサール暦10年
この大陸にある王国が新しい王を迎え10年がたった。
内乱続きであったエクサール王国も、ようやく平和と呼ばれる時代が来たかと思われたが、近隣国との小競り合いがなくなることはなく、いよいよ大きな戦いが起こるかと危ぶまれていた。
***
「シェラー!」
なんか遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえてきたような?
後ろを振り返ってみても誰もいない。
よし、気のせいだ。
気を取り直して、再び前に進む。
「シェラ!待ってよー!呼んでるんだから!」
「いや、気のせいだ」
「酷い!上見てよ、上!」
言われた通り上を見ると、同じ魔導騎士隊のデールが何故か竜騎士と一緒に竜に乗っていた。
「なんだ?どうした?竜騎士に転職か?」
はっきり言って興味がない。
「相変わらず酷いなぁ、空を飛ぶ研究してんの!協力してもらってたんだ!」
そういうとデールは、竜騎士と竜に礼を告げて私の横に飛び降りた。
「まったく、シェラは美人さんなのに冷たいよー」
美人と冷たいになんら関係はないと思うが。
「で、何か用があったのか?」
呼び止めたのだからそれなりに用があったと信じたい。
「いやぁ、上から黒い髪の女の子が見えたから、シェラだぁって呼んだだ…」
無視だ無視。
私はデールを無視して歩き出した。
「あぁっ!ごめんってば!お願いだから無視しないで!」
こんな、あんぽんたんなデールでも魔導騎士隊の中では上位の魔導騎士だ。
大事なことなので二回言うが、頭はあんぽんたんだ。
「私は隊長から呼び出しがかかってるんだ。邪魔するな」
「もしかして、いよいよ開戦?」
いや、それならデールよ、おまえも呼び出しがくるだろう?
そんなことにも気が回らないなんて本当にあんぽんたんな頭だな。
「いや、何か頼みがどーのとか言ってたが…。とりあえず行ってみるさ」
私はデールと別れて、魔導騎士隊の隊舎に急いだ。
***
コンコンコンッ
しばらくすると男性の声で入れと聞こえた。
「失礼します。お呼びと伺いましたが?」
デスクの上で書類と格闘している脳筋…もとい、魔導騎士隊隊長のランスが顔を上げた。
「あぁ、来たか。まぁ座れ」
進められるままソファに座る。
書類仕事に忙殺され、三十代前半の顔が四十代に見える隊長と向き合った。
「おまえ前に、特技は動物と意思疎通ができることとか言ってたよな?」
「はい。…思いっきりみんなには笑われましたが」
ジト目で見てやる。
「いや、あの時は悪かった。実はな、竜騎士隊の隊長からお前を貸し出して欲しいと頼まれてしまってな」
なんだそれは!?まさかこの脳筋、勝手に約束かましてきたのか!?
「まさか!勝手に了承したとか言わないですよね?もうすぐ開戦という時に!」
私の勢いに若干たじろいだ脳筋は、落ち着けと私を宥めてきた。
「まぁまぁ、良く聞け!竜騎士と言えば竜と切っても切れぬ仲だ。その竜の幼生が、親を亡くしたショックで衰弱しているらしい。いろいろ手を尽くてはいるらしいんだが、今は餌も食べずに一日中眠っている状態だ」
「!!」
それは、かなり危ない。
竜の幼生はとても弱い生き物だ。
巣立つその時まで母竜に守られて育つ。母竜がいなければ幼竜は育たない。
「それで、私がその竜の幼生と意思疎通をかわせばいいんですか?」
「話が早くて助かる。向こうはすぐにでも来て欲しいそうだ。行けるか?」
「はい。もともと魔導騎士隊は単騎部隊ですし、今は開戦の準備で訓練どころでもないですしね」
それより竜の幼生が心配だ。
母竜から離れて一週間と生きれないと聞いたことがある。
「その母竜は、いつ亡くなったのですか?」
「あぁ、この間の…6日前の隣国サベルとの小競り合いの時に、竜騎士を守って死んだらしい」
「幼竜がいるのに、母竜を出撃させたんですか!?」
「竜騎士も竜も、ここ数年の小競り合いのせいで数が足りないんだ。仕方がないだろう」
かなり危険だ。
だが、まだ生きているなら助けたい。
「わかりました、今から行ってきます。あまり時間はありません」
「助かるよ。向こうの連中にはもうおまえの事を伝えてあるから、隊舎に直接向かってくれ」
母竜がいなくなった場合、幼竜が生き残る確立は極めて低い。
それをどうやって立ち直させるかが問題だ。
私は隊舎に向かいながら悩んでいたものの、結局会ってみなければわからないという結論に達し、今は急いで隊舎に向かうことに専念した。
***
「魔導騎士隊のシェラ・メーニンです。竜の幼生の件で伺いました」
隊舎の門番にそう告げれば、ちゃんと話を通してくれていたようで、直ぐに中に通してくれた。
隊舎に着くと、隊長室に案内してくれようとした隊士を呼び止めた。
「すみません、本来なら竜騎士隊の隊長に挨拶しなければいけないのはわかっているんですが、今は一刻も早く幼竜に会わせて下さい。幼竜は、母竜から離れて7日も生きられないと聞いたことがあります。今日で6日目なら、かなり危険な状態なはずです」
そう告げると、すぐに案内すると言われ、彼の後についていった。
「こちらの部屋です。すぐに隊長を呼んできます。どうかお願いします、幼竜を助けてください」
深々と頭を下げた隊士は急いで隊長を呼びに行った。